17:15 〜 18:30
[PCG18-P10] 太陽高エネルギー粒子が火星オゾン大気に与える影響の評価
キーワード:火星、太陽高エネルギー粒子、オゾン
太陽高エネルギー粒子(Solar Energetic Particles:SEP)は陽子や電子、重イオンから構成される数十keVから数GeVの粒子である。これらはコロナ質量放出や太陽フレアと呼ばれる爆発現象に伴って惑星間空間に大量に放出され伝搬し、また、地球の高磁気緯度領域の高度数十kmにまで侵入し中層大気の大気組成変化を引き起こすことが知られている。例えば、2003年10月の大型フレア時には、太陽高エネルギー粒子到来に伴って地球大気中のNO2増加と、それに伴ってオゾン層の半減が報告されている(e.g., Seppälä et al., 2004; Rohen et al., 2005)。同じく2003年のイベントでは火星探査機Mars OdysseyのMartian Radiation Environment Experiment(MARIE)が大規模な太陽嵐で機能を停止し(Zeitlin et al., 2010)、加えて2017年9月に起きた太陽フレアに伴って放出された太陽高エネルギー粒子は火星に到達し、粒子降り込みに伴って火星夜側全球でオーロラのような発光現象が報告されたことからも (Schneider et al., 2020)、太陽高エネルギー粒子の惑星大気深部への侵入・表層への影響が無視できないことが明らかである。2020年代の国際宇宙探査到来とともに人類の活動領域が月、そして火星へと急速に広がりつつある中で、太陽高エネルギー粒子の大気・表層環境でのふるまいを解明することは、人体への影響やミッションへの影響を評価する上で非常に重要である。また太陽高エネルギー粒子が火星大気、特にオゾンに与える影響の定量的理解は、火星環境でNOxがどのように増大するのかを理解する上でも重要であり、アストロバイオロジーの観点や過去火星の温室効果の観点において示唆を与えうる。
火星におけるオゾン鉛直分布は、2004年からMars Express搭載のSPICAMが精力的に観測を実施してきた。この先行研究の結果によると、冬の南極では高度約50 kmにオゾン層が約1.5 ppm程度存在することが分かっている。加えて遠日点では、両半球とも低中緯度で高度30-40 kmでオゾン層が観測されており、季節・緯度によって高度や密度が大きく変動する様子が捉えられている(Montmessin et al., 2013, Maattanen et al., 2019)。近年では、TGO (Trace Gas Orbiter) による観測からLs = 0, 180°において両半球で高緯度(>±55°)、高高度(40-55km)でのオゾン量の増加が報告されている (Patel et al., 2021)。
本研究で、我々は、火星大気中のオゾン密度の高度分布が、太陽高エネルギー粒子イベントに対してどのように応答するのかを同定することを目指す。まずNASA火星探査衛星Mars Atmosphere and Volatile EvolutioN(MAVEN)に搭載されたImaging UltraViolet Spectrograph(IUVS)による星掩蔽観測から得られたオゾン数密度の鉛直分布に加え、同衛星搭載Solar Energetic Particles(SEP)から火星周回軌道上における太陽高エネルギー粒子の電子・イオンのエネルギーフラックスのデータを用いた。IUVSは2015年3月から、平均で2〜3ヶ月ごとに1度の頻度で1-2日間の星掩蔽観測キャンペーンを継続的に行ってきた(Groller et al., 2018)。この星掩蔽観測は南緯80度から北緯75度までと、経度全範囲を広くカバーしている。SEPは、電子は20 keV〜1 MeV、イオンは20 keV 〜6 MeVのエネルギースペクトルを3〜3×106 eV/[cm2 s sr eV]の範囲で観測することができる(Larson et al., 2015)。
これらの観測データから、まず2014年3月から2020年1月までにMAVEN/SEPが観測した太陽高エネルギー粒子のエネルギーフラックスを用い、大規模なイベント時にIUVSの星掩蔽観測も同時に行われた1つのイベントに着目した。このイベントは2015年11月3-4日に起こったものであり、このデータと季節・緯度が似ている太陽活動静穏時のデータとを比較した結果、オゾン高度分布に有意な違いはみられなかった。次に、モンテカルロモデル(Nakamura et al., in preparation)を用いて観測された太陽高エネルギー粒子到来に伴う酸素原子生成率を推定し、増加した酸素原子がオゾンを破壊するプロセスのみを仮定してオゾン減少量を見積もった。その結果、2015年11月のイベントで想定されるの降り込みフラックスでは、高度約70 kmにおいてバックグラウンドに対して0.1 %程度の減少にとどまった。これは高度50〜70 kmにおいて、星掩蔽観測におけるオゾンの観測精度が20 %程度であるIUVSでは同定が困難である。一方で、このモデル計算からは、2017年のような大きなフラックスのSEPイベントを仮定した場合、バックグラウンドに対して100 %程度のオゾン減少が見込める可能性があることを示唆した。ただし、火星中層大気中には遠日点周辺において中間圏で10ppm程度の水蒸気が存在することから(Daerden et al., 2019)、地球と同じHOxによるcatalytic cycleによるオゾン破壊もモデル計算に入れる必要があり、今後はさらに詳細な光化学モデルを用いて定量的な見積もりを実施し、太陽高エネルギー粒子が火星オゾン大気に与える影響の評価を行う。
