日本地球惑星科学連合2021年大会

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[U-15] 連合の巨大地震・津波への対応:東日本大震災からの10年と将来

2021年6月5日(土) 13:45 〜 15:15 Ch.01 (Zoom会場01)

コンビーナ:奥村 晃史(広島大学大学院文学研究科)、宮地 良典(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 地質調査総合センター)、齋藤 仁(関東学院大学 経済学部)、座長:奥村 晃史(広島大学大学院文学研究科)、宮地 良典(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 地質調査総合センター)、齋藤 仁(関東学院大学 経済学部)

14:25 〜 14:45

[U15-03] 東日本大震災後の商工業事業所の対応とBCP(事業継続計画)整備状況-福島県南相馬市原町地域を事例として-

★招待講演

*初澤 敏生1 (1.福島大学)

キーワード:東日本大震災、事業継続計画、福島県南相馬市

南相馬市は福島県浜通り地方中部に位置し、事例として取り上げる原町地域は福島第一原子力発電所から20~30km圏内に位置する。当初は屋内退避地域、その後、2011年9月まで緊急時避難準備区域に指定され、企業活動は様々な制約を受けた。本報告では、原町地域に立地する商工業事業所の被災状況を把握した上で、BCPの整備状況から震災後の事業所の防災対応の動向について捉える。報告者は震災後、原町商工会議所と連携して毎年商工業実態調査を行ってきた。本報告は、その結果に基づくものである。

 震災当時の被害状況を見ると、524事業所中、35事業所で人的被害があり、死者・行方不明者は45名に上った。物的損害は298事業所で見られた。ただし、そのうち195事業所の損害額は500万円未満で、被害が小さく算出していない事業所を合わせると219事業所に達する。多くの事業所では地震による損害は小さなものにとどめられたと評価できる。しかし、原発事故の影響は大きく、2011年の売上は、前年比で製造業60%、建設業76%、卸売業45%、小売業73%、サービス業63%にまで低下した。これは原発事故に伴う避難などのためであるが、製造業などでは被災による取引の停止も大きかった。製造業の受注先では、市内の39%、相馬・双葉地域の53%、これらの地域を除く県内の20%、福島県を除く東北地方の29%の取引先が失われた。地域経済は極めて大きな打撃を受けた。

 このような状況を見ると、災害に対応するためには単にハード面の防災対策を強化するだけでなく、取引先や流通ルートの確保など、ソフト面の対策を取っておくことも重要である。BCP(事業継続計画)の策定は、その一つである。

 BCPとは、「企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続、あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画」(中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」)のことである。しかし、その重要性は必ずしも理解されているとは言いがたい。

 報告者は南相馬市において行った調査の中で、2014年、2018年、2020年の3回にわたりBCPに関する質問を入れて事業所の対応を調査した。

 2014年の調査では「東日本大震災前に非常時に対応するためのマニュアルを準備していたか」との質問であった。この結果は以下の通りである。(括弧内は左側の数字が東日本大震災前にマニュアルを整備していた事業所、右側の数字が震災後に整備した事業所の比率を示す。)製造業(15%:10%)、建設業(8%:10%)、卸・小売業(5%:9%)、サービス業(20%:10%)。整備率が最も高いのがサービス業で、製造業がこれに次ぐ。サービス業の中でも特に宿泊業などは作成している比率が高い。これに対し、卸・小売業の整備率は、サービス業の半分にも達していない。また、2014年の調査では避難訓練の実施状況についても調査したが、その結果は以下の通りである。製造業(15%:7%)、建設業(16%:16%)、卸・小売業(5%:12%)、サービス業(14%:9%)。こちらは建設業の実施率が最も高い。現場の危険性を反映していると考えられる。

 2018年調査では、BCPの整備率を問うた。その結果は以下の通りである。(括弧内の左側はBCPを整備している事業所、右側は1年以内に整備する予定の事業所の比率。)製造業(6%:6%)、建設業(12%:8%)、卸・小売業(10%:3%)、サービス業(11%:8%)。建設業の比率が最も高く、サービス業がこれに次ぐ。2014年調査に比較すると、サービス業の数字が大きく下がっている。これは多くのサービス業事業所ではBCPレベルの計画ではなく、簡単なマニュアルのみ整備していたためと考えられる。

 さらに2020年調査では、BCP整備率は、製造業15%、建設業5%、卸・小売業6%、サービス業16%で、製造業とサービス業の比率が伸びているのに対し、建設業、卸・小売業では低下している。これはアンケートの回答企業による差と考えられる。

 また、2019年の東日本台風への対応にあたって、BCPが役立ったかを尋ねたところ、役立ったとの回答は半数にとどまり、役立たなかったとわからないとの回答が4分の1ずつを占める。記述を見るとBCPが連絡網程度にしか使われていない事例も見られた。今後はBCPの内容に踏み込んだ分析が必要である。

 この3つの調査を時系列的に見ると、東日本大震災から10年を経てBCPの整備率は上昇傾向にあるものの、整備している事業所は10%台にとどまっていると考えられる。2019年の東日本台風の被災企業分析では、特に小売業とサービス業で間接被害が直接被害を大きく上回っている。これはソフト面の対策の重要性を示しているが、にもかかわらず、事業所の防災対応はハード面重視に偏っている。BCPなど、ソフト面の防災を充実させることが必要である。