14:00 〜 14:15
[MZZ41-02] 賀川豊彦と岩石学そしてヴェルナツキイ
キーワード:賀川豊彦、V.I.ヴェルナツキイ、岩石学、自然神学
岩石学者で地質学者の諏訪兼位(1928-2020)は「岩石学は鉱物の社会学である」との言葉を好んで使った。この言葉はキリスト教社会運動家賀川豊彦(1888-1960)の「岩石学は鉱物学の社会学のようなものだ」(朝日新聞1958年11月8日)に由来する(諏訪「鉱物学と岩石学を結ぶもの」1990年)。賀川は同記事で「日本で最も遅れている学問は岩石学の領域である」とも書いている。
自然科学者でもない賀川豊彦がなぜ日本の岩石学が遅れていると述べ,また岩石学と鉱物学の関係を的確に表現し得たのか,不思議な気がするが,賀川が早くから自然科学に興味をもち1914年から1916年の滞米中,生物学を中心にした自然科学の勉学に励み,晩年の1958年には現代科学の成果を駆使した『宇宙の目的』を出版したことを知るならば納得できよう。彼が亡くなったあと蔵書は明治学院大学に収められた。本は全分野にわたり総数8179冊のうち自然科学関係は和書が781冊,洋書が844冊を占め,彼が生涯にわたり自然科学に関心を持っていたことを物語っている(冊数は『明治学院大学賀川豊彦文庫仮目録』に基づく)。とても非専門家とは思えないほどの自然科学についての知識を持っていたのである。
賀川は1931年に現世田谷区に松沢幼稚園を設立し,幼児教育にも取り組んだ。ここで発表した「幼児自然教案」(1933)はユニークであった。自然教育を重視し,岩と土の教え方,植物の教え方,動物の教え方,天文の教え方を記している。岩と土の教え方では幼児に石の基本あるいは要素である鉱物の種類,結晶体,岩石については火成岩,水成岩,変成岩を,土の性質を教えるようにと述べる。実際に同幼稚園では岩石標本や結晶系の模型が備えられた。なぜ石の教育が重要かと言えば,「鉱物,岩石をみても,でたらめでなく規則だってゐることに気がつく」(『自然美と土の宗教』)からだと言う。自然界に秩序があり,それが自然の美をもたらしている。賀川は植物や動物や天文に秩序を見出し,それを美しいと感じていたが,石にも同様の感情を寄せていた(石は時間を含んでいることから,さらに格別の感情を持っていた)。自然の秩序にふれることは宗教教育として重要であると考えていたのである。
賀川は『社会革命と精神革命』(1948)で2冊の愛読書を挙げている。1冊はローレンス・ヘンダーソンの『環境の適合性』(原著1913,梶原三郎訳,1943),1冊はヴラジーミル・ヴェルナツキイの『地球化学』(原著1924,高橋純一訳,1933)である。ヘンダーソンはアメリカの生化学者・社会学者で『環境の適合性』は生物と環境の相互作用を論じるもので,賀川は「自然科学の聖書というべきもの」と表現している。ヴェルナツキイはロシアの鉱物学者・化学者で『地球化学』は初の地球化学の体系書といわれ,賀川は「岩石の福音書」「岩石の聖書というべきもの」と述べた。両書とも自然界に秩序があることをグローバル・スケールで論じたものであり,自然界は偶然でなく,目的をもって進化の道を歩んでいると考える賀川は,自分の思索を導く書として読んだのである。
賀川は『宇宙の目的』の中で「岩石に現れた合目的性」の節に「ヴェルナドスキーの岩石理論」「循環元素の恒数性」「珪素の循環と岩石の歴史」「岩石は生きている」「新しい目的論」の項目を立てヴェルナツキイを紹介している。そして「ヴェルドナスキーは地球化学を通して,地球を形成する岩石が生命そのものと密接なる関係をもっていることをわれらに教え,生命に対して岩石のもつ合目的性を新しい内容をもって教えてくれるのである」と称えた。ヴェルナツキイの『地球化学』は専門書であり,化学者や地学者以外に読む本ではなかった。賀川豊彦は非専門家にして自分の体系のために活用した稀有な例である。
賀川はキリスト教を自然科学が明らかにする宇宙の像の中に見出そうとした。『宇宙の目的』は明らかに自然神学(T.Hastingsによれば公共自然神学)に分類される書である。循環や変化を重んじ,そこに選択が働いていることを指摘し,選択の傾向や方向の先として「目的」の存在を想定した。そしてこの目的を付与したものとして「宇宙の絶対意志」を述べた。