MAVENのデータは2014年以降に限られるため、我々は、2014年以前について、ESA火星探査衛星Mars Express(MEX) のデータ解析にも着手した。具体的にはMEX搭載のSpectroscopy for the Investigation of the Characteristics of the Atmospheric of Mars(SPICAM)による星掩蔽観測から得られたオゾン数密度の鉛直分布を用いた。また太陽高エネルギー粒子の到来時刻の同定には、同探査機搭載のAnalyzer of Space Plasma and Energetic Atoms(ASPERA-3)による、高エネルギー粒子のバックグラウンドカウントのデータを使用した。SPICAM/MEXは2004年以降の長期間において、断続的に星掩蔽観測により、オゾン、二酸化炭素、気温、エアロゾルを観測している。また、ASPERA-3/MEXは、非常に大きなエネルギーを持つ粒子は装置の壁や内部構造を貫通してバックグラウンドカウントとして記録される (Ramstad et al., 2018)。
本発表ではこれらのデータも用いて更なるイベント解析を進め、火星における太陽高エネルギー粒子の大気化学への影響を観測的に捉えることを試みる。
火星におけるオゾン鉛直分布は、2004年からMars Express搭載のSPICAMが精力的に観測を実施してきた。この先行研究の結果によると、冬の南極では高度約50 kmにオゾン層が約1.5 ppm程度存在することが分かっている。加えて遠日点では、両半球とも低中緯度で高度30-40 kmでオゾン層が観測されており、季節・緯度によって高度や密度が大きく変動する様子が捉えられている(Montmessin et al., 2013, Maattanen et al., 2019)。近年では、TGO (Trace Gas Orbiter) による観測からLs = 0, 180°において両半球で高緯度(>±55°)、高高度(40-55km)でのオゾン量の増加が報告されている (Patel et al., 2021)。
本研究で、我々は、火星大気中のオゾン密度の高度分布が、太陽高エネルギー粒子イベントに対してどのように応答するのかを同定することを目指す。まずNASA火星探査衛星Mars Atmosphere and Volatile EvolutioN(MAVEN)に搭載されたImaging UltraViolet Spectrograph(IUVS)による星掩蔽観測から得られたオゾン数密度の鉛直分布に加え、同衛星搭載Solar Energetic Particles(SEP)から火星周回軌道上における太陽高エネルギー粒子の電子・イオンのエネルギーフラックスのデータを用いた。IUVSは2015年3月から、平均で2〜3ヶ月ごとに1度の頻度で1-2日間の星掩蔽観測キャンペーンを継続的に行ってきた(Groller et al., 2018)。この星掩蔽観測は南緯80度から北緯75度までと、経度全範囲を広くカバーしている。SEPは、電子は20 keV〜1 MeV、イオンは20 keV 〜6 MeVのエネルギースペクトルを3〜3×106 eV/[cm2 s sr eV]の範囲で観測することができる(Larson et al., 2015)。
これらの観測データから、まず2014年3月から2020年1月までにMAVEN/SEPが観測した太陽高エネルギー粒子のエネルギーフラックスを用い、大規模なイベント時にIUVSの星掩蔽観測も同時に行われた1つのイベントに着目した。このイベントは2015年11月3-4日に起こったものであり、このデータと季節・緯度が似ている太陽活動静穏時のデータとを比較した結果、オゾン高度分布に有意な違いはみられなかった。次に、モンテカルロモデル(Nakamura et al., in preparation)を用いて観測された太陽高エネルギー粒子到来に伴う酸素原子生成率を推定し、増加した酸素原子がオゾンを破壊するプロセスのみを仮定してオゾン減少量を見積もった。その結果、2015年11月のイベントで想定されるの降り込みフラックスでは、高度約70 kmにおいてバックグラウンドに対して0.1 %程度の減少にとどまった。これは高度50〜70 kmにおいて、星掩蔽観測におけるオゾンの観測精度が20 %程度であるIUVSでは同定が困難である。一方で、このモデル計算からは、2017年のような大きなフラックスのSEPイベントを仮定した場合、バックグラウンドに対して100 %程度のオゾン減少が見込める可能性があることを示唆した。ただし、火星中層大気中には遠日点周辺において中間圏で10ppm程度の水蒸気が存在することから(Daerden et al., 2019)、地球と同じHOxによるcatalytic cycleによるオゾン破壊もモデル計算に入れる必要があり、今後はさらに詳細な光化学モデルを用いて定量的な見積もりを実施し、太陽高エネルギー粒子が火星オゾン大気に与える影響の評価を行う。
MAVENのデータは2014年以降に限られるため、我々は、2014年以前について、ESA火星探査衛星Mars Express(MEX) のデータ解析にも着手した。具体的にはMEX搭載のSpectroscopy for the Investigation of the Characteristics of the Atmospheric of Mars(SPICAM)による星掩蔽観測から得られたオゾン数密度の鉛直分布を用いた。また太陽高エネルギー粒子の到来時刻の同定には、同探査機搭載のAnalyzer of Space Plasma and Energetic Atoms(ASPERA-3)による、高エネルギー粒子のバックグラウンドカウントのデータを使用した。SPICAM/MEXは2004年以降の長期間において、断続的に星掩蔽観測により、オゾン、二酸化炭素、気温、エアロゾルを観測している。また、ASPERA-3/MEXは、非常に大きなエネルギーを持つ粒子は装置の壁や内部構造を貫通してバックグラウンドカウントとして記録される (Ramstad et al., 2018)。
本発表ではこれらのデータも用いて更なるイベント解析を進め、火星における太陽高エネルギー粒子の大気化学への影響を観測的に捉えることを試みる。