日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2024年5月29日(水) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、谷水 雅治(関西学院大学)

17:15 〜 18:45

[HTT16-P08] 高解像度微量元素複合分析によるスルメイカ分布海域推定法の構築

*鈴村 明政1浅沼 尚1寺門 寛1石村 豊穂1 (1.京都大学大学院人間・環境学研究科)

キーワード:微量元素、レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析計、スルメイカ、炭酸塩、回遊履歴

スルメイカは我が国の主要水産資源の1つであるものの、近年漁獲量が激減しており(水産庁2023)、回遊生態と環境要因との比較による資源変動要因の解明が急務である。漁獲調査や記録型標識調査などの観測からは、スルメイカは、対馬海峡を産卵場として日本海側を回遊する秋生まれ群と、東シナ海を産卵場として主に太平洋側を回遊する冬生まれ群が想定されている。この想定の下で資源管理も個別に行われているものの、実際の回遊様式の詳細はよくわかっていない。スルメイカの平衡石は、個体成長とともに付加成長する炭酸塩であり、その化学組成は個体が経験した環境情報や生態情報を時系列に記録する。炭酸塩中のδ18Oは温度依存性を示し、経験水温の影響を反映する定量的な温度指標であるため(e.g., Grossman and Ku 1986)、等水温帯を基にした推定回遊域を可視化することが可能である(e.g., Sakamoto et al. 2019)。しかし、等水温帯は海洋の東西方向に広域に分布することから、経度方向の回遊海域についての推定を難しくしている。一方で、微量元素は海洋の東西方向に濃度勾配を生じることから、日本海と太平洋といった生息海域を識別する指標になり得る。そのため、δ18Oと微量元素濃度との複合解析によって、高解像度のスルメイカの回遊履歴の復元が可能となると期待される。しかし、海域を識別するために注目すべき元素とその特徴は確立できていない。また、スルメイカの秋生まれ群と冬生まれ群は、津軽海峡で往来している可能性も示唆されており、日本海で漁獲された個体でも太平洋で生育した可能性、またその反対の可能性も除去できない。そのため、確実に日本海及び太平洋で生育したと考えられる幼イカを対象にしなければ、正確な海域の特徴を評価することはできない。そこで本研究では、小田原及び石川で漁獲された小型のスルメイカ3個体ずつの平衡石を対象に、京都大学設置のLA-ICP質量分析計(Raijin α + Agilent 8900)を用いた微量元素濃度分析(Mg, P, S, K, Ca, Mn, Sr, Ba)を行うことで、海域を識別する指標の構築を目指した。
 スルメイカ平衡石は複雑な形状をしており、神経系へつながる「翼」と呼ばれる部分は有機物含有量が多く、その他の部分とは異なる微量元素濃度を持つと予想される。どのような元素が翼部分から影響を受けるのかを評価するため、微量元素濃度マップを取得した。その結果、PとSに関しては、翼部分の濃度が高く、その他の部分は低濃度であった。このことは、翼近辺は有機物由来の影響をうけている可能性があり、環境指標としては適さないことを意味する。PとS以外の元素では、翼以外の部分で同心円状の濃度分布が確認された。これは、どの方向の分析でも同等の微量元素濃度パターンを取得できることを示唆する。
翼を含まないライン分析の結果から、Mg、Mn濃度は海域の違いによらず、核から縁辺にかけて減少傾向を示した。これらの元素は主に有機物に含まれると予想されており(Hussy et al., 2022)、成長過程での生理学的状態の変化を反映することが示唆される。Sr濃度は個体ごとに様々なパターンを示し、環境情報以外の要因でも変動すると考えられる。そのため、Sr濃度は海域差を評価する指標としては適さないと結論付けられる。一方で、KおよびBa濃度は、成長初期の核付近を除いて日本海側個体の方が太平洋側個体よりも高いという傾向を示した。また、Sr/Baは、太平洋側個体の方が日本海側個体よりも大きくなる傾向を示した。そのため、KやBa、Sr/Baに注目することで、スルメイカが回遊した海域の違いを明らかにできるかもしれない。今後、日本海・太平洋における、これらの元素の特徴が普遍的なものなのか、日本海側・太平洋側の複数地点で漁獲された個体で検証することで、各海域での共通特性を見いだすことが可能になり、スルメイカの生息海域識別の指標が確立できると期待される。