日本地球惑星科学連合2023年大会

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[J] オンラインポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT15] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2023年5月24日(水) 13:45 〜 15:15 オンラインポスターZoom会場 (3) (オンラインポスター)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、大手 信人(京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/23 17:15-18:45)

13:45 〜 15:15

[HTT15-P01] 福島県北部沿岸域と阿武隈高地の岩石および土壌の87Sr/86Srの特徴把握

*藪崎 志穂1SHIN Ki-Cheol2川越 清樹3 (1.総合地球環境学研究所・福島大学 共生システム理工学類、2.総合地球環境学研究所、3.福島大学 共生システム理工学類)

キーワード:福島県沿岸域、阿武隈高地、87Sr/86Sr、岩石、土壌、トリチウム (3H)

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の発生に伴い,福島県沿岸域では広範囲に渡り津波の影響を受けた。沿岸域の一部の地域では津波で流された化学物質による地下水や土壌の汚染,海水の混入による地下水の塩水化も生じた。また,地震の後に発生した東京電力福島第一原子力発電所(FDNPP)の事故に伴い大気中に多量の放射性物質が放出され,それらが土壌や農作物に移行し,現在においても環境中にその影響が残存している地域もある。こうした放射性物質の影響は一部の地下水や湧水でもみられ,FDNPPからの距離が比較的近い浪江町や大熊町,南相馬市南部の地下水や湧水では,トリチウム(3H)が自然レベルよりもやや高い値を示し,FDNPPの事故の影響が及んでいることが確認された(Yabusaki and Asai, 2023)。地下水や湧水に含まれる放射性物質は,現時点では検出されなくても,半減期の長さや濃度により将来的に地下水中で検出される可能性も否めない。例えば,137Cs(半減期30.16年)による海洋汚染の研究事例が報告されており,134Cs(半減期2.06年)なども併せた放射性物質の地下水中における挙動のモニタリングの必要性も指摘されている。地下水の塩水化や放射性物質の状況把握および対策を講じるためには,現在の地下水の水質データを収集・蓄積し,地下水の涵養域や地下水流動を把握することが重要である。こうしたことから,2014年より福島県北部沿岸域とその周辺地域を対象として,地下水等の水質特性,涵養域,地下水流動等を明らかにすることを目的として調査を行っている。
 昨年(2022年)のJpGUの発表では,福島県北部沿岸域とこれらの地域の地下水涵養域と見込まれる内陸の阿武隈高地の地下水等のストロンチウム同位体(87Sr/86Sr)の特徴について紹介した。今回の発表では,研究対象地域内の地質のSr同位体比の特徴を把握するため,岩石および土壌を採取してそれらの87Sr/86Srを測定し,地下水等の値と比較した結果について報告する。
 水試料の測定は,2014年4月~2021年9月に調査・採取した地点のうち,湧水(45地点),地下水(21地点),自噴井(19地点),河川水(9地点),温泉水(2地点)を対象とした。岩石・土壌試料は,飯舘村,新地町,相馬市,南相馬市,大熊町の河床堆積物および湧水近くの堆積物(土壌,砂礫)を対象とし,2022年8月に15地点で採取した。水試料はメンブレンフィルターでろ過し,ICP-MSでSr濃度を把握して適宜濃縮・蒸発乾固させた後,カラム操作によりSrを回収して,MC-ICP-MS(NEPTUNE PLUS)で同位体比を測定した。土壌・岩石試料は,試料を乾燥させてから粉砕した後,5%酢酸アンモニウムや35% H2O2を添加してそれぞれ反応させ,得られた試料に3.5N HNO3を加えて溶解した。この試料を希釈してICP-MSでSr濃度を把握し,水試料と同様に適宜濃縮・蒸発乾固を行った後,カラム操作でSrを回収して,MC-ICP-MSで同位体比を測定した。
 地下水や湧水等の87Sr/86Srの値は0.70545~0.71191の範囲に分布しているが,温泉水の87Sr/86Srは高く,他の地点とは特徴が異なっている。この地点(温泉水)を除くと87Sr/86Srは海水の同位体比(=0.70918)よりも低い値を示しており,0.708~0.709と,0.708以下を示す2つのグループに大別することができる。前者の相対的に高い同位体比を示す地点では,多くが自噴井や深井戸(深層地下水)に相当している。阿武隈高地では花崗岩や花崗閃緑岩が広く分布し,当該地域を構成する地質の主体となっている。一方,後者の相対的に低い同位体比を示す地点は,沿岸域の湧水や浅井戸(浅層地下水),河川水が主体となっている。沿岸域の湧水や浅層地下水はこれまでの調査により沿岸近くの台地部で涵養されたものが主体であることが示唆されており(藪崎,2020),これらの地域には主に堆積岩が分布している。
 岩石および土壌の87Sr/86Srの測定結果より,阿武隈高地の採取地点では0.708~0.711前後の値を示し,沿岸域周辺の採取地点では0.706~0.707前後の値を示すことを把握した。上述した自噴井や深層地下水の87Sr/86Srは概ね阿武隈高地の岩石・土壌試料の87Sr/86Srの範囲内にあり,すなわちこれらは阿武隈高地で涵養された水であることを示唆し,水質組成や水同位体比から推定した結果と整合している。沿岸域の湧水や浅層地下水の87Sr/86Srは概ね沿岸域周辺で採取した岩石・土壌試料の87Sr/86Srの値に相当しており,従ってこれらの水は堆積岩地域で涵養されたことを示唆し,水質や酸素・水素安定同位体から得られた結果と矛盾がない。以上のことから,沿岸域に分布する地下水や湧水の涵養域を把握する際に,水質や水同位体比と共に,Sr同位体比も活用できることを把握できた。今後は調査地点数が少ない地域の岩石・堆積物の87Sr/86Srデータを集積し,また研究対象地域の広域の河川水の87Sr/86Srも把握して,更に検討を進める予定である。


(参考文献)
Shiho Yabusaki and Kazuyoshi Asai (2023): Estimation of groundwater and spring water residence times near the coast of Fukushima, Japan. Groundwater, (Accepted on 31-Dec-2022). https://doi.org/10.1111/gwat.13288.
藪崎志穂(2020):福島県北部沿岸域の地下⽔,湧⽔等の⽔質特性の把握と安定同位体を⽤いた涵養域の推定.地下水学会誌,62(3),449-471. https://doi.org/10.5917/jagh.62.449.