日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ41] 地球科学の科学史・科学哲学・科学技術社会論

2025年5月26日(月) 15:30 〜 17:00 コンベンションホール (CH-A) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:矢島 道子(東京都立大学)、青木 滋之(中央大学文学部)、山田 俊弘(大正大学)、山本 哲、座長:青木 滋之(中央大学文学部)、山田 俊弘(大正大学)

16:15 〜 16:30

[MZZ41-10] 日本における女性気象学者の誕生

*山本 哲

キーワード:女性気象学者、日本の気象学史

日本の気象学での女性の進出は遅れ、最初の博士号取得者は1980(昭和55)年、課程博士は昭和年代(~1989年)には出現しなかったとみられる。日本で初の女性の博士号取得(1927年:保井コノ・生物学)、地球惑星科学の他分野などと比べても相当の年月が経過している。こうした状況の要因を考察する手がかりを得るため、彼らに先んじる気象技術者・研究者たちの活動状況を分析する。
大日本気象学会・日本気象学会誌『気象集誌』の1882年創刊から1970年までの女性著者の論文数を調べた。大日本気象学会には明治期にも複数の女性の会員の存在が確認されるが、彼らの中に『気象集誌』に論文を表した人物はいない。最初のものは1932年、以後1970年までで数は29編、著者数は11名、筆頭著者の論文数は7編、5名が確認された。筆頭著者となった5名のうち3名は専門学校(3名とも東京女子大学)卒業、1名は女子大学中退・大学研究生修了、1名は新制大学卒業(この後に初の学位を論文博士で取得)である。7編の論文には地震学や地理学の論文が含まれる。また2名は研究者のとしてのキャリアを数年以下の短期で中断、1名については共著論文を含め『気象集誌』に発表した唯一の論文であった。1970年頃になり、新制大学を卒業した女性の中から、ようやく気象学の本流で研究キャリアを積み上げる人物が現れた。