16:00 〜 16:15
[U09-03] 臨床環境学に基づいた地域火山防災
★招待講演
キーワード:地域、火山防災、トランスディシプリナリ
演者らは2015年から2017年度まで、文部科学省地域防災対策支援プロジェクトの1つとして「臨床環境学の手法を応用した火山防災における課題解決法の開発」という課題*を実施した(以下、臨床火山防災学プロジェクトと略)(1-4)。この講演ではその概要と成果、その後の取り組みについて発表する。
臨床環境学とは名古屋大学の研究者を中心に提案された、社会と連携した環境学のあり方である(5)。学問分野はもっぱら診断を行う分野と治療や処方箋を考える分野に分かれてきた。環境問題や持続可能性など複雑な問題に対処していくためには、「診断」から「治療」に至る「臨床」すべてを一貫して行う体制を構築すべきであり、インターディシプリナリ(分野横断的)な連携が必要である。また、問題解決へ向けての「治療」のためには、現場である地域社会の多様なステークホルダーとの協働が不可欠であり、トランスディシプリナリ(社会連携的)な実践が要求される。研究者が社会における治療を現場のステークホルダーと共により積極的に進めていく必要があるとの認識のもと、診断から治療まで研究者が一貫して社会に関わる臨床環境学の考え方が提案された。
臨床火山防災学プロジェクトは臨床環境学の手法を火山防災に応用したものである。火山噴火は、他の自然災害に比べて頻度が小さく、被害が地域限定的である。また、火山には個性があり、予想される噴火被害や噴火頻度はそれぞれ異なっている。多数の登山客が犠牲になった2014年の9月27日の御嶽山噴火を契機として、火山活動が比較的不活発で、山頂から居住地が遠い火山地域においても防災のあり方が見直されることとなった。
臨床火山防災学プロジェクトは、御嶽山、焼岳(岐阜/長野県境)、白山(岐阜/石川県境)を対象に、名古屋大学環境学研究科と岐阜県危機管理部が中心となり、金沢大学、京都大学、長野県と石川県の危機管理部の協力を得て実施した。火山地域の火山防災を担う火山防災協議会は県・市町村の防災部局、気象台、大学等の観測研究機関の他、砂防部局、観光部局、自衛隊、警察、消防、観光事業者、自治会関係者など多数の機関が関わっている。公式の会議でこれらの多数の関係者が十分な議論を行うこと困難である。臨床火山防災学プロジェクトでは、地域が主体となる火山防災を発展させるための「場」づくりを目的として、3火山合同で県市町村の防災担当者等コアメンバーが参加する学習会と意見交換会を開催するとともに、火山毎に火山防災協議会のメンバーや観光事業者・住民などのステークホルダーを交えた学習会・意見交換会を実施した。学習会のテーマは、各火山の噴火史火山防災行政、観光と防災などで、各地域やその時々の問題意識を反映したものである。意見交換会は公式の会議とは異なり、対話しやすいように7-8人ずつのグループワーク形式で行った。なるべく普段意見交換の機会が少ないステークホルダーどうしが同じグループで認識・意見を共有・交換できるようにした。
プロジェクト終了時に学習会・意見交換会の効果を検証した結果、組織をよく知る人たちが個人の立場で率直に意見交換でき、火山防災における問題意識を共有し、顔の見える関係を構築することに役立ったことが関係者へのアンケートやいただいた感想から明らかになった。プロジェクト終了後も岐阜県危機管理部を中心としてコアメンバーによる意見交換会と火山地域や観測施設への現地視察(火山防災行政担当者セミナー)がそれぞれ年1回行われている。それぞれの地域においては、御嶽山で観測体制強化の必要性から名古屋大学御嶽山火山観測施設ができ、専門家と登山者・住民とをつなぐ火山防災教育の担い手の必要性から火山マイスター制度が設立された。焼岳では、県の防災担当者主催で地域住民を対象とした意見交換会も行われた。白山では、地域住民への火山防災の意識づけが課題とされ、大学研究者や防災行政担当者が地域の小学生対象に火山防災授業を行っている。
*本研究は文部科学省科学技術振興費地域防災対策支援研究プロジェクト採択課題「臨床環境学の手法を応用した火山防災における課題解決法の開発」の支援を受けた。
(1) https://all-bosai.jp/chiiki_pj/index.php?gid=10116
(2) 中村秀規・山岡耕春・堀井雅恵(2017)臨床火山防災学の試み, 地理, 62, 25-31.
(3) 山岡耕春(2018)現場から考える臨床火山防災学, 学術の動向, 23(3), 88-90.
(4) Nakamura, H., Yamaoka, K., Horii, M., Miyamae, R. (2019) An Approach to Volcano Disaster Resilience and Governance: Action Research in Japan in the aftermath of Mt. Ontake Eruption, Journal of Disaster Research, 14, 829-842.
