日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 O (パブリック) » パブリック

[O-07] キッチン地球科学:多様な到達点を生む実験

2024年5月26日(日) 10:45 〜 12:15 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:熊谷 一郎(明星大学理工学部)、鈴木 絢子(東洋大学)、下川 倫子(奈良女子大学)、栗田 敬(東京工業大学 地球生命研究所)、座長:熊谷 一郎(明星大学理工学部)、鈴木 絢子(東洋大学)、下川 倫子(奈良女子大学)、栗田 敬(東京工業大学 地球生命研究所)

11:30 〜 11:45

[O07-08] 「はやぶさ2」の小惑星リュウグウサンプル採取とキッチン地球科学

★招待講演

*橘 省吾1 (1.東京大学大学院理学系研究科宇宙惑星科学機構)

キーワード:小惑星、サンプルリターン、はやぶさ2、リュウグウ

探査機「はやぶさ2」は小惑星リュウグウからのサンプルリターンを成功させ,リュウグウの石は太陽系の化学的基準物質とも言える物質であることや,水や有機物など揮発性物質を豊富に含むことなどが明らかになっている.「はやぶさ2」のサンプル採取機構(サンプラー)に開発にあたって,立てた目標は「小惑星表面複数地点から0.1 g以上のサンプルを採取し,地球での汚染を最小限に,速やかにサンプル分析を開始できること」であった [1].探査の最終結果として,表面2地点から合計およそ5 gのサンプルを採取し,汚染を抑えて,速やかにサンプル分析にとりかかることができた [2-4].サンプルを収めたコンテナの気密性として,0.1 gのサンプルに対し,1 Pa程度の地球大気混入にまで抑えることを目標としていたため,5 gのサンプルに対して,約70 Paの大気が混入したのは残念であったが,サンプル質量に対する大気混入の割合は開発目標値に近く,実際に試料表面から遊離したと思われる太陽風希ガスの検出にも狙い通り成功した [5].サンプラーは満点に近い働きをしたと言ってよいだろう.

「はやぶさ2」サンプラーの開発は理学と工学の研究者がそれぞれの得意分野を活かし,互いを尊重しながら,意見を戦わせ,進めることができた.このチームだからこそ,この素晴らしい成果につながり,成功を心の底から喜ぶことができたのだと思う.「はやぶさ2」サンプラーでは,「はやぶさ」初号機のサンプラーを踏襲しながら,理学の観点でいくつかの新規要素を取り入れた [1, 6, 7].新しい要素がちゃんと動作するものであるのか,それが他に影響を与えないのかなどの確認には多くの試験が必要となる.これらの要素は最終的には大掛かりな試験で確認されるが,その試験は時期も回数も限られることが多い.信頼性を上げて,安心して打ち上げるためには,また,複数の候補からベストな選択をするためには,一部の要素だけでも基礎的なデータを多数得られることが望ましい.そのためには簡便に繰り返しおこなうことのできる「キッチン地球科学」的実験は有効であり,実際に簡易微小重力発生装置を使った実験も,サンプラー開発の要素試験のひとつとしておこなった([8]を読むと,そのときの様子を思い出す).

講演では大型計画の中でも活躍する「キッチン地球科学」の例として,「はやぶさ2」サンプラーチームの取り組みを紹介したい.

[1] Tachibana S. et al. (2014) Geochem. J. 48, 571. [2] Tachibana S. et al. (2022) Science 375, 1011. [3] Yada T. et al. (2022) Nat. Astron. 6, 215. [4] Sakamoto K. et al. (2022) Earth Planet. Space 74, 90. [5] Okazaki R. et al. (2022) Sci. Adv. 8, eabo7239. [6] Sawada H. et al. (2017) Space Sci. Rev. 208, 107. [7] Okazaki R. et al. (2017) Space Sci. Rev. 208, 81. [8] 伊与原新 (2023) 宙わたる教室.文藝春秋.