日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-CG 宇宙惑星科学複合領域・一般

[P-CG19] 惑星大気圏・電磁圏

2022年5月27日(金) 09:00 〜 10:30 303 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:前澤 裕之(大阪府立大学大学院理学系研究科物理科学科)、コンビーナ:寺田 直樹(東北大学大学院理学研究科)、関 華奈子(東京大学大学院理学系研究科)、コンビーナ:今村 剛(東京大学大学院 新領域創成科学研究科)、座長:原田 裕己(京都大学理学研究科)、前澤 裕之(大阪府立大学大学院理学系研究科物理科学科)

09:45 〜 10:00

[PCG19-04] リム観測による火星大気鉛直構造の解明を目指す新大気リトリーバル技術の検証

小暮 李成1青木 翔平2中川 広務1、Arnaud Mahieux3黒田 剛史1吉田 奈央1岩渕 弘信1出村 裕英4佐藤 隆雄5、*笠羽 康正1 (1.東北大学、2.宇宙航空研究開発機構、3.BIRA-IASB, Belgium、4.会津大、5.北海道情報大)

キーワード:火星、大気、リトリーバル

火星大気の地表面近傍から高高度に至る鉛直構造とその時空間双方の変動は、地表から上層大気をつなぐ物質輸送の鍵となる。エアロゾルは、火星大気の変動要因であるとともに微量大気成分の輸送にも関わり、その鉛直構造と時空間変動は基本情報として重要である。微量大気成分もまた表層から供給されて大気を循環する。例えば水は、上層まで輸送された場合には紫外線による光解離を経て宇宙空間へと流出しうるため、その輸送と時空間変動は火星大気の現在の変動とともに過去の進化にも重要な情報を提供しうる。
欧火星探査機ExoMars TGOが行いつつある太陽掩蔽観測によって、火星大気の鉛直構造探査が進みつつある。太陽掩蔽観測は太陽直達光の吸収を用いるため、S/Nに優れるものの、観測ジオメトリが朝・夕の太陽視線方向に限られ、地方時の変化や現象水平規模の理解には補完を要する。この打開策として、これまで十分に活用されてきていないリム観測が期待されうる。太陽散乱光を用いるリム観測は、硬度方向の変動を昼面であれば地方時を問わずに追うことができ、また装置の視野の範囲ながら水平構造の変化も観測できる。しかし、長い視線方向の中で広い高度範囲に跨るエアロゾルによる散乱光の観測であり、球殻大気において多重散乱を解き高度方向に情報を分解する必要がある。この数値的ロードの高さからリム観測データの活用事例はわずかであった。

我々はこの課題を解決すべく、地球ナディア観測用に開発された高速リトリーバルツール「JACOSPAR」を火星リム観測用に改造し、火星大気の鉛直構造を導出すべくコードの開発を進めてきた。本ツールは、球殻大気と多重散乱を考慮しているためリム観測のリトリーバルに適合する。また、後方モンテカルロ法と従属サンプリング法を用いることで多波長を効率的に高速リトリーバル計算するため、他ツールでは計算コストの面で困難なガスとエアロゾルの同時リトリーバルをも実現しうる。
本研究では、このツールの検証のため、火星探査機Mars Express (MEx) に搭載される可視近赤外分光撮像器OMEGAのリム観測データを用い、まずダスト・水氷密度の高度プロファイルのリトリーバルを確立することを目指した。この検証は、フォワードモデルとリトリーバルコードの双方について行った。フォワードモデルの検証では、従来研究で使用されるより仮定の少ないコード(DISORT、MITRA)との比較を行った。この検証では、リムジオメトリにおける輝度の差が1%以内となることを確認した。また、リトリーバルの検証では、特定の粒径分布・ダスト密度・水氷密度をモデルとしてフォワードモデルでモデル観測スペクトルを生成し、これに対してリトリーバルを行なってモデル値の導出精度を評価した。粒径分布を固定した時のダスト密度と水氷密度のリトリーバルは、アプリオリのエアロゾル密度が十分に大きい(波長1μmでのカラム τ > 0.9)場合、-30%〜+120%以内の精度([リトリーバル密度-正解密度]/正解密度×100)で可能であった。また観測された大気の光学的厚さが大きい場合(カラムτ> 0.1)は、鉛直方向でのτが 0.1を超える高度(リム方向でのτは〜1を超える)よりも下層ではリトリーバルが困難になることを確認した。JACOSPARとしてのリトリーバル可能な物理量としては、ダスト・水氷粒径、地表面アルベド、およびガス密度があり、これらの一括導出に向けてさらなる作業を進行させていく。

また、本来JACOSPARを適用しての研究ターゲットとしてpickupしていたリム観測データから、リトリーバルを抜きとして大気鉛直構造を吸収深さのみを用いて試験解析も行った。その際、日変化が見える可能性がある2例を見つけている。これらにおいては、水蒸気と水氷の吸収深さから、日中(12-16 LT)の例では水氷の昇華と水蒸気の増加が、朝方 (6-8 LT) の例では水蒸気と水氷の上昇が生じている兆候を見出した。これらに相当するMars Climate Database (MCD) の結果では、前者 (日中) の例では水氷と水蒸気の変化が生じる高度は観測の1/3ほどに限られており、また後者(朝方) の例では水蒸気と水氷の上昇が再現されていない。これらの違いは、MCDではダストの鉛直分布や細かな対流が観測のスケールでは再現されていないことを示唆するもので、モデルの改善が表層付近の水循環の理解に必須であることを示唆している。JACOSPARの機能が完遂された暁には、エアロゾルとガスの鉛直・水平分布を一括導出して、これらの定量評価による鉛直輸送メカニズム等の解明につなげていきたい。

本開発は、JAXA Martian Moons eXploration (MMX) 計画で可能となる InfraRed Spectrometer(MIRS: 近赤外分光撮像器)による「火星大気リム観測」につなげていく予定である。この装置により、リムを含む火星中低緯度域の大気分光スナップショットデータを面として取得する予定で、リム域を含む大気の水平・鉛直分布を同時に導出しうる。大量のリム観測データが生み出されることが想定されるわけで、開発中のリトリーバルツールはこのサイエンス成果創出の基盤となるものとなる。