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[SSS08-03] エネルギーバランスを考慮した南海トラフプレート境界地震の発生シナリオ:地震履歴に基づく応力蓄積モデル
キーワード:地震発生シナリオ、プレート境界地震、南海トラフ、断層の破壊力学
地震の発生は、断層面でのすべりを駆動するせん断応力とそれに抵抗する摩擦応力のバランスによりコントロールされる。南海トラフプレート境界で将来発生する未知の地震イベントを予測するためには、このような力学に基づいた地震シナリオ構築が必要である。Noda et al. (2020) では、この考えを発展させてエネルギーバランスに基づいたシナリオ構築手法を提案した。その手法は次の2つの手順から成る:(1)GNSS観測データから推定されるプレート間すべり遅れ速度分布に基づいてせん断応力の蓄積量を定量評価し、地震時すべりモデルを推定する。(2)地震時すべりにより解放される歪みエネルギーΔWと断層面の摩擦で散逸するエネルギーEDの比較を通じて、(1)のすべりモデルが断層の破壊力学に従うか評価する。エネルギー収支の観点から、ER≡ΔW-EDで定義される残差エネルギーERが正の値となることが地震発生の必要条件と考え、ER<0となるシナリオを棄却する。
Noda et al. (2020) では簡単化のために、過去のある基準時でプレート境界全体の応力蓄積をゼロとし、その後せん断応力が一定速度で蓄積したと仮定して、南海トラフ沈み込み帯で発生する地震シナリオを作成した。しかし、南海トラフ沿い(駿河湾から四国沖まで)で実際に発生したプレート境界地震の履歴は複雑である。直近の1944年東南海・1946年南海地震は、プレート境界全体を一度に破壊するイベントではなかった。また、それより前のイベントは記録が少ないために未だ不確定な部分が残っている。例えば、石橋・佐竹(1998)は1854年安政東海地震を熊野灘、遠州灘及び駿河湾に沿った断層セグメントの連動破壊だったと考えているのに対し、瀬野(2012)は安政東海地震の震源域は熊野灘の断層セグメントを包含しないと指摘した。前回の地震イベントからの経過時間が長いセグメントほどせん断応力を蓄えていると考えられるため、現実的な地震発生シナリオを構築するためには、複雑な地震履歴を考慮してせん断応力蓄積分布をモデル化すべきである。
そこで本研究では、過去に南海トラフで発生したプレート境界地震による応力解放を考慮してせん断応力蓄積モデルをアップデートし、地震シナリオの改良を試みた。具体的には、GNSS観測データから推定されるせん断応力蓄積速度は長期間変化せず一定であると仮定し、前回の地震イベント終了時から蓄積したせん断応力が次のイベント時に完全に解放されると考えた。1854年安政東海・安政南海地震、1944年東南海地震、1946年南海地震についてNoda et al. (2020)の手順ですべりモデルを推定して各イベントの残差エネルギーERを見積ったところ、石橋・佐竹(1998)よりも瀬野(2012)が提案した地震履歴の方が、エネルギー収支の観点から過去の地震イベントを合理的に説明できることが分かった。
次に、瀬野(2012)の地震履歴を仮定して2021年時点のせん断応力蓄積分布をセグメントごとに見積り、単独のセグメントの破壊、或いは複数のセグメントの連動破壊を仮定して様々な地震シナリオを作成した。すべてのシナリオで残差エネルギーERは負の値を示したため、2021年時点ではプレート境界大地震が発生するのに十分な歪みエネルギーが蓄積していないことになる。しかし、今後も同じ速度で応力が蓄積すると、2025年には駿河湾のセグメントを震源域とするシナリオでER>0となり、地震発生の必要条件を満たす。そして、2070年にはプレート境界全域が連動破壊するシナリオが実現するのに必要な歪みエネルギーが蓄積する。但し、以上の見積りは不確定性の大きい散逸エネルギー等の仮定に強く依存していることに注意が必要である。発表では、仮定したパラメータの不確定性が地震シナリオに与える影響について議論する。
References:
石橋・佐竹 (1998), 地震第2輯,https://doi.org/10.4294/zisin1948.50.appendix_1
瀬野 (2012), 地震第2輯,https://doi.org/10.4294/zisin.64.97
Noda et al. (2020), EGU General Assembly, EGU2020-12581
Noda et al. (2020) では簡単化のために、過去のある基準時でプレート境界全体の応力蓄積をゼロとし、その後せん断応力が一定速度で蓄積したと仮定して、南海トラフ沈み込み帯で発生する地震シナリオを作成した。しかし、南海トラフ沿い(駿河湾から四国沖まで)で実際に発生したプレート境界地震の履歴は複雑である。直近の1944年東南海・1946年南海地震は、プレート境界全体を一度に破壊するイベントではなかった。また、それより前のイベントは記録が少ないために未だ不確定な部分が残っている。例えば、石橋・佐竹(1998)は1854年安政東海地震を熊野灘、遠州灘及び駿河湾に沿った断層セグメントの連動破壊だったと考えているのに対し、瀬野(2012)は安政東海地震の震源域は熊野灘の断層セグメントを包含しないと指摘した。前回の地震イベントからの経過時間が長いセグメントほどせん断応力を蓄えていると考えられるため、現実的な地震発生シナリオを構築するためには、複雑な地震履歴を考慮してせん断応力蓄積分布をモデル化すべきである。
そこで本研究では、過去に南海トラフで発生したプレート境界地震による応力解放を考慮してせん断応力蓄積モデルをアップデートし、地震シナリオの改良を試みた。具体的には、GNSS観測データから推定されるせん断応力蓄積速度は長期間変化せず一定であると仮定し、前回の地震イベント終了時から蓄積したせん断応力が次のイベント時に完全に解放されると考えた。1854年安政東海・安政南海地震、1944年東南海地震、1946年南海地震についてNoda et al. (2020)の手順ですべりモデルを推定して各イベントの残差エネルギーERを見積ったところ、石橋・佐竹(1998)よりも瀬野(2012)が提案した地震履歴の方が、エネルギー収支の観点から過去の地震イベントを合理的に説明できることが分かった。
次に、瀬野(2012)の地震履歴を仮定して2021年時点のせん断応力蓄積分布をセグメントごとに見積り、単独のセグメントの破壊、或いは複数のセグメントの連動破壊を仮定して様々な地震シナリオを作成した。すべてのシナリオで残差エネルギーERは負の値を示したため、2021年時点ではプレート境界大地震が発生するのに十分な歪みエネルギーが蓄積していないことになる。しかし、今後も同じ速度で応力が蓄積すると、2025年には駿河湾のセグメントを震源域とするシナリオでER>0となり、地震発生の必要条件を満たす。そして、2070年にはプレート境界全域が連動破壊するシナリオが実現するのに必要な歪みエネルギーが蓄積する。但し、以上の見積りは不確定性の大きい散逸エネルギー等の仮定に強く依存していることに注意が必要である。発表では、仮定したパラメータの不確定性が地震シナリオに与える影響について議論する。
References:
石橋・佐竹 (1998), 地震第2輯,https://doi.org/10.4294/zisin1948.50.appendix_1
瀬野 (2012), 地震第2輯,https://doi.org/10.4294/zisin.64.97
Noda et al. (2020), EGU General Assembly, EGU2020-12581