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[PPS07-11] 月試料の硫化鉄から推定する小天体表面の硫黄の挙動
キーワード:月、硫化鉄、宇宙風化
はじめに:大気のない天体表面では太陽風や太陽光、微小隕石衝突によって表層の物質が時間変化する「宇宙風化」が進行する。地球外物質に残された宇宙風化の痕跡は天体表層の歴史や揮発性元素の分布を知る指標になる可能性があり、粒子線や紫外線が降り注ぐ星間空間や原始太陽系円盤表層部での固体の変化を推定する上でも重要である。これまでケイ酸塩鉱物の宇宙風化が積極的に研究されてきたが、その他の主要鉱物はあまり注目されていなかった。硫化鉄鉱物は太陽系始原物質の主要鉱物であり、小惑星や月に広く存在する。また、揮発性元素である硫黄の貯蔵先として宇宙化学的に重要である。小惑星イトカワの微粒子の分析によって、硫化鉄(FeS)の表面からは硫黄のみが選択的に失われ、過剰となった鉄原子がひげ状の金属鉄(ウィスカー)を形成することが見出された[1]。硫黄の消失は主に太陽風照射が原因と考えられ、S型小惑星の表面では硫黄が少ないというNASAの探査で発見された現象を裏付ける証拠が初めて示された。一方、金属鉄ウィスカーは地球外物質で観察例がなく成長機構について謎が多い。本研究では、太陽系における硫化鉄の宇宙風化の一般的な特徴を理解するため、月面から回収された砂に含まれる硫化鉄の微細組織を観察した [2]。
手法:アポロ11号,17号によって月の海から回収された大きさ200 µm以下の砂粒子を走査型電子顕微鏡(FE-SEM)で観察し、硫化鉄を探索した。SEMによる粒子表面の観察の後、11号の試料に含まれる硫化鉄から集束イオンビーム加工装置を用いて超薄切片を切り出し、透過型電子顕微鏡(FE-TEM)で切片に含まれる硫化鉄の断面を観察した。
結果と考察:月面の硫化鉄表面は多孔質であり、複数の金属鉄ウィスカーが伸長している様子が見られた。TEMで観察した硫化鉄は2C型のTroiliteと非整数型の超構造をもつNC pyrrhotiteで構成されていた。これらはNiAs型の基本構造を共有し、(001)面方向に沿った離溶組織を呈していた。この組織は硫化鉄がメルトから晶出したのちに冷却された際に形成したと考えられる。硫化鉄表面はc面に沿って孔が開いており、内部には微小な泡が分布していた。泡構造は太陽風(主に水素とヘリウム)が蓄積して形成したと推定される。表面から深さ約100 nm程度に及ぶ範囲では結晶構造の乱れが観察された。この領域の電子線回折図形はNiAs構造(1C)に由来する回折斑点が支配的であり、c軸方向にその2倍の単位格子をもつ2C構造の回折斑点は消えていた。この特徴は、太陽風の打ち込みによって長距離の結晶構造の秩序が乱れた結果だと考えられる。また最表面のFe/Sは高い値を示した。この原因として、太陽風の打ち込みによる硫黄原子の弾き出しや太陽風水素との化学反応、衝突加熱により硫黄が失われたことが考えられる。硫化鉄から伸張した金属鉄ウィスカーはbcc構造を持ち、ほぼ同方向の多結晶で構成される場合と、{011}面を共有した多結晶で構成される場合が見られた。このことから、すでに核形成した金属鉄の結晶方位に影響されながらウィスカーの根元から新しい金属鉄結晶が形成し、全体としてウィスカーが伸長したと推定される。ウィスカー成長の駆動力ははっきしりしないが、昼夜の熱サイクル等が作用しているかもしれない。
月面の砂は岩石試料に比べて重い硫黄同位体に富み[3]、これは硫化鉄の宇宙風化に起因すると予想されてきた。太陽風・衝突加熱による硫黄の消失は、軽い硫黄が失われる同位体分別作用を伴うと考えられるため、本研究で観察された痕跡はこの仮説を支持する証拠となる。また、離脱した硫黄の一部は月の重力圏を離れず、最終的に硫黄に富む極域氷に取り込まれるかもしれない。月粒子の硫化鉄表面の組織や金属鉄ウィスカーの存在はイトカワ粒子の硫化鉄の特徴とおよそ同じであることから、大気のない太陽系の天体において、硫化鉄の宇宙風化は共通の変成過程を辿ることが示唆される。したがって、小惑星リュウグウなど太陽系小天体表面物質の硫黄の化学組成・同位体組成は宇宙風化の進展によって時間変化すると予想される。
[1]Matsumoto et al. 2020, Nature Communications 11, 1-8. [2] Matsumoto et al. 2021, Geochimica Cosmochimica Acta, accepted. [3] Kaplan and Smith 1970 Science 167, 541-543.
