日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG43] 活断層による環境形成・維持

2021年6月4日(金) 17:15 〜 18:30 Ch.17

コンビーナ:小泉 尚嗣(滋賀県立大学環境科学部)、山野 誠(東京大学地震研究所)、笠谷 貴史(海洋研究開発機構)、濱元 栄起(埼玉県環境科学国際センター)

17:15 〜 18:30

[SCG43-P01] 滋賀県の安曇川の水質に及ぼす活断層の影響

*小泉 尚嗣1、忍田 奈津子1、谷口 和真1、丸尾 雅啓1 (1.滋賀県立大学環境科学部)

キーワード:安曇川、活断層、水質、湧水

1.はじめに
 断層面周辺では,繰り返しの破壊によって生じた高密度の割れ目が高透水性構造をもたらし,その部分が地下水の通路となる(例えば,Faulkner et al.,2010).結果として,断層と地表が交差する部分に,周辺の地質・地形・降水状況に応じて,水・熱・物質が地下水によって安定的に供給される.例えば,活断層周辺では湧水や温泉が多数認められる(小泉・他,1985,見野・他,1985).河川の水も,地下水から安定的に供給される水(基底流)を主要な成分としていて,河川の近傍にある活断層は,この基底流を介して,河川水の水質に寄与すると考えられる.活断層は,数千年~数万年に1回という非常な低頻度で大地震を発生させて環境を破壊するが,それ以外の大部分の時期は,地下水を通して環境を形成・維持していることになる.
 滋賀県西部(湖西地域)にある安曇川は,延長約58km,流域面積約300km2で,琵琶湖に流入する河川の中で,長さでは第2位,流域面積では第3位の河川である(滋賀県,2018).安曇川は,京都市北東部の丹波高地の百井峠付近に発し,北東に10km程度流れた後,花折断層と合流して同断層沿いに30km程度北上した後,東に折れて(花折断層から離れて)20km程度東進し,途中で琵琶湖西岸断層を横断した後に琵琶湖に流入する(図1).このように安曇川は,滋賀県西部の2大断層である花折断層・琵琶湖西岸断層と位置的には密接な関係を持つ.他方,安曇川流域は,滋賀県内の大規模河川としては,最も開発されていない所で,自然河川の性格を比較的よく残しているとされる(琵琶湖流域研究会,2003).したがって,河川水の水質形成における活断層の寄与を研究する上で適した河川と言える.また,安曇川河口付近の扇状地の扇端部付近には,安曇川伏流水が供給源とされている豊富な湧水(以降,扇状地湧水)がある.
 1996年~1998年に,1-2ヶ月に1回の頻度で,図1のADGで丸尾が行った調査では,陽イオンではCa2+ が,陰イオンではHCO3-が卓越するいわゆるCa-HCO3型の水質(日本の浅部地下水では一般的な水質)からNa-HCO3型や(稀に)Na-Cl型に移行する変化が認められた.安曇川周辺で,花折断層や琵琶湖西岸断層沿い に湧出する温泉水はすべてNa-HCO3型で濃度も河川水の数倍~10倍であることを考慮すると(小泉・他, 2019),断層から上がって来る温泉水等の寄与が大きくなると主要陽イオンがCa2+からNa+に変わる ことが考えられる.なお,渇水期で基底流が卓越すると考えられる2018年8月12日~14日に,安曇川上流から河口付近まで行った調査では,全天で河川水の水質のタイプはCa-HCO3型であった(小泉・他,2019).
 以上を考慮して,我々は,2018年4月ないし6月から,1-2か月に1度程度の頻度で,安曇川や扇状地湧水で定期的な採水を行い,安曇川や扇状地湧水の水質の場所的変化・時間的変化と花折断層・琵琶湖西岸断層との関係について調べている.

2.結果と考察
 2018年8月~9月にかけて,安曇川下流において,すべてのイオン濃度が低下した.特にCa2+濃度が大きく低下した.その結果,水質のタイプがCa-HCO3型からNa-HCO3型になった.2020年2月に,我々は,安曇川上流部(図1のNKH-AD7区間)に土砂崩れや土砂の堆積があることを発見した.これらは,2013年9月15-16日の台風18号や2018年9月4日~5日の台風21号によって生じていた.土砂崩れや堆積物があった場所(NKH-AD7)は,2018年8月に,ほぼ全てのイオン濃度が急激に上昇した場所でもあった(小泉・他, 2019).
 2018年8月から9月にかけての安曇川下流域のイオン濃度の変化は,2018年の台風21号による安曇川上流域(NKH-AD7)の大雨と土砂崩れおよび土砂堆積によるものと考えられる。また、2018年8月の台風21号前の同じ場所(NKH-AD7)でのほぼ全てのイオン濃度の急激な上昇は、2013年の台風18による土砂崩れや堆積物の蓄積によるものと考えられる.
 以上から,台風が安曇川の水質に及ぼす影響を示したことは分かった. しかし、今回は,活断層が安曇川の水質に何らかの影響を及ぼしたという結果は今回は得られなかった。

図1: 研究領域と採水地点.定期サンプリング地点.●が河川水で□が扇状地湧水.活断層データベース(産業技術総合研究所,2020)の図に加筆.背景の地図は地理院地図(国土地理院,2020).