17:15 〜 18:30
[MIS23-P01] 飛騨山脈北部における山腹氷河の質量収支特性
キーワード:氷河、質量収支、SfM、北アルプス、雪渓
1.はじめに
飛騨山脈北部では,2012年以降七つの氷河が確認されている(有江ら,2019など).氷河の形成と変化は,降雪を主とする涵養と融解を主とする消耗の上に成り立つ質量収支の結果であり,氷河の質量収支変化の要因を理解するには,冬期収支(涵養)と夏期収支(消耗)の測定が必要である.また,高度による質量収支の変化を質量収支勾配といい,質量収支は高度と正の相関を持つため,氷河は上流部に涵養域,下流部に消耗域,それらを分ける平衡線が存在する.質量収支勾配は氷河によって異なり,乾燥した地域の氷河の勾配は小さく,湿潤な地域の氷河の勾配は大きい(Oerlemans, 2001).さらに,冬期収支と夏期収支の絶対値の総和の半分の値である質量収支振幅は,極地や大陸性気候の氷河で小さく,海洋性気候の氷河では大きくなり,氷河の地理的特徴を示す際に有効である(Braithwaite and Hughes, 2020).
福井ら(2018)は, ステーク法で2012~2016年に御前沢氷河の質量収支の観測をおこなったが,多雪年にステークが雪に埋まってしまい,年間の質量収支だけでなく,冬期収支と夏期収支の観測も実現できていない.そこで本研究では,セスナ空撮画像とSfM-MVS技術を用いた測地学的方法で,飛騨山脈の氷河の2015年~2020年の計5年間分の年間質量収支,冬期収支,夏期収支を算出した.また,算出された飛騨山脈の氷河の年間質量収支,冬期収支,夏期収支から,質量収支勾配,質量収支振幅を求め,世界の氷河と比較することで,飛騨山脈の氷河の質量収支特性を考察した.学会当日では,2021年度の春のセスナ空撮の結果から,2020年度の冬期収支を追記予定である.
2.方法
セスナ機空撮によって取得された氷河の空中連続画像とSfM-MVS技術によって,融雪末期(10月)と積雪最大期(3月)の地形表層モデル(DSM)を作成した.氷河の規模が年間で最も小さくなる融雪末期のDSMを一年間隔で比較することで,融雪末期を基準とした氷河の年間の相対高度変化を求めた.また,積雪最大期のDSMと,融雪末期のDSMを比較することで,氷河の冬期および夏期の相対高度変化を求めた.これら相対高度変化に積雪密度を積算することで,年間質量収支,冬期収支,夏期収支を算出した.
質量収支勾配に関して,各氷河領域を高度10m間隔で区切り,区切られた領域の質量収支の平均値から,質量収支勾配を算出した.
質量収支振幅に関して,飛騨山脈の氷河の質量収支振幅は,本研究の冬期収支と夏期収支の結果の平均値を用いて算出した.また,WGMSに冬期収支および夏期収支が記録されている188の氷河の冬期収支と夏期収支の値の平均値から世界各地の氷河の質量収支振幅も算出した.
3.結果
図1は,飛騨山脈の五つの氷河の年間質量収支,冬期収支,夏期収支の結果である.五つの氷河の年間の冬期収支と夏期収支の大きさは,10ⅿ(水当量)程度であった.また,冬期収支は大きな年々変動がみられ,夏期収支はほとんど年々変動がなかった.
図2は,小雪年(2015/2016年)と多雪年(2016/2017年)における三ノ窓氷河と小窓氷河の質量収支勾配である.小雪年の年間質量収支勾配(年間質量収支/高度)は,高度が上がると年間質量収支も増加する正の勾配であった.一方,多雪年では,高度が上がるほど年間質量収支が減少する負の勾配であった.夏期収支勾配(夏期収支/高度)をみると,高度が上がるほど夏期収支が増加する正の勾配であった.また,夏期収支勾配に小雪年と多雪年で顕著な変化はみられなかった.各氷河の冬期収支勾配(冬期収支/高度)をみると,小雪年では勾配がほとんどなく,高度と冬期収支の関係性は確認できなかった.対して,多雪年の冬期収支勾配は,負の勾配であった.
図3は,地域別の氷河の年間質量収支変動幅,冬期収支,夏期収支の平均値である.飛騨山脈に分布する氷河の年間質量収支変動幅の大きさは,世界の氷河と比較して極端に大きかった.
4.考察
年間質量収支の年々変動と冬期収支の年々変動が同じ傾向で変動していることから,飛騨山脈の氷河は,冬期収支が年間質量収支を決定していると考えらえる.
飛騨山脈の氷河は,年間質量収支勾配が年によって変化し,多雪年には負の勾配を持つことに加え,小雪年では全域で収支が負,多雪年では全域の収支が正になる特徴をもっていた.このため,飛騨山脈の氷河において氷河平衡線を定義することは難しいと考えられる.
さらに,飛騨山脈の氷河の冬期収支と夏期収支が極端に大きいことから,飛騨山脈の氷河は,観測された世界の氷河の中で最も降雪量が多く,温暖な環境に位置する氷河であると考えられる.
引用文献
有江賢志朗,奈良間千之,福井幸太郎,飯田肇,高橋一徳 2019.飛騨山脈北部,唐松沢雪渓の氷厚と流動.雪氷,81:283-295.
Braithwaite, R. J. and Hughes, P. D. 2020. Regional Geography of Glacier Mass Balance Variability Over Seven Decades 1946–2015. Front. Earth Sci. 8.
福井幸太郎,飯田肇,小坂共栄 2018.飛騨山脈で新たに見出された現存氷河とその特性.地理学評論,91:43-61.
