日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-MP 岩石学・鉱物学

[S-MP26] 鉱物の物理化学

2021年6月6日(日) 17:15 〜 18:30 Ch.12

コンビーナ:鹿山 雅裕(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系)、大平 格(学習院大学 理学部 化学科)

17:15 〜 18:30

[SMP26-P01] Wülfingite (Zn(OH)2)の圧力誘起相転移:ラマン分光と第一原理計算による研究

*神崎 正美1、Guan Longli1、Wang Ran1 (1.岡山大学惑星物質研究所)

キーワード:ウルフィンジャイト、水酸化亜鉛、圧力誘起相転移、ラマン分光法、第一原理計算

Zn(OH)2は常圧でいくつかの多形を持ち、その1つのepsilon相は鉱物wülfingiteとしても知られている。wülfingiteはクリスバライト類似の構造を持つが、草場ら1によるX線回折法を使った高圧その場実験により、1.1と2.1 GPaで相転移が見つけられている。Zn(OH)2の低圧側の多形の多くではZnの配位数が4であり、Mg(OH)2とは大きく異なるため、水素結合の状況もまた異なると想像される。それらの高圧相の構造についてはまだ不明なところが多く、水素結合についてはよく分かっていない。本研究ではラマン分光法による高圧その場観察と第一原理計算によって、構造変化とそれに伴う水素結合の変化を調べた。
溶液法で合成した単結晶を使って、室温での高圧その場ラマン分光測定を行った。高圧下の測定にはDACを使い、圧力媒体はメタノール・エタノール混合液で、圧力測定にはルビー蛍光法を使った。
高圧その場ラマン測定では、約1 GPaでそれまでのwülfingiteのラマンピークに加えて、新たなピークが複数出現した。草場ら2によると、1 GPaにおける転移では直方晶系のwülfingiteから正方晶系の構造に単結晶ー単結晶で転移することが報告されている。この単結晶ー単結晶転移は顕微ラマン装置における観察からも確認された。ラマンで観察された変化はこの転移に対応すると考えられる。wülfingiteは常圧では3190と3300 cm-1にOH伸縮振動ピークが見られるが、転移後は3410 cm-1付近(3350, 3500に肩あり)へと移動して、水素結合は弱くなった。圧力をさらに上げると2 GPa付近でこれまであったラマンピークが消え、ブロードなピークで置き換えられた。X線による以前の研究でも2.1 GPaでブロードなX線パターンに変化することが報告されていて、それと一致する。しかしOH伸縮ラマンピークは特にブロードではなく、3600と3650 cm-1付近にピークが観察された。従って2番目の高圧相では水素結合が極めて弱くなることが分かった。3650 cm-1のピーク位置はMg(OH)2のそれに近いため、Znの配位数が6へと変わった可能性がある。ブロードながらもX線パターンが得られることからこの転移はアモルファス化ではなく、高圧相の結晶性が悪いと考えられる。
第一原理計算にはQuantum-Espressoを使って、既知の構造を圧力下で構造最適化して、体積やエンタルピーの圧力変化を見た。wülfingite、1~2 GPaで見られた正方晶系相、brucite相について実施した。2 GPa以上で見られた相は構造不明のために計算できなかった。正方晶系相については草場ら2による予備的な構造解析結果から水素位置を推定して、構造最適化を行った。0 Kのエンタルピーからはwülfingiteから正方晶系相への転移は4.5 GPa, 正方晶系相からbrucite相への転移は9 GPaと予想された。前者の転移圧は実験よりもかなり高くなったが、推定した構造は正しいと思われる。brucite相は以前から11~14 GPaでの合成が報告されているが、ある程度の温度(~400 oC)が必要とされている。wülfingiteの圧縮では正方晶系相への転移は再現できなかったが、別の構造への転移が観察された。この構造ではZnの配位数は5であり、さらに高い圧力で6になる。この構造の降圧中に別の4配位の構造が得られた。ただそれらの構造では2 GPa以上で観察されるX線回折パターンを説明できず、またエンタルピーからはそれらが安定相となる可能性がなさそうであった。正方晶系相の水素結合距離(O-H...O)はwülfingiteより伸びており、ラマンの結果と調和的であった。
ラマン、第一原理計算どちらからも圧力とともに水素結合が弱くなる傾向が見られた。6配位に比べて4配位の方が相対的に強い水素結合を示すことは、bond strengthやbond valenceでは説明できず、4配位におけるZn-Oのより強い共有結合性に起因していると考えられる。2 GPa以上で出現する相についてはラマンでも非常にブロードであるので、外熱式DACで温度も上げた実験で結晶性のよいデータを得ることを考えている。

1) Kusaba, K. et al., https://doi.org/10.1088/1742-6596/215/1/012001
2) Kusaba, K. et al., https://doi.org/10.1016/j.cplett.2007.02.009