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[MIS11-03] 2024年能登半島地震における津波挙動の復元:能登町内浦における陸上津波堆積物の解析

キーワード:2024年能登半島地震、津波堆積物
2024年1月1日,石川県能登地方においてMw 7.5の地震が発生した(気象庁,2024).この地震によって能登半島北部の広い範囲で家屋の流失や損壊を伴う津波の浸水が確認され,特に半島北東岸の地域に浸水被害が集中していることが明らかになった(国土地理院,2024;令和6年能登半島地震変動地形調査グループ(日本地理学会),2024).しかしながら,北東岸には検潮所が存在しておらず津波の波形データが得られていないため,この地域に遡上した津波の実際の規模は十分に理解されていない.したがって,この地域における現地調査から陸上の津波挙動を明らかにすることは,数値計算によって津波の波源を復元する上でも重要である.そこで本研究では,今回の津波によって残された津波痕跡と津波堆積物を調査することで津波の挙動を復元することを目的とした.現地調査は,今回の津波の浸水被害が最も顕著であった石川県能登町の内浦地区で実施した.
内浦地区は,能登半島北東岸に位置する沿岸低地で,低地の中央を流れる九里川尻川を境に右岸側の低地が九里川尻,左岸側が布浦と呼ばれている.この地域では津波が最大で内陸750 mまで浸水し,現地に残された津波痕跡から海岸付近では少なくとも4.4 m以上の波高であったと推定された.また,より内陸に位置する九里川尻では,植物の倒れた方向から河川を遡上した津波が河川堤防を乗り越えて低地に浸水したことが明らかになった.特に,河川堤防の浸水限界付近(Loc. A:海岸線から約750 m)と海岸線から約350 m(Loc. B)の2つの場所において顕著な越流の痕跡が認められた.
Loc. AとLoc. Bでは比較的厚い津波堆積物が確認された.本研究では,これらの場所で津波堆積物の堆積構造,層厚と粒度の側方変化を明らかにするために,河川から低地内部への津波の進行方向とそれに直交する方向に測線を設定し,Loc. Aで15地点,Loc. Bで13地点においてピットを掘削して堆積物を確認した.Loc. Aの津波堆積物は,主に細粒砂~中粒砂からなり平均層厚は11.3 cmであった.また,河川堤防に近い場所では津波堆積物の表面から2 cm付近にマッドドレープがみられ,マッドドレープを境に下位と上位の2層の砂層が確認された.このことから,堤防付近の堆積物は少なくとも2回の流れによって形成されたと考えられる.これまでの研究において,津波堆積物のユニット構造は津波の押し波あるいは引き波の繰り返し回数に対応していると解釈されている(例えば,Nanayama and Shigeno, 2006;Paris et al., 2007).久里川尻の低地は起伏がなく平坦であり,河川から浸水した最大波が堤防を乗り越えて河川に戻ったとは考えにくく,低地で停滞した可能性が高い.加えて,上位の砂層が堤防付近にのみ分布していたことから,上位の砂層は最大波の引き波ではなく後続波の押し波によって形成されたと考えるのが妥当である.したがって,Loc. Aでは最大波が堤防を乗り越えて低地全体に浸水した後,後続波が部分的に低地に浸水したことが示唆される.一方,Loc. Bで確認された津波堆積物はほとんどの地点で1層の砂層で構成されていたが,堤防に近い2地点でのみ粗粒砂〜細礫層を含むユニット構造が認められた.この2地点の堤防側では津波前の砂礫質耕作土が侵食されており,津波堆積物に含まれる粗粒層と構成物の特徴が類似していた.このことから,この地点のユニット構造の成因は陸上での侵食と再堆積によるものと考えて良いだろう.以上から,Loc. Bでは最大波のみが堤防を越えて低地に浸水した可能性が高いと考えられる.
