日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS10] 活断層と古地震

2021年6月4日(金) 10:45 〜 12:15 Ch.21 (Zoom会場21)

コンビーナ:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、白濱 吉起(国立研究開発法人産業技術総合研究所地質調査総合センター活断層火山研究部門活断層評価研究グループ)、佐藤 善輝(産業技術総合研究所 地質情報研究部門 平野地質研究グループ)、吉見 雅行(産業技術総合研究所活断層・火山研究部門)、座長:佐藤 善輝(産業技術総合研究所 地質情報研究部門 平野地質研究グループ)、吉見 雅行(産業技術総合研究所活断層・火山研究部門)

11:30 〜 11:45

[SSS10-10] スエズ湾岸地域の活断層の発見とその意義

*中田 高1、Wesnousky Steven2、後藤 秀昭1 (1.広島大学、2.ネバダ大学リノ校)

キーワード:スエズ湾、活断層、ALOS 30アナグリフ

スエズ湾は紅海の北延長部にあたり,紅海と同様に北北西−南南東方向に延びる.紅海は長さ2250km,最大幅約350km以上,平均水深が約500mの特徴的な海域で,その中央部には最深部は2000mを超え,現在の拡大速度は紅海の北部の北緯25.5度付近では年間10mmと考えられている(Chu and Gordon,1998).スエズ湾は,長さ約300 km,幅約20〜30 kmと紅海に比べてはるかに狭小で,最大水深は約70mにすぎず,アラビアプレ−トの北進はシナイ半島の西の死海を通るトランスフォ−ム断層で解消されていると考えられている.そのためか,スエズ湾地域では活断層については詳しく調査がなされておらず,その実体は全く知られていないと言っても過言ではない.スエズ湾地域で認められる現象は,紅海の深海底で起こっているものと類似している可能性があり,地溝形成を知る上でも貴重な情報と考えられる(Schamel,1989) .

スエズ湾は,東岸のシナイ半島の高地と西岸のRed Sea Hillとの間に主リフト境界断層を挟んで幅2−30kmの扇状地が広く発達する.これらの低地にはリフト状の地形がみられ,北半では北東傾斜,南半では南西傾斜のハ−フグラ−ベンを形成していると考えられているスエズ湾は,シナイ三重会合点からレバント−アカバ湾−死海地溝帯とともに発達した新第三紀のリフトで,中新世中期にレバント−アカバ湾のトランスフォ−ム境界が確立(Steckler et al., 1988)されたため,スエズリフトの拡大率が約10分の1に低下したと考えられている(Khalil and McClay, 2001)が,その具体的な活断層の存在や分布は明らかにされていない.

演者らは,ALOS 30 DSMをもとに作成したアナグリフ画像でアジアを中心とした地域の活断層判読を行なっている.今回,スエズ湾の両岸に広がる低地に多くの正断層型活断層を発見したので,その特徴と意義について報告する.この地域は,植生がほとんどない乾燥地域であり,油田開発や沿岸部のリゾ−ト開発などのごく一部を除けば地形の人的改変も認められず,中縮尺のアナグリフ画像で断層変位地形の概要を把握したのちに,高分解能を持つGoogle Earth画像の判読で極めて詳細な活断層分布の解明することができた.

活断層は,スエズ湾両岸に広く発達が認められるが,山地と平野の境界をなす急崖の基部に想定されている主リフト境界断層に沿っては,顕著な活断層の発達はほとんど認められない.また,断層の発達密度には地域差がある.湾の最北部では,スエズの北西部と東岸のRas Sedrの北の扇状地面を累積的に変位させる北西−南東走向の活断層が発達する.スエズ湾中部では,山地が海岸に迫り扇状地地の発達が悪く,東岸のRA's Matarmaの南の活断層を除いて活断層を認定できなかった.これに対して,スエズ湾中部の両岸は相対的に活断層の発達が良い.特に,西岸のGharib平野では,スエズ湾の長軸と同じ北北西−南南東走向の正断層型活断層が数多く認められる.東岸では海岸近くに位置する低い山地と低地との境界の一部に活断層が発達する.また,Al Turの東の主リフト境界断層の一部が扇状地を変位させており,その活動性を完全には否定できない.Al Turより南の東岸では扇状地面を変位させる短い活断層が数多く認められるが,累積変位を示す証拠を伴う断層はほとんど認められない.一方,西岸では南部に活断層の発達が認められない区間を挟んで,Jemsa湾の西に顕著な活断層が発達する.

スエズ湾地域で最も活断層の発達が顕著なのは,西岸のGharib平野のRas Abu BakrとRas GAribの区間である.ここでは,北東−南西走向の活断層が平行して10条前後認められる.いずれも新旧の扇状地を変位させる長さは10km未満の短い正断層型の直線的な活断層で,古い地形面ほど大きく変位する変位の累積性が認められる.断層変位はスエズ湾側に低下する東落ちを示すものとその逆の西落ちのものがあり,両者の間に小グラ−ベンを発達させる.1983年から2004年の間に発生したスエズ湾の中央部と北部で発生したマグニチュ−ドが2.8〜5.2の18の浅い地震のメカニズム解はほとんど正断層成分を示しており(Morsy et al., 2011),活断層との整合性が認められる.

この地域に発達する扇状地の形成年代に関する研究はないが,アメリカ西部の乾燥地帯に発達する扇状地の表面構造の特徴(Hoeft and Frankel 2010)をもとに予察的な対比を行なった.その結果,Q3b (15.5±1.2ka)に対比される扇状地面が1−3m, Q2c(92±9ka)が5−6m,Q2b(137±25ka )が10−15mほど垂直変位しており,平均変位速度は0.1mm/年前後と推定される.これは,同様な変位速度を持つ活断層が陸域で10枚程度認定されることから,全体では1mm/年に達し,さらにスエズ湾底の活断層の変位を加えるとそれ以上の平均変位速度が想定される.認定された活断層の傾斜に関する直接的なデ−タはないが付近の地震の震源メカニズムをもとに仮に50−60度とすればスエズ・リフトの拡大速度はおよそ1mm/年に達するものと推定される.スエズ湾南端部の西岸寄りの海底では,1969年にシャルムエルシェイク地震(Mw6.6)が発生しており,新たに見つかった陸域の活断層を起源とする大きな地震の発生も予測される.