日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ42] 地球化学の最前線:新しい挑戦と将来の展望

2025年5月30日(金) 17:15 〜 19:15 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:小畑 元(東京大学大気海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野)、羽場 麻希子(東京工業大学理学院地球惑星科学系)、角野 浩史(東京大学先端科学技術研究センター)、井上 麻夕里(岡山大学大学院自然科学研究科)

17:15 〜 19:15

[MZZ42-P03] 分析精度の理論:Fisher情報量を基盤とした装置最適化による高精度化のガイドライン

*萩原 雄貴1桑谷 立1 (1.国立研究開発法人海洋研究開発機構)

キーワード:クラメール・ラオの限界、フィッシャー情報量、分析化学、信号データ解析、精度、計量学

はじめに
信号データ解析は科学や工学の進歩における基盤であり,強度,位置,バンド幅,面積といったピークパラメータの高精度な推定は単なる技術的目標にとどまらず,発見の根幹を支える重要な要素である.分析を効率的に高精度化するためには,これらのパラメータの推定を支える物理的原理を理解するとともに,「分析精度」と「装置の性能」を結びつける理論的基盤を構築することが有用である.この理論的基盤を活用することで,研究者は装置のアップグレードによる精度の向上量を定量的に評価できる.このように,装置の最適化の意思決定を支援し,研究資金を効果的に活用するための基盤を提供することが本研究の目的である.

手法
Cramér–Rao inequality (Cramér, 1946; Rao, 1945)とFisher information (Fisher, 1922)の枠組みに基づき,ピークパラメータの精度の解析解を導出した.この導出では以下の3つの条件を指定して計算を進める:1) 信号データのプロファイル(例えば,Gaussian, Lorentzian, Voigt),2) ノイズ(例えば,Poisson, Gauss),3) コスト関数 (例えば,残差平方和や重み付き残差平方和).本研究では,1) プロファイルについては化学分析において普遍的に観測されるガウスプロファイルとローレンツプロファイルを対象とした.また,2) ノイズについてはポアソンノイズ(信号が十分強い条件)限界下であることを仮定した.さらに,3) コスト関数としてカーブフィッティングソフトウェア(Wojdyr, 2010)で普遍的に利用される,重み付き残差平方和を適用した.1)-3)の条件を変更することにより,任意の条件で精度の解析解を導出できる.
これらの条件下で導出したローレンツピークパラメータの推定精度(Hagiwara and Kuwatani, 2025)を,ガウスプロファイルのそれ (Hagiwara and Kuwatani, 2024)と直接比較することで,パラメータの推定精度を決定する原理を包括的に調査した.得られた解析解の妥当性は,モンテカルロシミュレーションと数値計算により確かめられた.最後に,得られた解析解に含まれるパラメータを装置の性能を表すパラメータで表すことで,分析精度と装置の性能を結びつける理論的基盤を構築した.

結果
主要な結果は以下の通りである.

1. 図はガウスとローレンツプロファイルの強度・位置・バンド幅の情報量が信号データのどの領域に含まれるかを可視化したものである.強度・位置・バンド幅の情報は必ずしも信号が強い領域に集中するわけではない.さらに,パラメータによって情報量が多い領域は異なり,例えば強度情報はピーク中心に,位置情報は半値幅付近に多くの情報が含まれる.
2. 強度とバンド幅が同じ条件では,ピーク位置と位置差の推定精度は,ガウスプロファイルの方がローレンツプロファイルに比べて{4√(ln2/π)}0.5 ~ 1.37倍良い.これは,ガウスプロファイルの勾配が急であることと,テールの強度が低いことに起因し,これらがピーク位置に関する情報量を増加させる.
3. ローレンツプロファイルでは,ガウスプロファイルに比べて強度とバンド幅の間に強い負の相関が存在する.つまり,強度が強いとバンド幅が低下し,強度が低いとバンド幅が増加する傾向がある.この強い負の相関のせいで,ローレンツプロファイルでは強度とバンド幅を独立に精度よく推定することが難しい.また,ローレンツプロファイルにおいてバンド幅の情報はテールに多く含まれる(図を参照)ため,これらの領域のデータが欠損していたりノイズが多いと,精度が低下しやすい.
4. ローレンツプロファイルでは,面積比の相対標準偏差が強度比のそれよりも√3倍小さい.つまり,面積比は強度比よりも精度の高い推定量である.ローレンツプロファイルのように同じ強度・バンド幅条件下でピーク面積が大きく,強度とバンド幅の間に強い負の相関があるプロファイルでは,面積比が強度比よりも精度の高い推定量となりやすい.
5. 信号データの横軸方向の間隔 (Hagiwara et al., 2023),信号強度,バンド幅(Liu and Berg, 2012)を分析装置の性能で表すことで「分析精度」と「装置の性能」を結びつける理論的基盤を確立した.装置性能(分光器の焦点距離,検出器のピクセルサイズ,スリット幅)をアップグレードすることでラマン分光法を用いたCO2δ13C測定精度がどの程度向上するかを数値計算した.

参考文献
Cramér (1946), Mathematical Methods of Statistics; Fisher (1922) Philos. Trans. R. Soc. Lond. 222, 309; Hagiwara et al. (2023) J. Raman Spectrosc. 54, 1440–1464.; Hagiwara and Kuwatani (2024) Sci. Rep. 14, 1; Hagiwara and Kuwatani (2025) ChemRxiv; Liu and Berg (2012), Appl. Spectrosc. 66, 1034; Rao (1945) Bulletin of Calcutta Mathematical Society 37