日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 G (教育・アウトリーチ) » 教育・アウトリーチ

[G-02] 地球惑星科学のアウトリーチ・実践と理論

2024年5月26日(日) 15:30 〜 16:45 103 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:玉澤 春史(東京大学生産技術研究所)、塚田 健(平塚市博物館)、寺薗 淳也(合同会社ムーン・アンド・プラネッツ)、座長:寺薗 淳也(合同会社ムーン・アンド・プラネッツ)、玉澤 春史(東京大学生産技術研究所)

15:30 〜 16:00

[G02-06] 宙漆プロジェクト-漆造形作品と成層圏での記録映像の発信活動における、制作者と鑑賞者のコミュニケーションの実践

★招待講演

*山本 大凱1、川瀬 幹己4、久保 尚子2、髙岸 航平、松岡 夏輝3、岡本 真澄1、伏原 麻尋1、糟野 日向子2、大島 美森2、大嶋 シュテファン1磯部 洋明2 (1.名古屋大学、2.京都市立芸術大学、3.東京大学、4.名古屋工業大学)

キーワード:成層圏気球、成層圏、宇宙芸術、漆

宙漆(そらうるし)プロジェクトは、2023年9月20日、宇宙の入口にあたる成層圏(到達高度: 31,356m)まで上昇するスペースバルーンを用いて、地球の光で照らされた漆造形作品の撮影・回収に成功した。

分野、大学の垣根を超えて、「芸術表現としての宇宙」を目指し2022年5月より活動を続けてきた。メンバーは京都市立芸術大学美術学部の学生及び卒業生、名古屋大学、名古屋工業大学、東京大学の工学部及び理学部の学生で構成されており、各分野で学んできた知識を持ち寄って作品制作、機体開発、情報発信までを協働して行った。

本発表では、宙漆プロジェクトの発端とこれまでの活動について紹介し、学内外に発信活動に取り組む中で得られた気付きについて述べる。

初めに、宙漆プロジェクトの発足のきっかけは、メンバーであり発起人の川瀬が宇宙に抱く想いにあった。彼はスティーブン・ホーキング著の児童書「宇宙への秘密の鍵」(1に描かれた宇宙に憧れ、宇宙工学の道を志した。しかし、科学的な探究だけでは幼い頃に憧れた宇宙の憧憬が見えてこず、満たされない想いを抱いていた。そこで、芸術によって「宇宙」を表現したいと考えたことが本プロジェクトのモチベーションにある。このような初期の興味関心に向き合いながら発信活動を行うことは重要な要素であった。

先述の通り、宙漆プロジェクトは成層圏における漆造形作品の撮影に成功し、記録映像と漆作品を回収した。そしてこれまで、打上げの成果を京都・名古屋の2拠点と、実験場所である愛媛県愛南町を中心に発信活動を行ってきた。2023年の実験終了後は、参加したえひめ南予共同気球実験の成果報告会をはじめ、自主企画トークイベント、漆の作業体験を行うワークショップ、学会・シンポジウムでの発表(2 (3 、作品展での展示などを行い、一般向けイベントを含め対外的に活動してきた。また、ラジオ出演(2番組)および新聞記事の掲載など、マスメディアによる発信も行った。

成層圏気球を用いた活動の中でも宙漆プロジェクトが特徴的なのは、私たちにとっての「宇宙」を表現することを目的に据えて多様な形態で発信活動を続けていることである。特に展示活動においては表現の方法として漆作品と映像を用いており、鑑賞者は作品やキャプションから解釈を試みる。その過程では、鑑賞者の主観に基づく考察が生じるため、各々の理解に落とし込むときには多様な理解の仕方がみられる。そのうえで私たちが鑑賞者と対話をするとき、そこでのコミュニケーションは双方向のものとなり得ることに気付いた。

文部科学省(2005)(4 によると、アウトリーチとは「国民の研究活動・科学技術への興味や関心を高め、かつ国民との双方向的な対話を通じて国民のニーズを研究者が共有するため、研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動」を指す。また、佐藤(2007)(5 によると、学校現場でのアウトリーチ活動では研究者と生徒が同じレベルに立ったコミュニケーションがベースになるが、研究者が生徒のレベルに立てるかどうかが課題として挙げられている。このように、アウトリーチ活動においては発信者と対象者の双方向コミュニケーションが重視され、そのためには両者が対等なレベルにある必要がある。

宙漆プロジェクトの活動目的は科学技術のアウトリーチとは直接関係がないものの、芸術作品を取り入れることによって発信者と対象者の関係が双方向のものとなり得る可能性がある。芸術作品という媒体を通すことにより、より活発で双方向のコミュニケーションが促進されると考える。

結論として、宙漆プロジェクトでは成層圏気球実験の終了後、成果物である漆作品と記録映像を用いて展示・発信活動を行ってきたが、その中で制作者と鑑賞者のコミュニケーションが双方向的になり得ることは新たな発見であった。これは、アウトリーチ活動において重要な双方向コミュニケーションの実践に資する活動例であるといえる。


(1 ルーシー&スティーブンホーキング他, 「宇宙への秘密の鍵」, 岩崎書店, 2008.
(2 髙岸航平, 山本大凱他, 宙漆プロジェクトー成層圏における漆造形作品がもたらす新たな価値, 2023年度 大気球シンポジウム, 2023.
(3 川瀬幹己, 髙岸航平他, 宙漆プロジェクトーなぜ宇宙と漆なのか, 第17回宇宙ユニットシンポジウム「人類、火星に向かう」, 2024.
(4 アウトリーチの活動の推進について, 学術分科会, 学術研究推進部会(第10回)配付資料 , 資料3‐5, 2005.
(5 佐藤明子, 薗部幸枝他, アウトリーチにおけるサイエンスコミュニケーション, 科学教育研究, 31, 4, 2007, pp. 410-420.