本研究の調査地域では,河川を遡上した津波が河川堤防を越流して低地に浸水したことで,形成された津波堆積物の層厚分布が複雑となり,内陸薄層化傾向はみられなかった.一方,今回の津波と比べて規模が大きい2011年東北沖津波では,本研究と類似した地形条件下において津波堆積物の内陸薄層化が確認されている(例えば,Yamada et al., 2014).したがって,大規模な津波と比較すると,今回のような規模の津波による堆積物の層厚分布は,河川の有無をより顕著に反映する可能性が高い.津波堆積物の一般的な特徴である内陸薄層化傾向は,内陸方向へ大きい流速,波高を維持する河川遡上型の中規模津波では必ずしも認められるとは限らないことを本研究の結果は示している.
内浦地区は,能登半島北東岸に位置する沿岸低地で,低地の中央を流れる九里川尻川を境に右岸側の低地が九里川尻,左岸側が布浦と呼ばれている.この地域では津波が最大で内陸750 mまで浸水し,現地に残された津波痕跡から海岸付近では少なくとも4.4 m以上の波高であったと推定された.また,より内陸に位置する九里川尻では,植物の倒れた方向から河川を遡上した津波が河川堤防を乗り越えて低地に浸水したことが明らかになった.特に,河川堤防の浸水限界付近(Loc. A:海岸線から約750 m)と海岸線から約350 m(Loc. B)の2つの場所において顕著な越流の痕跡が認められた.
Loc. AとLoc. Bでは比較的厚い津波堆積物が確認された.本研究では,これらの場所で津波堆積物の堆積構造,層厚と粒度の側方変化を明らかにするために,河川から低地内部への津波の進行方向とそれに直交する方向に測線を設定し,Loc. Aで15地点,Loc. Bで13地点においてピットを掘削して堆積物を確認した.Loc. Aの津波堆積物は,主に細粒砂~中粒砂からなり平均層厚は11.3 cmであった.また,河川堤防に近い場所では津波堆積物の表面から2 cm付近にマッドドレープがみられ,マッドドレープを境に下位と上位の2層の砂層が確認された.このことから,堤防付近の堆積物は少なくとも2回の流れによって形成されたと考えられる.これまでの研究において,津波堆積物のユニット構造は津波の押し波あるいは引き波の繰り返し回数に対応していると解釈されている(例えば,Nanayama and Shigeno, 2006;Paris et al., 2007).久里川尻の低地は起伏がなく平坦であり,河川から浸水した最大波が堤防を乗り越えて河川に戻ったとは考えにくく,低地で停滞した可能性が高い.加えて,上位の砂層が堤防付近にのみ分布していたことから,上位の砂層は最大波の引き波ではなく後続波の押し波によって形成されたと考えるのが妥当である.したがって,Loc. Aでは最大波が堤防を乗り越えて低地全体に浸水した後,後続波が部分的に低地に浸水したことが示唆される.一方,Loc. Bで確認された津波堆積物はほとんどの地点で1層の砂層で構成されていたが,堤防に近い2地点でのみ粗粒砂〜細礫層を含むユニット構造が認められた.この2地点の堤防側では津波前の砂礫質耕作土が侵食されており,津波堆積物に含まれる粗粒層と構成物の特徴が類似していた.このことから,この地点のユニット構造の成因は陸上での侵食と再堆積によるものと考えて良いだろう.以上から,Loc. Bでは最大波のみが堤防を越えて低地に浸水した可能性が高いと考えられる.
本研究の調査地域では,河川を遡上した津波が河川堤防を越流して低地に浸水したことで,形成された津波堆積物の層厚分布が複雑となり,内陸薄層化傾向はみられなかった.一方,今回の津波と比べて規模が大きい2011年東北沖津波では,本研究と類似した地形条件下において津波堆積物の内陸薄層化が確認されている(例えば,Yamada et al., 2014).したがって,大規模な津波と比較すると,今回のような規模の津波による堆積物の層厚分布は,河川の有無をより顕著に反映する可能性が高い.津波堆積物の一般的な特徴である内陸薄層化傾向は,内陸方向へ大きい流速,波高を維持する河川遡上型の中規模津波では必ずしも認められるとは限らないことを本研究の結果は示している.