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[MIS27-01] 歴史史料とその共有:複数領域による江戸期文書の解読例
★招待講演
キーワード:環境史、生態学、ブナ科萎凋病
江戸後期に発生した病虫害の歴史史料に関して、歴史学・生物学・森林生態学が共同で分析を行った試みを報告する。カシノナガキクイムシによるブナ科萎凋病(ナラ枯れ)は1934年以前の発生記録が未確認であったが、長野県栄村に残された古文書(島田汎家文書1030、文久3年〈1863〉年4月)から、カシナガ被害の可能性のある記述が見出された。本史料に対しては、まず歴史学の方法に基づき原文書の翻刻・解釈を行い、①御林内で1830~43年(天保年間)にクスサンという蛾の幼虫が大発生してクリ・ナラなどを枯らした、②その後積雪で倒木、③減木分をブナで補ったとの内容を把握した。しかし、生物学の観点に立つとクスサンはブナ科のクリやコナラなどの葉を食い尽くしても、樹木自体を枯らさない。このため、枯死をカシナガ被害と考えると、史料にある記述の説明がつく。更に、森林生態学による現地の林内調査から、積雪に強いブナで補ったとの記述も妥当した。このように、歴史学による史料解釈に生物・森林生態学の知見を加え、江戸後期のカシナガ被害が示唆された。なお本研究と同時期、栄村の近隣地域である飯山市内の神社において1750年代のカシナガ被害を直に伝える日記帳が発見された。当史料に対しては可読者による翻刻を経て、森林生態学の観点から神社の社叢のような大径木が多い立地で発生を繰り返していたことが指摘されている。自然科学からの思いがけない視点は、歴史学のみによる史料解読の限界を示すといえる。また、例えば住民が御林の木を伐採したことによって文書に虚偽が記された可能性があるように、史料背景に対する歴史学的な検討も必要である。