日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS17] 歴史学×地球惑星科学

2024年5月30日(木) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:加納 靖之(東京大学地震研究所)、芳村 圭(東京大学生産技術研究所)、岩橋 清美(國學院大學)、玉澤 春史(東京大学生産技術研究所)

17:15 〜 18:45

[MIS17-P05] 1830年文政京都地震による賀茂別雷神社の被害と震度について

*大邑 潤三1,2加納 靖之1,2岩橋 清美3、草山 菜摘3濱野 未来4、北井 礼三郎5山本 宗尚6玉澤 春史7,8堀川 晴央9 (1.東京大学地震研究所、2.東京大学地震火山史料連携研究機構、3.國學院大學、4.立命館大学大学院文学研究科博士後期課程、5.立命館大学、6.賀茂縣主同族会、7.東京大学生産技術研究所、8.京都市立芸術大学、9.産業技術総合研究所)

キーワード:歴史地震、賀茂別雷神社、震度

1830年8月19日(文政13年7月2日)に,亀岡盆地北東部が震央とされるM6.5±0.2の地震が発生した〔宇佐美・ほか(2013)〕.本地震により京都盆地各地で被害が発生しており,禁裏御所の築地塀が倒れ,二条城の石垣が崩壊している(推定震度:5強).
賀茂別雷神社(上賀茂神社)所蔵の「社記仮附」には同地震による神社境内および周辺の被害が記録されている.文政13年7月2日条には「晴,大地震」と記されているものの,発生時の様子は記録されていない.各所の被害については,地震後に行われた見分の結果や被害報告に記されており,地震後数日をかけて各所の細かな被害を把握していった様子が読み取れる.
7月4日条に,地震によって破損した場所を御修理方に再見させた結果の書付として「当七月二日地震ニ付見分ヶ所書」が所載されている.また7日条にはこれを簡潔にまとめた御届書が「当月二日之地震ニ而破損仕候箇所依御尋奉申上候」として記されている.前者には約30ヶ所の破損状況が,後者には6ヶ所の状況が列挙されている.それらによると建物に関しては,本社,八社(摂社),末社,貴船神殿,貴船舎屋は「御別条無御座候」とあり,貴船神社を含め,社殿など主たる建物に大きな被害はなかったようである.一方で摂社や末社の覆屋が破損している.各所の壁の被害は軽微であったものの,中には崩れるものもあった(推定震度:判定不能~5弱).また複数の建物の屋根の被害に関して「朽損」とする記載がみられるが,地震による被害なのか,それ以前に劣化していたものを含めているのかは定かでない(推定震度:判定不能).
練塀や築地塀は,ヒビが入り台輪や瓦が落下する軽微なものから,「大損」「大崩」のものまである(推定震度:5未満~5以上).社内の橋は,高欄が外れたり石橋の合わせ目が2寸ほど開いたりする程度の軽微な被害である(推定震度:判定不能).一方で賀茂川の井手口のひとつである本郷井手では樋門の石垣が崩れて川の中に落ちた石橋もある(推定震度:6,ただし一般の橋とみなして判定).石垣は,石が抜け落ちたり,護岸部分が崩落したりしたものがある(推定震度:判定不能~5強),その他の被害としては神社の北東に位置する小池の堤防の9割が崩れ,付近の同じく被害があった蟻ヶ池とともに修築を検討していることが記されている(推定震度:5).以上の被害から神社付近の震度は,おおよそ震度5弱程度であったと推測される.
上賀茂神社は賀茂川左岸の山地に近い扇状地上に位置している.本地震の震央は愛宕山付近と考えられ,従来の震源位置や規模を仮定すると,地盤条件を考慮しても,震度5弱は若干小さい値となっている.今後,当該地点の地下構造,表層地盤の検討,常時微動の測定などにより,地盤の特徴を明らかにし,被害との関係を分析する必要がある.