(5) 渡邊誠一郎・中塚武・王智弘(2014)臨床環境学, 名古屋大学出版会, pp.318.
臨床環境学とは名古屋大学の研究者を中心に提案された、社会と連携した環境学のあり方である(5)。学問分野はもっぱら診断を行う分野と治療や処方箋を考える分野に分かれてきた。環境問題や持続可能性など複雑な問題に対処していくためには、「診断」から「治療」に至る「臨床」すべてを一貫して行う体制を構築すべきであり、インターディシプリナリ(分野横断的)な連携が必要である。また、問題解決へ向けての「治療」のためには、現場である地域社会の多様なステークホルダーとの協働が不可欠であり、トランスディシプリナリ(社会連携的)な実践が要求される。研究者が社会における治療を現場のステークホルダーと共により積極的に進めていく必要があるとの認識のもと、診断から治療まで研究者が一貫して社会に関わる臨床環境学の考え方が提案された。
臨床火山防災学プロジェクトは臨床環境学の手法を火山防災に応用したものである。火山噴火は、他の自然災害に比べて頻度が小さく、被害が地域限定的である。また、火山には個性があり、予想される噴火被害や噴火頻度はそれぞれ異なっている。多数の登山客が犠牲になった2014年の9月27日の御嶽山噴火を契機として、火山活動が比較的不活発で、山頂から居住地が遠い火山地域においても防災のあり方が見直されることとなった。
臨床火山防災学プロジェクトは、御嶽山、焼岳(岐阜/長野県境)、白山(岐阜/石川県境)を対象に、名古屋大学環境学研究科と岐阜県危機管理部が中心となり、金沢大学、京都大学、長野県と石川県の危機管理部の協力を得て実施した。火山地域の火山防災を担う火山防災協議会は県・市町村の防災部局、気象台、大学等の観測研究機関の他、砂防部局、観光部局、自衛隊、警察、消防、観光事業者、自治会関係者など多数の機関が関わっている。公式の会議でこれらの多数の関係者が十分な議論を行うこと困難である。臨床火山防災学プロジェクトでは、地域が主体となる火山防災を発展させるための「場」づくりを目的として、3火山合同で県市町村の防災担当者等コアメンバーが参加する学習会と意見交換会を開催するとともに、火山毎に火山防災協議会のメンバーや観光事業者・住民などのステークホルダーを交えた学習会・意見交換会を実施した。学習会のテーマは、各火山の噴火史火山防災行政、観光と防災などで、各地域やその時々の問題意識を反映したものである。意見交換会は公式の会議とは異なり、対話しやすいように7-8人ずつのグループワーク形式で行った。なるべく普段意見交換の機会が少ないステークホルダーどうしが同じグループで認識・意見を共有・交換できるようにした。
プロジェクト終了時に学習会・意見交換会の効果を検証した結果、組織をよく知る人たちが個人の立場で率直に意見交換でき、火山防災における問題意識を共有し、顔の見える関係を構築することに役立ったことが関係者へのアンケートやいただいた感想から明らかになった。プロジェクト終了後も岐阜県危機管理部を中心としてコアメンバーによる意見交換会と火山地域や観測施設への現地視察(火山防災行政担当者セミナー)がそれぞれ年1回行われている。それぞれの地域においては、御嶽山で観測体制強化の必要性から名古屋大学御嶽山火山観測施設ができ、専門家と登山者・住民とをつなぐ火山防災教育の担い手の必要性から火山マイスター制度が設立された。焼岳では、県の防災担当者主催で地域住民を対象とした意見交換会も行われた。白山では、地域住民への火山防災の意識づけが課題とされ、大学研究者や防災行政担当者が地域の小学生対象に火山防災授業を行っている。
*本研究は文部科学省科学技術振興費地域防災対策支援研究プロジェクト採択課題「臨床環境学の手法を応用した火山防災における課題解決法の開発」の支援を受けた。
(1) https://all-bosai.jp/chiiki_pj/index.php?gid=10116
(2) 中村秀規・山岡耕春・堀井雅恵(2017)臨床火山防災学の試み, 地理, 62, 25-31.
(3) 山岡耕春(2018)現場から考える臨床火山防災学, 学術の動向, 23(3), 88-90.
(4) Nakamura, H., Yamaoka, K., Horii, M., Miyamae, R. (2019) An Approach to Volcano Disaster Resilience and Governance: Action Research in Japan in the aftermath of Mt. Ontake Eruption, Journal of Disaster Research, 14, 829-842.
(5) 渡邊誠一郎・中塚武・王智弘(2014)臨床環境学, 名古屋大学出版会, pp.318.