日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ51] 環境汚染・環境毒性と生物

2022年5月26日(木) 09:00 〜 10:30 102 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:中山 翔太(北海道大学大学院獣医学研究院)、コンビーナ:石塚 真由美(北海道大学)、コンビーナ:銅谷 理緒(北海道大学大学院獣医学研究院)、座長:中山 翔太(北海道大学大学院獣医学研究院)

09:00 〜 09:15

[MZZ51-01] X線吸収端近傍構造を用いた底質中難水溶性臭素の形態分析

*伊藤 健登1藤森 崇2、塩田 憲司1加 三千宣3、高岡 昌輝1、高橋 真3 (1.京都大学、2.龍谷大学、3.愛媛大学)


キーワード:X線吸収端近傍構造、難水溶性臭素、POPs、天然有機臭素化合物、底質、別府湾

【研究背景・目的】
有機臭素化合物の中でも残留性有機汚染物質(POPs)は国際的に規制の対象となっているが、その種類は増加傾向にあり、類縁・代替物質を含めた包括的なリスク評価が必要となっている。包括的な評価としてPOPsの性質に着目した画分である難水溶性画分[1]や有機溶媒抽出可能な分子量1000g/mol以下の画分(EOBr-L)[2]が注目されている。POPsの性質に近いEOBr-Lについての調査が進む一方でより包括的な評価となる難水溶性画分についても明らかにすることが必要である。
 人間活動によって環境中に放出された有機臭素化合物は海底にも分布することが分かっており、底質コア試料から化合物のタイムトレンドを知ることができる[3]。一方有機臭素化合物は天然でも生成される。海藻などから発生した天然有機臭素化合物が底質中に含まれること、それらが細菌によって脱ハロゲン化されていることが報告されており[4]、さらに底質中臭素濃度は全有機炭素および海洋起源有機炭素量との関連性が指摘されている[5][6]。これらより底質における鉛直方向の臭素濃度変化は人為由来の化合物のトレンドと天然由来の化合物の生成・分解作用どちらもが反映されており、臭素の存在形態を把握することは天然での臭素サイクルを理解する上でも重要であるといえる。
 これらの背景より本研究では底質中の難水溶性臭素の存在形態の鉛直方向変化および地域による違いを明らかにすることを目的とした。複数地点から採取された底質試料を1cmごとの層に切り取ったもの洗浄処理によって水溶性の臭素を除去し、各層のX線吸収端近傍構造(X-ray absorption near edge structure : XANES)を測定することでスペクトルの深さ方向の変化および採取場所による違いを比較した。
【試料と方法】
底質コア試料は別府湾、大阪湾、琵琶湖の3地点より採取された。別府湾はその地形的特徴から堆積の阻害要因が少なく質の良いコアが得られ、大阪湾は商業都市の沿岸に位置しPOPsに関する研究が多くおこなわれている。琵琶湖は他の2地点と異なり淡水域であるため、海水と淡水の違いをみることができる。採取したコアを1cmごとの層に切り分け、フリーズドライ処理した後に硝酸カリウム水溶液で3度洗浄し、その残渣を乾燥させたものを難水溶性画分とした。茨城県つくば市にあるPhoton factoryのBL-12Cにおいて、試料にX線を照射し、Br-K吸収端前後のXANESを測定した(課題番号: 2021G064)。また、難水溶性画分の臭素濃度を、燃焼イオンクロマトグラフィーを用いて測定した。
【結果と考察】
各地点の臭素スペクトルはそれぞれ深さ方向にほぼ変化がなく、3地点でのスペクトルにも大きな違いは現れなかった。これは塩素のスペクトルが深さおよび地点で異なっていたことと比較すると注目すべき点である。この結果より、底質中の難水溶性臭素には地域や海水淡水の違いに寄らず何らかの支配的な化合物が含まれていること、あるいは複数の化合物が一定割合で存在していることが示唆され、スペクトルの形状より脂肪族ではなく芳香族化合物である可能性が高い。さらに、この化合物は年度や地域によって大きく変化する人為由来のものではなく、あまり変動が起きない天然由来のものだと考えられる。
難水溶性画分臭素濃度は別府湾大阪湾の海水域どうしでは濃度域が近いが淡水域の琵琶湖底質とは濃度が異なっている。また、どのコア試料も表層より下層にいくほど濃度が減少していた。これらより底質中の臭素化合物は支配的な化合物あるいは他の臭素化合物がそれぞれ同じような割合で微生物に脱ハロゲン化されている可能性も挙げられる。
【結論】
本研究で、底質中の難水溶性画分に占める臭素化合物の存在形態は30cm以内の深さでは、深さや地点、淡水海水によらず同じであることが明らかとなり、地球規模でも深さ30cm以内では臭素の存在形態は同じであることも考えられる。一方で天然由来と考えられる臭素化合物が多いことから汚染物質のリスク評価としての難水溶性画分は不確実であり、EOBr-Lの方が適しているといえる。
【謝辞】
本研究は文部科学省科学研究費助成事業・基盤研究(A)「残留性有機汚染物質の包括網羅分析に基づくマスバランス解析と生態リスクの時系列変化」(課題番号:20H00646)の助成を受けて実施しました。

【参考文献】
[1] Mukai et al., (2019) ACS Omega. 4(4), 6126-6137.
[2] Mukai et al., (2021) Science of the Total Environment. 69, 133-148.
[3] Anh et al., (2021) Chemosphere. 266, 129180.
[4] Atashgahi et al., (2018) Environmental Microbiology. 20(3). 934-948.
[5] Leri et al., (2010) Global Biogeochemical Cycles. 24(4), 1-15.
[6] Mayer et al., (2007) Marine Chemistry. 107, 244-254.