14:00 〜 14:15
[MIS18-24] 淡水成炭酸塩に記録された始新世中期における九州地方の降水パターンの変化
★招待講演
キーワード:淡水成炭酸塩、始新世、東アジアモンスーン
新生代におけるアジア地域の気候変動は、約5000万年前に起きたインド亜大陸とユーラシア大陸の衝突によるヒマラヤ・チベット高原の隆起と関係することが示唆されてきた(e.g., Manabe and Terpstra, 1974)。東アジア夏季モンスーンの成立によって、東アジア沿岸地域は白亜紀の帯状気候分布から現在のアジアモンスーンの影響下にある気候分布へ変化し、湿潤化したと考えられている(e.g, Sun and Wang, 2005)。この変化は中新世・漸新世境界に起きたと従来考えられていたが、近年では始新世後期に東アジアモンスーンが存在していたという仮説が提唱されている(Licht et al., 2014)。中国南部の低緯度地域においては堆積物中の花粉群集や岩相の変化から始新世前期に湿潤化が起きたことが示された(Xie et al., 2020)。しかし、低緯度地域における気候変動は全球的な熱帯収束帯の影響も受けるため、始新世における東アジア沿岸地域の湿潤化とヒマラヤ・チベット高原の隆起の関係を評価するためには、中緯度地域での気候記録が必要である。
本研究では、東アジア沿岸域中緯度地域に位置していた九州地方の2地点において、始新世の陸成層から産出する淡水成炭酸塩の産状からその形成プロセスと気候条件を推定した。研究対象は、熊本県天草地方に分布する始新世初期の赤崎層と、佐賀県唐津地方に分布する始新世後期の芳の谷層である。これらの地層の野外調査を行って分析に用いる炭酸塩ノジュール試料を採取し、XRD分析による鉱物種の同定、薄片観察・EPMA分析による構造観察、酸素・同位体比分析による環境水の復元を行った。赤崎層は凝灰岩中のジルコン粒子の年代から始新世前期に堆積したことが分かっているが(Miyake et al., 2016)、芳の谷層は詳細な年代が不明なため、新たに凝灰岩試料を採取してジルコンのウラン–鉛年代測定から堆積年代を推定した。
赤崎層のノジュール試料はカルサイト・ドロマイト・石英が主な構成鉱物である。EPMAを用いて微細組織を観察したところ、ドロマイトは粒状のものと、皮膜状のものの2つのタイプがあることが分かった。いずれの場合でもドロマイトの沈殿の後にスパー状カルサイトが空隙を埋めるように沈殿しており、ドロマイトが二次沈殿物である可能性は低い。炭素同位体比は約–10±1‰の範囲に集中しており、炭素の起源は土壌有機物と大気二酸化炭素の混合であることが分かった。一方で、酸素同位体比は–12~–4‰と幅広い値をとり、ドロマイトとカルサイトの構成比率と相関を示した。ドロマイトが多いほど同位体比が高くなるという関係は、土壌中の蒸発作用の過程で最初にカルサイトが沈殿し、土壌水中の16Oの優先的な蒸発とMg/Ca比の上昇が起こっていたと推測される。これらのノジュールの特徴や堆積構造からは、赤崎層のノジュールは土壌中で形成したものであると解釈される。一般に土壌成炭酸塩は降水量に季節性がある年間降水量が800mm以下の半乾燥~乾燥条件で形成することから(Zamanian et al., 2016)、天草地域は始新世前期において乾燥気候下に位置していたと考えられる。
一方、芳の谷層のノジュール試料は主に石英・長石・シデライトと少量の鉄酸化物やパイライトを含むことが分かった。炭素同位体比が+1~13‰と高い値をとることが大きな特徴で、このような高い炭素同位体比は、メタン生成によって放出された高い炭素同位体比を持つ二酸化炭素を反映していると解釈される。酸素同位体比は–6~–2‰の範囲で変化し、降水起源であると考えられる。このような特徴は湿地帯で沈殿する現世ノジュールのものと一致しており(e.g., Pye et al., 1990)、石炭層の存在とも整合的である。また、凝灰岩中のジルコン粒子のU-Pb年代測定から、最大堆積年代は約37Maであることが明らかになった。したがって、始新世後期の唐津地域は年間を通じて湿地帯が存在するような湿潤気候下にあったことが示唆される。2つの地層のノジュールの鉱物・同位体的な特徴は、東アジア沿岸域中緯度地域においても始新世中期から後期にかけて降水パターンの変化が起きたことを示唆する。
本研究では、東アジア沿岸域中緯度地域に位置していた九州地方の2地点において、始新世の陸成層から産出する淡水成炭酸塩の産状からその形成プロセスと気候条件を推定した。研究対象は、熊本県天草地方に分布する始新世初期の赤崎層と、佐賀県唐津地方に分布する始新世後期の芳の谷層である。これらの地層の野外調査を行って分析に用いる炭酸塩ノジュール試料を採取し、XRD分析による鉱物種の同定、薄片観察・EPMA分析による構造観察、酸素・同位体比分析による環境水の復元を行った。赤崎層は凝灰岩中のジルコン粒子の年代から始新世前期に堆積したことが分かっているが(Miyake et al., 2016)、芳の谷層は詳細な年代が不明なため、新たに凝灰岩試料を採取してジルコンのウラン–鉛年代測定から堆積年代を推定した。
赤崎層のノジュール試料はカルサイト・ドロマイト・石英が主な構成鉱物である。EPMAを用いて微細組織を観察したところ、ドロマイトは粒状のものと、皮膜状のものの2つのタイプがあることが分かった。いずれの場合でもドロマイトの沈殿の後にスパー状カルサイトが空隙を埋めるように沈殿しており、ドロマイトが二次沈殿物である可能性は低い。炭素同位体比は約–10±1‰の範囲に集中しており、炭素の起源は土壌有機物と大気二酸化炭素の混合であることが分かった。一方で、酸素同位体比は–12~–4‰と幅広い値をとり、ドロマイトとカルサイトの構成比率と相関を示した。ドロマイトが多いほど同位体比が高くなるという関係は、土壌中の蒸発作用の過程で最初にカルサイトが沈殿し、土壌水中の16Oの優先的な蒸発とMg/Ca比の上昇が起こっていたと推測される。これらのノジュールの特徴や堆積構造からは、赤崎層のノジュールは土壌中で形成したものであると解釈される。一般に土壌成炭酸塩は降水量に季節性がある年間降水量が800mm以下の半乾燥~乾燥条件で形成することから(Zamanian et al., 2016)、天草地域は始新世前期において乾燥気候下に位置していたと考えられる。
一方、芳の谷層のノジュール試料は主に石英・長石・シデライトと少量の鉄酸化物やパイライトを含むことが分かった。炭素同位体比が+1~13‰と高い値をとることが大きな特徴で、このような高い炭素同位体比は、メタン生成によって放出された高い炭素同位体比を持つ二酸化炭素を反映していると解釈される。酸素同位体比は–6~–2‰の範囲で変化し、降水起源であると考えられる。このような特徴は湿地帯で沈殿する現世ノジュールのものと一致しており(e.g., Pye et al., 1990)、石炭層の存在とも整合的である。また、凝灰岩中のジルコン粒子のU-Pb年代測定から、最大堆積年代は約37Maであることが明らかになった。したがって、始新世後期の唐津地域は年間を通じて湿地帯が存在するような湿潤気候下にあったことが示唆される。2つの地層のノジュールの鉱物・同位体的な特徴は、東アジア沿岸域中緯度地域においても始新世中期から後期にかけて降水パターンの変化が起きたことを示唆する。