日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-TT 計測技術・研究手法

[M-TT42] 地球化学の最前線

2021年6月3日(木) 17:15 〜 18:30 Ch.20

コンビーナ:飯塚 毅(東京大学)、高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、角皆 潤(名古屋大学大学院環境学研究科)

17:15 〜 18:30

[MTT42-P02] ラマンスペクトルのピーク位置や強度比の測定精度を制限する要因:ラマン分光法によるCO2の炭素同位体比測定に向けた光学系と測定環境の最適化

*萩原 雄貴1、山本 順司1 (1.北海道大学)


キーワード:ラマン分光分析、炭素同位体比、定量、スペクトル分解能、ノイズ

ラマン分光法は,その非破壊的な分析と高い空間分解能のため,物質科学研究において汎用性の高い定量分析手法の一つとして確立されており,物質の密度や圧力,温度,濃度,歪み等を定量するためにラマンスペクトル特性と物質の状態を関連付ける実験的較正が行われている.近年では,ラマン分光法を利用したH2O,CO2,CH4,HCO3-,CO32-,N2,フミン酸,カルサイト等の非破壊局所同位体分析手法の改良開発が進められているが,天然試料の同位体比測定への応用には未だ程遠い精度である.例えば,この中でも比較的研究が進んでいるCO2の炭素同位体比測定精度に関してArakawa et al. (2007)1は1σ = 20‰,Yokokura et al. (2020) 2は1σ = 8.7‰と報告している.Yokokura et al. (2020)2において測定精度が以前より向上した理由として,分光器の焦点距離が長くなったこと,ピクセル分解能が向上したこと,測定時間が長くなったこと等が挙げられるがどの要素が最も測定精度の向上に寄与しているのかは不明である.また,励起波長,回折格子の刻線数やサイズ,スリット幅,検出器のノイズ特性,逆線分散,ピクセルサイズ等も測定精度に大きな影響を与えうるが,これらのパラメータが具体的に測定精度とどのような関係にあるのかは良く分かっていない.どの光学部品をアップグレードすれば最も効率よく測定精度の向上につながるのかが分かれば,Yokokura et al. (2020) 2が報告した1σ = 8.7‰の壁をコストと時間を削減しつつ超えられるだろう.そこで,本研究では,上に挙げたパラメータが強度比の測定精度にどのような影響を与えるのかをシミュレーションにより生成したCO2ラマンスペクトルを利用して評価する.

ラマン分光分析において測定精度を制限する要因は(1) ノイズ,(2) スペクトル分解能,(3) 装置の熱的・機械的安定性の大きく3つに分類できる.

(1) 主要なノイズソースは,ショットノイズ,ダークノイズ,リードアウトノイズである.ショットノイズは光子がピクセルに達する際の光子の揺らぎにより発生するノイズである.ダークノイズは,検出器内の電子が自発的に生じることに起因し,1秒あたりの1ピクセルにおける電子の生成率(e-/pix/sec)で定量化される.リードアウトノイズは,読み出し回数に応じて増加するが,時間には依存しない.リードアウトノイズには,電子数をA/Dカウントへ変換する際に生じる量子化ノイズも含まれる.S/Nが低い条件ではスペクトル特性の測定精度が低下する.

(2) スペクトル分解能は2つの隣り合ったスペクトルを分離する能力を表し,励起波長,ラマンシフト,回折格子の刻線数,入射光と回折光の角度,凹面鏡の焦点距離,入射スリット幅,システム倍率,CCDのピクセルサイズ等に依存する.スペクトル分解能が低いシステムで分析を行うと,物質が持つ自然幅よりもバンド幅が広がりピークエリアの過大評価につながる.また,ピークトップの推定の不確定性が大きくなり,従って,ピーク位置の測定精度も低下する.

(3) 機械的安定性と熱的影響は,室温の変動や時間経過に伴う光学部品の性能や位置の変化により生じる可能性がある.

本研究では,上記の要因の内(1)ノイズと,(2)スペクトル分解能が測定したラマンスペクトルに与える影響をシミュレーションに実装した.

シミュレーションでは,最初にピクセル数を指定した.そして,各ピクセルに割り当てられるラマンシフトを推定するために逆線分散を計算し,ピクセル幅と組み合わせ個々のピクセルにおける中心波数を決定した.次に,ある中心波数,バンド幅,ラマン散乱光捕集効率 (count/sec)を持つ,Gaussian+Lorentz関数の形状のスペクトルを任意のCzerny-Turner型分光器と検出器を利用して100 (sec)の分析時間で検出することを考える.ラマン散乱光の捕集効率(count/sec)をインプットパラメータとし,CCDの量子効率(%)とA/Dカウント(e-/count)からある時間間隔において検出器に到達する光子数(e-)の平均値を推定した.

次に,光子数の平方根をポアソン統計に従うショットノイズとしてランダムに発生させた.ダークノイズとリードアウトノイズは基本的には実測値である1.0×10-5 (e-/pix/sec)と3.4 (e-/times0.5)を利用しそれぞれポアソン分布とガウス分布するノイズとしてランダムに発生させた.装置固有のスペクトル分解能がピークのバンド幅へ与える影響は,Liu et al. (2012)3のモデルに従い導入した.スリットのCCD上への投影と試料のスペクトルはガウシアン分布であると仮定し,結果のバンド幅は(スペクトル分解能)2+(自然幅)2の平方根となるように計算した.

以上のモデルに基づくと,分析時間 (sec),縦方向のピクセル数 (pix)(つまり,ビニング幅),ラマンスペクトルの形状・ピーク位置 (cm-1)・自然幅 (cm-1)・振幅 (count/sec)を仮定すればノイズとスペクトル分解能の影響を考慮したスペクトルを生成可能である.本研究では,上記の手法でパラメータを変化させながら生成したCO2のラマンスペクトルをスペクトル解析ソフト(GRAMS/AI)でフィッティングし,どのパラメータがピーク位置や強度比等の測定精度に影響を与えるのかを調査した.最後に,CO2の炭素同位体比がどのような条件で何‰の精度で測定可能かを推定する.


1 M. Arakawa, J. Yamamoto, H. Kagi, Appl. Spectrosc. 2007, 61, 701.

2 L. Yokokura, Y. Hagiwara, J. Yamamoto, J. Raman Spectrosc. 2020, 1.

3 C. Liu, R. W. Berg, Appl. Spectrosc. 2012, 66, 1034.