日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-QR 第四紀学

[H-QR05] 第四紀:ヒトと環境系の時系列ダイナミクス

2024年5月30日(木) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:白井 正明(東京都立大学)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 )、吾妻 崇(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、里口 保文(滋賀県立琵琶湖博物館)

17:15 〜 18:45

[HQR05-P03] プラスチック製玩具(キンケシ)が秘める近現代の地質学的年代環境指標の潜在性

*谷川 亘1,2、山本 哲也1中村 璃子2、多田井 修4、野口 拓郎2中嶋 亮太1山口 飛鳥3山本 裕二2 (1.国立研究開発法人海洋研究開発機構、2.高知大学、3.東京大学、4.マリン・ワーク・ジャパン)

キーワード:人新世、水中遺跡、塩化ビニル、可塑剤、桧原湖、蛍光X線分析(XRF)

近年の異常加速的な人間活動に伴い、海底・湖底表層に近い堆積物中の地層記録から人間活動の痕跡を確認することができる。広範囲に共通して確認することが出来る人間活動のフットプリントとして核実験の影響による人工放射性核種、プラスチック汚染、化石燃料由来の球状微粒炭などが挙げられる。土壌に埋没した大小さまざまな生活・産業廃棄物もまた、当時の人間活動を知る手がかりとなる。考古学の分野では、土器片や磁器片などの遺物の形態的な特徴と埋没していた地層の情報から、遺物が使用されていた当時の環境を復原する方法論が確立している。一方、考古学的な研究対象からやや外れた近代以降に製造された遺物については、詳細な研究がほとんど行われていない。
1888年の磐梯山噴火に伴い水没した水中遺跡「桧原宿跡」調査に関連して、桧原湖沿岸の陸上発掘調査を実施した。その調査過程で、陶磁器片、ガラス片、クギなどの近現代の「遺物」の中に、プラスチック製とおぼしき人型の玩具を確認した。プラスチックは耐候性に優れているため、廃棄・埋没後も長期間形状や化学的特徴を保持している可能性が高い。そこで、本研究ではプラスチック製玩具の物性計測と化学分析を実施して地質学的な化石として見立てたとき、プラスチック製品が地質年代と環境変動評価にどのように貢献できるかを検討した。
 プラスチック製玩具は、表層からの深さ5cmから15cmの礫混じりシルト層中から発掘された。玩具の長さは39.6mm、質量3.4g、密度1.59g/cm3であった。玩具の形状から株式会社バンダイ製の「キンケシ」(週刊少年ジャンプに連載されていた漫画「キン肉マン」のキャラクターを模したカプセルトイ)のうち、初期の製品と類似していることがわかった。しかし、原物の玩具は長さ46mm、質量4.5g、密度1.47g/cm3を示し、遺物は原物よりも一回り小さく、密度が高いことから、遺物が本物のキンケシとは断定できなかった。そこで、3DX線顕微鏡を用いた微細内部構造観察、ポータブル式と連続スキャン式の非破壊蛍光X線分析(XRF)による元素分析、μXRFによる元素マッピング、μXRDを用いた鉱物同定、およびFT-IRによる非結晶物質の評価を行い、遺物と原物の物質科学的な特徴を比較した。原物のキンケシについては破壊分析による構成材料の評価も行い、さらに発売時期の違いによるキンケシの比較も実施した。
 原物のキンケシは、ポリ塩化ビニル(PVC)、炭酸カルシウム、フタル酸エステル系可塑剤がそれぞれ27:40:33の割合で構成する軟質ポリ塩化ビニル素材であることがわかった。3DX線顕微鏡分析の結果、遺物のキンケシは胴体中心部に直径0.1mmほどの穴が発達していた。ただし穴の空隙率は0.1%程度であり、密度にほとんど変化を及ぼさない。XRF分析では遺物は原物と比較して塩素、鉛、珪素の増加、およびカルシウムの減少が認められた。μXRDとFT-IRの分析の結果、遺物は原物と同じ材料から構成されていることが確認できた。
原物のキンケシのうち、製造年が新しい玩具は古い玩具と比較して塩素濃度が高くカルシウム濃度が低く、密度が低い傾向が認められた。さらに可塑剤は、古い玩具はフタル酸エステル系で、新しい玩具は非フタル酸エステル系だという違いが明らかとなった。
 以上の結果、遺物のキンケシは原物と比較して物理化学的な特徴が大きく異なることから、偽造品である可能性を排除できない。一方、これらの違いを埋没後の続成作用に起因すると仮定すると、可塑剤と充填剤の溶脱、および土壌中の鉛と充填剤中のカルシウムとのイオン交換反応により説明できる。可塑剤の溶脱は土壌・湖水中の微生物や有機物などとの反応により不可逆的に進行することが分かっている。発掘地点の堆積物中には鉛は確認できなかったが、湖底堆積物や発掘地点とはやや離れた陸上堆積物中には、やや濃度が高い鉛濃集層を確認できた。遺物発掘地点付近には昭和中期(1943年)まで稼働した鉱山(桧原鉱山)の採掘場とズリ捨て場が広がっており、同鉱山からは鉛も採鉱されていたことがわかっている。そのため、ズリ捨て場の鉱石が遺物のキンケシの変化をもたらした可能性がある。
 キンケシが発売されたのは1983年であり、1987年までに累計約1億8千万個も販売していることから、日本国内における近代以降の地質年代指標としてのポテンシャルを持つ。1990年代からプラスチック玩具のフタル酸エステル類の規制が拡大しており、キンケシに使用された可塑剤の時代変遷と一致する。フタル酸エステル類の可塑剤から作られたキンケシであれば1983年以降、非フタル酸エステル類のキンケシであれば1990年代以降の地質年代指標として利用できる。さらに本結果は、遺物と原物の化学的特徴の比較から、キンケシ(もしくはプラスチック製玩具)が埋没していた土壌および周辺の環境の評価につなげられる可能性を示唆している。

【謝辞】株式会社バンダイ社から情報提供等の協力いただいた。本研究はJSPS科研費 JP22H00028の助成を受けたものである。