Oerlemans, J., 2001. Glaciers and climate change, A. A. Balkema Publishers, Rotterdam,
飛騨山脈北部では,2012年以降七つの氷河が確認されている(有江ら,2019など).氷河の形成と変化は,降雪を主とする涵養と融解を主とする消耗の上に成り立つ質量収支の結果であり,氷河の質量収支変化の要因を理解するには,冬期収支(涵養)と夏期収支(消耗)の測定が必要である.また,高度による質量収支の変化を質量収支勾配といい,質量収支は高度と正の相関を持つため,氷河は上流部に涵養域,下流部に消耗域,それらを分ける平衡線が存在する.質量収支勾配は氷河によって異なり,乾燥した地域の氷河の勾配は小さく,湿潤な地域の氷河の勾配は大きい(Oerlemans, 2001).さらに,冬期収支と夏期収支の絶対値の総和の半分の値である質量収支振幅は,極地や大陸性気候の氷河で小さく,海洋性気候の氷河では大きくなり,氷河の地理的特徴を示す際に有効である(Braithwaite and Hughes, 2020).
福井ら(2018)は, ステーク法で2012~2016年に御前沢氷河の質量収支の観測をおこなったが,多雪年にステークが雪に埋まってしまい,年間の質量収支だけでなく,冬期収支と夏期収支の観測も実現できていない.そこで本研究では,セスナ空撮画像とSfM-MVS技術を用いた測地学的方法で,飛騨山脈の氷河の2015年~2020年の計5年間分の年間質量収支,冬期収支,夏期収支を算出した.また,算出された飛騨山脈の氷河の年間質量収支,冬期収支,夏期収支から,質量収支勾配,質量収支振幅を求め,世界の氷河と比較することで,飛騨山脈の氷河の質量収支特性を考察した.学会当日では,2021年度の春のセスナ空撮の結果から,2020年度の冬期収支を追記予定である.
2.方法
セスナ機空撮によって取得された氷河の空中連続画像とSfM-MVS技術によって,融雪末期(10月)と積雪最大期(3月)の地形表層モデル(DSM)を作成した.氷河の規模が年間で最も小さくなる融雪末期のDSMを一年間隔で比較することで,融雪末期を基準とした氷河の年間の相対高度変化を求めた.また,積雪最大期のDSMと,融雪末期のDSMを比較することで,氷河の冬期および夏期の相対高度変化を求めた.これら相対高度変化に積雪密度を積算することで,年間質量収支,冬期収支,夏期収支を算出した.
質量収支勾配に関して,各氷河領域を高度10m間隔で区切り,区切られた領域の質量収支の平均値から,質量収支勾配を算出した.
質量収支振幅に関して,飛騨山脈の氷河の質量収支振幅は,本研究の冬期収支と夏期収支の結果の平均値を用いて算出した.また,WGMSに冬期収支および夏期収支が記録されている188の氷河の冬期収支と夏期収支の値の平均値から世界各地の氷河の質量収支振幅も算出した.
3.結果
図1は,飛騨山脈の五つの氷河の年間質量収支,冬期収支,夏期収支の結果である.五つの氷河の年間の冬期収支と夏期収支の大きさは,10ⅿ(水当量)程度であった.また,冬期収支は大きな年々変動がみられ,夏期収支はほとんど年々変動がなかった.
図2は,小雪年(2015/2016年)と多雪年(2016/2017年)における三ノ窓氷河と小窓氷河の質量収支勾配である.小雪年の年間質量収支勾配(年間質量収支/高度)は,高度が上がると年間質量収支も増加する正の勾配であった.一方,多雪年では,高度が上がるほど年間質量収支が減少する負の勾配であった.夏期収支勾配(夏期収支/高度)をみると,高度が上がるほど夏期収支が増加する正の勾配であった.また,夏期収支勾配に小雪年と多雪年で顕著な変化はみられなかった.各氷河の冬期収支勾配(冬期収支/高度)をみると,小雪年では勾配がほとんどなく,高度と冬期収支の関係性は確認できなかった.対して,多雪年の冬期収支勾配は,負の勾配であった.
図3は,地域別の氷河の年間質量収支変動幅,冬期収支,夏期収支の平均値である.飛騨山脈に分布する氷河の年間質量収支変動幅の大きさは,世界の氷河と比較して極端に大きかった.
4.考察
年間質量収支の年々変動と冬期収支の年々変動が同じ傾向で変動していることから,飛騨山脈の氷河は,冬期収支が年間質量収支を決定していると考えらえる.
飛騨山脈の氷河は,年間質量収支勾配が年によって変化し,多雪年には負の勾配を持つことに加え,小雪年では全域で収支が負,多雪年では全域の収支が正になる特徴をもっていた.このため,飛騨山脈の氷河において氷河平衡線を定義することは難しいと考えられる.
さらに,飛騨山脈の氷河の冬期収支と夏期収支が極端に大きいことから,飛騨山脈の氷河は,観測された世界の氷河の中で最も降雪量が多く,温暖な環境に位置する氷河であると考えられる.
引用文献
有江賢志朗,奈良間千之,福井幸太郎,飯田肇,高橋一徳 2019.飛騨山脈北部,唐松沢雪渓の氷厚と流動.雪氷,81:283-295.
Braithwaite, R. J. and Hughes, P. D. 2020. Regional Geography of Glacier Mass Balance Variability Over Seven Decades 1946–2015. Front. Earth Sci. 8.
福井幸太郎,飯田肇,小坂共栄 2018.飛騨山脈で新たに見出された現存氷河とその特性.地理学評論,91:43-61.
Oerlemans, J., 2001. Glaciers and climate change, A. A. Balkema Publishers, Rotterdam,