本発表ではこうした賀川豊彦と岩石学の関係,ヴェルナツキイへの理解を述べ,賀川豊彦にとって自然科学研究とは何であったかを考える。
自然科学者でもない賀川豊彦がなぜ日本の岩石学が遅れていると述べ,また岩石学と鉱物学の関係を的確に表現し得たのか,不思議な気がするが,賀川が早くから自然科学に興味をもち1914年から1916年の滞米中,生物学を中心にした自然科学の勉学に励み,晩年の1958年には現代科学の成果を駆使した『宇宙の目的』を出版したことを知るならば納得できよう。彼が亡くなったあと蔵書は明治学院大学に収められた。本は全分野にわたり総数8179冊のうち自然科学関係は和書が781冊,洋書が844冊を占め,彼が生涯にわたり自然科学に関心を持っていたことを物語っている(冊数は『明治学院大学賀川豊彦文庫仮目録』に基づく)。とても非専門家とは思えないほどの自然科学についての知識を持っていたのである。
賀川は1931年に現世田谷区に松沢幼稚園を設立し,幼児教育にも取り組んだ。ここで発表した「幼児自然教案」(1933)はユニークであった。自然教育を重視し,岩と土の教え方,植物の教え方,動物の教え方,天文の教え方を記している。岩と土の教え方では幼児に石の基本あるいは要素である鉱物の種類,結晶体,岩石については火成岩,水成岩,変成岩を,土の性質を教えるようにと述べる。実際に同幼稚園では岩石標本や結晶系の模型が備えられた。なぜ石の教育が重要かと言えば,「鉱物,岩石をみても,でたらめでなく規則だってゐることに気がつく」(『自然美と土の宗教』)からだと言う。自然界に秩序があり,それが自然の美をもたらしている。賀川は植物や動物や天文に秩序を見出し,それを美しいと感じていたが,石にも同様の感情を寄せていた(石は時間を含んでいることから,さらに格別の感情を持っていた)。自然の秩序にふれることは宗教教育として重要であると考えていたのである。
賀川は『社会革命と精神革命』(1948)で2冊の愛読書を挙げている。1冊はローレンス・ヘンダーソンの『環境の適合性』(原著1913,梶原三郎訳,1943),1冊はヴラジーミル・ヴェルナツキイの『地球化学』(原著1924,高橋純一訳,1933)である。ヘンダーソンはアメリカの生化学者・社会学者で『環境の適合性』は生物と環境の相互作用を論じるもので,賀川は「自然科学の聖書というべきもの」と表現している。ヴェルナツキイはロシアの鉱物学者・化学者で『地球化学』は初の地球化学の体系書といわれ,賀川は「岩石の福音書」「岩石の聖書というべきもの」と述べた。両書とも自然界に秩序があることをグローバル・スケールで論じたものであり,自然界は偶然でなく,目的をもって進化の道を歩んでいると考える賀川は,自分の思索を導く書として読んだのである。
賀川は『宇宙の目的』の中で「岩石に現れた合目的性」の節に「ヴェルナドスキーの岩石理論」「循環元素の恒数性」「珪素の循環と岩石の歴史」「岩石は生きている」「新しい目的論」の項目を立てヴェルナツキイを紹介している。そして「ヴェルドナスキーは地球化学を通して,地球を形成する岩石が生命そのものと密接なる関係をもっていることをわれらに教え,生命に対して岩石のもつ合目的性を新しい内容をもって教えてくれるのである」と称えた。ヴェルナツキイの『地球化学』は専門書であり,化学者や地学者以外に読む本ではなかった。賀川豊彦は非専門家にして自分の体系のために活用した稀有な例である。
賀川はキリスト教を自然科学が明らかにする宇宙の像の中に見出そうとした。『宇宙の目的』は明らかに自然神学(T.Hastingsによれば公共自然神学)に分類される書である。循環や変化を重んじ,そこに選択が働いていることを指摘し,選択の傾向や方向の先として「目的」の存在を想定した。そしてこの目的を付与したものとして「宇宙の絶対意志」を述べた。
本発表ではこうした賀川豊彦と岩石学の関係,ヴェルナツキイへの理解を述べ,賀川豊彦にとって自然科学研究とは何であったかを考える。