日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ41] 地球科学の科学史・科学哲学・科学技術社会論

2024年5月26日(日) 13:45 〜 15:00 106 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:矢島 道子(東京都立大学)、青木 滋之(中央大学文学部)、山田 俊弘(大正大学)、山本 哲、座長:矢島 道子(東京都立大学)、山田 俊弘(大正大学)

14:45 〜 15:00

[MZZ41-05] 科学哲学における理想化の議論と岩石学からの事例:部分融解モデルの検討

*森北 那由多1、松王 政浩1 (1.北海道大学理学院自然史科学専攻)

キーワード:科学モデル、理想化、岩石学、部分融解モデル

理想化は科学モデルに偽の側面を導入する仮定であるために、理想化を含むモデルがどのようにして現実の議論に対し有用であるのかがモデル論の主要な問いの一つであった。従来理想化はモデルに対してその影響を導入したり除去したりすることが随意に行えるものであるという仮定のもと議論が展開されており (Knuuttila and Morgan, 2019)、そのような見解はWeisberg (2007)に代表的である。Weisbergは理想化を大きく三つに分類しており、モデルの計算可能性を向上させるために導入される「ガリレイ理想化」、一連の現象の中からある目的の因果関係のみを取り出す「最小理想化」、そして単一の現象に対し矛盾する理想化を施した複数のモデルで説明を与える「多重モデル理想化」である。一方で理想化をモデルから分離可能なものだとする既存の見解には近年疑問が呈されている。例えばRice (2018)は理想化がモデルの中心的な地位を占める不可分な要素であり、ゆえにモデルに対する変更を伴うことなく理想化を追加したり除外したりすることはできないとする。Carillo and Knuuttila (2022)はこの論点を拡張し、モデルはその構築段階ですでに理想化を含んだ人工物であり、現実の対象に対し何らかの変更を加えた表象として捉えられるべきではないと主張している。
その一方で、理想化がモデル推論を中心的に推し進める機能を持つ可能性も近年提案されている。Mäki (2020)はWeberの理念型概念を分析し、理想化が推論のベンチマークとして機能する可能性を指摘している。Mäkiによれば理想化が導入されたモデルは「現実に対し適用されるのではなく比較されるもの」であり、モデルと現実の差異を通して考慮されていなかった現象の新たな寄与が発見できるとしている。さらに「複数の矛盾するモデルの間での対立」の重要性にも言及している。この点はMorrison (2011)の「互いに不一致なモデル」により詳しく、ある現象は単一のモデルのみでは対応できず、様々な条件・挙動に応じた理想化が導入された複数のモデルの中から適するものが選ばれるとしている。そのためモデルごとに導入されている理想化によって、モデルの適用条件が制約されることになる。このように理想化がモデルの適用される状況や事例を制約する決定的な因子となっている可能性があり、さらなる検討が必要であると考えられる。
このような背景から、本研究では岩石学の分野で広く使われているShaw (1970)の部分融解モデルを事例として理想化がモデリングの中で持つ機能を検討する。これは50年以上前に提案されたモデルでありながらも、その単純さと扱いやすさよって今なお最もよく使用されているモデルである。部分融解モデルは固相と液相の間での微量元素分配を使用した質量保存モデルであり、系に対する液相の残り方で平衡融解モデルと分別融解モデルに分けられる。平衡融解では閉鎖系の一方、分別融解では液相が系から完全に分別されることが仮定される。二つのモデルはどちらも「部分融解」という現象をモデリングしているにも関わらず、異なる理想化によって異なる対象に対して適用される。さらにこれら二つの理想化された「ベンチマーク」を天然の岩石と比較することによってより適した現象 (閉鎖系か開放系か)が推定されることもある。このような事例は矛盾する理想化を施されたモデルをベンチマークとして、現象の様々な事例の位置づけが可能になるというMorrison (2011)やMäki (2020)の事例になると考えられる。さらにこの事例ではモデルにおいて理想化された仮定そのものが推論の対象となっており、理想化がモデルの中において中心的かつ不可分な機能を果たすというCarillo and Knuuttila (2022)の主張を支持している。