日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS12] 古気候・古海洋変動

2024年5月30日(木) 15:30 〜 16:45 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:山崎 敦子(名古屋大学大学院環境学研究科)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、長谷川 精(高知大学理工学部)、小長谷 貴志(東京大学大気海洋研究所)、座長:長谷川 精(高知大学理工学部)

16:15 〜 16:30

[MIS12-29] 海洋生物化学循環=微生物生態系結合モデリングによる海洋内部の酸化還元条件の制約

*横山 天河1渡辺 泰士1,2田近 英一1 (1.東京大学、2.気象庁気象研究所)

キーワード:海洋無酸素イベント、海洋微生物生態系モデル

顕生代(約5.4億年前–現在)における海洋の酸化還元状態は長期的ないし短期的に大きく変動してきた.カンブリア紀(約5.4–4.9億年前)には海洋の大部分が貧酸素状態にあったが,約4億年前には陸上植物の登場に伴い大気酸素濃度が上昇し,海洋も富酸素化したと考えられている (Dahl et al., 2010).しかし,顕生代のその後の期間においても,富酸素化した海洋が一時的に貧酸素状態に陥る海洋無酸素イベント (Ocean Anoxic Events; OAEs) が繰り返し発生してきた (e.g., Reershemius and Planavsky, 2021).OAEは,火成活動による地球温暖化に伴う大陸風化の促進さらには海洋への栄養塩供給率の増大によって海洋基礎生産が増大し,有機物の分解に溶存酸素が消費されることで発生すると考えられている (e.g., Ozaki et al., 2011).OAEが発生した時期には,堆積物中の炭酸塩に記録される炭素同位体比に正負の異常が見られることから,海洋生態系の活動が一時的に大きく変化していたことが示唆される (e.g., Cramer and Jarvis, 2020).ペルム紀–三畳紀境界や白亜紀に生じたOAEなどにおいては,沿岸域で堆積した地層中から絶対嫌気性光合成生物である緑色硫黄細菌のバイオマーカーが見つかっており硫化水素を含む水塊が有光層の下端に到達する有光層ユーキシニアが発生していたと考えられている (e.g., Grice et al., 2005; Jenkyns, 2010).しかし,大気酸素濃度や全球平均気温が変化した際の海洋表層の生物化学循環の応答や沿岸域と遠洋域における有光層ユーキシニアの発生条件の違いはこれまで十分に理解されていなかった.そこで本研究では,顕生代初期の貧酸素的な海洋から現在のような富酸素的な海洋における栄養塩循環,炭素循環,そして海洋微生物生態系を扱うことができ,湧昇域(沿岸域)と非湧昇域(遠洋域),深層水形成域,海底深度分布などを考慮した海洋生物化学循環–海洋微生物生態系結合モデルを開発し,大気酸素濃度及び全球平均気温が変化した時の海洋環境や海洋微生物生態系の応答について系統的に調べた.
その結果,大気酸素濃度の低下や全球平均気温の上昇によって海洋内部は貧酸素化し,さらには硫化水素水塊が発達しうることが分かった.遠洋域では無酸素水塊は発達するが,有光層ユーキシニアは発生しなかった.一方,湧昇域では現在条件においては約2 ℃の温暖化で無酸素水塊が発達し,約5 ℃の温暖化で有光層ユーキシニアが生じることが明らかになった.また,現在条件から大気酸素濃度が低下あるいは気候が温暖化すると,主要な基礎生産者が現在の主要な基礎生産者である藻類から窒素固定性シアノバクテリアへと遷移することが分かった.この結果は,多くのOAEにおいてシアノバクテリアのバイオマーカーが増大していること (e.g., Cao et al., 2009; Kuypers et al., 2009)と整合的である.さらに,湧昇域において有光層ユーキシニアが発生すると緑色硫黄細菌の活動が有光層下部で活発になることが明らかになった.この結果は沿岸域の堆積物から緑色硫黄細菌のバイオマーカーが検出されていることと整合的である(e.g., Grice et al., 2005; Jenkyns, 2010).
今回の結果を先行研究(Lenton et al., 2018)によって復元された顕生代の全球平均気温と大気酸素濃度の推定と比較すると,古生代初期のような大気酸素濃度がおよそ12 %以下の条件では海洋は貧酸素的で硫化水素に富む水塊が発達していたと考えられ,古生代中期に大気酸素濃度が上昇するとともに海洋は富酸素化することが明らかになった.この結果はモリブデン同位体に基づく推定と整合的である (Dahl et al., 2010).また,古生代中期以降は,硫化水素に富む水塊は大規模火成活動に伴う温暖化によって一時的に発生しうることが明らかになった.