手法:アポロ11号,17号によって月の海から回収された大きさ200 µm以下の砂粒子を走査型電子顕微鏡(FE-SEM)で観察し、硫化鉄を探索した。SEMによる粒子表面の観察の後、11号の試料に含まれる硫化鉄から集束イオンビーム加工装置を用いて超薄切片を切り出し、透過型電子顕微鏡(FE-TEM)で切片に含まれる硫化鉄の断面を観察した。
結果と考察:月面の硫化鉄表面は多孔質であり、複数の金属鉄ウィスカーが伸長している様子が見られた。TEMで観察した硫化鉄は2C型のTroiliteと非整数型の超構造をもつNC pyrrhotiteで構成されていた。これらはNiAs型の基本構造を共有し、(001)面方向に沿った離溶組織を呈していた。この組織は硫化鉄がメルトから晶出したのちに冷却された際に形成したと考えられる。硫化鉄表面はc面に沿って孔が開いており、内部には微小な泡が分布していた。泡構造は太陽風(主に水素とヘリウム)が蓄積して形成したと推定される。表面から深さ約100 nm程度に及ぶ範囲では結晶構造の乱れが観察された。この領域の電子線回折図形はNiAs構造(1C)に由来する回折斑点が支配的であり、c軸方向にその2倍の単位格子をもつ2C構造の回折斑点は消えていた。この特徴は、太陽風の打ち込みによって長距離の結晶構造の秩序が乱れた結果だと考えられる。また最表面のFe/Sは高い値を示した。この原因として、太陽風の打ち込みによる硫黄原子の弾き出しや太陽風水素との化学反応、衝突加熱により硫黄が失われたことが考えられる。硫化鉄から伸張した金属鉄ウィスカーはbcc構造を持ち、ほぼ同方向の多結晶で構成される場合と、{011}面を共有した多結晶で構成される場合が見られた。このことから、すでに核形成した金属鉄の結晶方位に影響されながらウィスカーの根元から新しい金属鉄結晶が形成し、全体としてウィスカーが伸長したと推定される。ウィスカー成長の駆動力ははっきしりしないが、昼夜の熱サイクル等が作用しているかもしれない。
月面の砂は岩石試料に比べて重い硫黄同位体に富み[3]、これは硫化鉄の宇宙風化に起因すると予想されてきた。太陽風・衝突加熱による硫黄の消失は、軽い硫黄が失われる同位体分別作用を伴うと考えられるため、本研究で観察された痕跡はこの仮説を支持する証拠となる。また、離脱した硫黄の一部は月の重力圏を離れず、最終的に硫黄に富む極域氷に取り込まれるかもしれない。月粒子の硫化鉄表面の組織や金属鉄ウィスカーの存在はイトカワ粒子の硫化鉄の特徴とおよそ同じであることから、大気のない太陽系の天体において、硫化鉄の宇宙風化は共通の変成過程を辿ることが示唆される。したがって、小惑星リュウグウなど太陽系小天体表面物質の硫黄の化学組成・同位体組成は宇宙風化の進展によって時間変化すると予想される。
[1]Matsumoto et al. 2020, Nature Communications 11, 1-8. [2] Matsumoto et al. 2021, Geochimica Cosmochimica Acta, accepted. [3] Kaplan and Smith 1970 Science 167, 541-543.