日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-VC 火山学

[S-VC29] 火山の監視と活動評価

2024年5月31日(金) 10:45 〜 12:00 コンベンションホール (CH-A) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:高木 朗充(気象庁気象研究所)、宗包 浩志(国土地理院)、大湊 隆雄(東京大学地震研究所)、座長:高木 朗充(気象庁気象研究所)、宗包 浩志(国土地理院)

11:00 〜 11:15

[SVC29-08] 伊豆大島の火山活動評価に向けた概念モデルの構築

*鬼澤 真也1 (1.気象研究所 火山研究部 第一研究室)

キーワード:伊豆大島火山、三原山、概念モデル

伊豆大島の噴火警戒レベル判定基準の背景となっている噴火シナリオでは,可能性の高い順に(1)山頂噴火,(2)山腹割れ目噴火,(3)カルデラ噴火の3つのケースが想定されている.(1)の山頂噴火が最も可能性が高いとする背景として,科学的な記録が残っている1876年噴火以降,1986年の割れ目噴火を除きすべての噴火は山頂火口丘の三原山で発生してきたことが挙げられる.併せて,三原山ではマグマ上昇による火孔底上昇とマグマ溢流,活動低下時のマグマ後退・火孔底低下という活動を繰り返しており,これは安定した火道が形成されていることを示唆するものである.判定基準は1986年をはじめとする噴火時の観測事実に基づき構築されている.今後は,観測された現象間の統一的な理解・モデル化やそれらの活動監視・評価への適用が求められるであろう.ここでは三原山からの噴火について,噴火警戒レベルの判定基準の背景や監視・評価の視点を与えるために既存知見や観測データに基づき構築してきた活動の場と地下過程に関する概念モデルについて発表する.

伊豆大島では年間3,000 mm程度の降水があるが,局所的な池やスコール後の一時的な河川を除き定常的な地表水は認められない.島内の坑井で観測される地下水位は,標高200 m程度のカルデラ北部を除き,海岸沿いでほぼ海水準,カルデラ内西部でも標高36 mと非常に低い.標高の高い地点からの湧水も確認されているがその湧出量は全島への降水量と比較すると2~3桁小さい.このため,涵養された天水のほとんどは厚い不飽和層を浸透し,地下水面に到達した後,動水勾配により海に放出されることが予想される.また島嶼における地下水の在り方として淡水レンズ(Ghyben-Herzbergレンズ)という概念がある.少なくとも海岸沿いの坑井では塩水の上に淡水が乗る状況が実測として認められる.一方,島の中心部では実測として捉えられてはいないものの,1986年山頂噴火後マグマ後退期の三原山噴気の酸素・水素同位体比より海水起源の水も推定されており(Kazahaya et al., 1993),山体内のある深さに海水が侵入している可能性が示唆される.揚水試験や地下水面上昇の潮汐応答に基づいて,10-9から10-10 m2の非常に高い浸透率が海岸沿いで推定されている(農林水産省 1980; 1986; Koizumi et al. 1998).また,概ね海水準以浅の山体全体の浸透率については,降水浸透の数値シミュレーションにより観測される地下水位を制約として水平方向で3×10-12から3×10-11 m2,鉛直方向で10-14から10-13 m2と推定されている(Onizawa et al., 2009).おそらくこのような高い浸透率はスコリア・火山灰互層や亀裂を含む溶岩といった岩相に起因するものと思われる.

1986年噴火以降は地下へのマグマの蓄積を示唆する山体膨張が継続してきた.この期間中,三原山及びカルデラ領域の噴気は主にH2O, CO2からなり,H2O/CO2重量比は14~65の範囲にある.また同位体比からH2Oは天水起源,CO2はマグマ起源と推定されている(Ohba, 2007; Ohba et al., 2019; 寺田・他, 2019).併せて,土壌CO2放出率について,三原山地域から2-27 ton/dayの範囲に推定されている(下池・他, 1997; Hernandez et al., 2013).マグマ起源のCO2が地表から放出されていることについては,マグマおよび水に対する溶解度の低さに起因するであろう.一方,天水起源のH2Oについては,CO2放出率とH2O/CO2重量比に則った場合,放出率は28-1,755 ton/dayとなる.この放出率は,面積3.4×103 m2~2.1×105 m2(円で考えれば半径33 m~260 m)の領域への降水量に相当し,火道~火口スケール程度の領域へ浸透した天水を放出していると思われる.

上述のような活動の場やマグマ蓄積期の三原山からの揮発性成分の放出状況を参照しながら,中央火道中のマグマの上昇に伴い生じる現象について概念的に考察することができる.火道中でのマグマ上昇に伴い脱ガスが促進され,周辺媒質への揮発性成分・熱の供給が生じることが予想される.ただしこれらの供給率の低い段階では,飽和領域での地下水と不飽和層中の天水の下降流の影響が大きく,CO2等の水への溶解度の低い成分を除き山頂三原山における兆候は出にくいと思われる.むしろ地下水の高温化や,硫黄等の水への溶解度の高い成分については地下水へ溶け込み,これらの兆候は海岸方向へ流下する飽和領域の地下水へ現れることが想像される.さらなるマグマ頭位の上昇により揮発性成分・熱の供給率が大きくなれば,火道周辺領域の地下水の枯渇が予想され,地下水面以浅から三原山にかけて様々な現象が生じるであろう.1986年山頂噴火前に観測され噴火警戒レベルの判定基準にもなっている三原山直下での火山性微動や熱活動の活発化はそのような過程の中で生じているものと考えられる.判定基準以外にも,地磁気変化や噴気のマグマ起源あるいは海水起源H2Oの割合の増加, SO2,H2Sの付加といった噴気組成の変化等が考えられる.地下水の枯渇の程度やそれに伴い生じる現象は,マグマあるいは揮発性成分からの熱の供給率だけでなく,天水供給率や浸透率といった活動の場に依存すると考えられ,モデルの定量化のためにはこれらを解明していく必要がある.