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[MZZ45-P13] ナウマン博士来日150周年に関連した糸魚川フォッサマグナミュージアムの活動
キーワード:糸魚川ユネスコ世界ジオパーク、フォッサマグナミュージアム、ハインリヒ・エドムント・ナウマン
新潟県糸魚川市は,国石や新潟県の石に認定された宝石「ヒスイ」や,日本列島を東西に分断する大断層である糸魚川-静岡構造線など,地質資源に恵まれた町である.2009年には,日本初の世界ジオパークに認定され,地質資源を活かした地域開発を実践している.
糸魚川ジオパークの研究活動で中核となる施設が,糸魚川フォッサマグナミュージアムである.1994年に開館し,2015年にリニューアルした地質系の博物館として,糸魚川産のヒスイ,石灰岩の化石,糸魚川-静岡構造線と日本列島の誕生などのコンテンツを展示している.人口約4万人の糸魚川市にある地方博物館として,企画展などの展示活動,ジオ講演会やジオツアーなど市民への普及活動,ヒスイ中の新鉱物の研究(糸魚川石の発見等)や新たな資料の発掘など収蔵研究活動の3本柱を軸に活動を推進している.
フォッサマグナミュージアムの名称の元となった,フォッサマグナを発見した研究者が,ハインリヒ・エドムント・ナウマン(Heinrich Edmund Naumann, 1854年~1927年)(図1)である.ドイツ出身の地質学者で,日本の近代地質学の基礎を築いた人物として,1875(明治8)年に来日し,1885年(明治18)年に離日するまでの10年間,日本の地質調査や教育に多大な貢献をした.2025(令和7)年は,ナウマンが来日し150年となる.よって,フォッサマグナミュージアムでは,ナウマン博士の業績を振り返る特別展を開催することから報告する.
ナウマンは,1876(明治9)年に東京大学(当時の東京開成学校)の地質学教授として着任し,1877(明治10)年に東京大学が設立されると,地質学教室の教授として全国各地を精力的に調査した.そして,日本初となる本格的な地質図「大日本帝国地質図」の作成に尽力した.この地質図は,日本の地質構造を把握する上で非常に重要な資料となり,後の日本の地質学研究に大きな影響を与えた.
また,ナウマンは地質調査所の設立にも尽力し,1882(明治15)年に地質調査所(現在の産業技術総合研究所地質調査総合センター)が設立されると,地質調査監督として日本の地質調査を指揮した.彼の指導の下,地質調査所は,日本の地質学研究の中心的な機関として発展し,地質調査所の初代所長となった和田維四郎(1856年~1920年)など多くの優秀な地質学者を育成した.
そして,日本の地質構造を研究する中で,本州中部を南北に縦断する巨大な地溝帯と断層があることを発見し,ドイツ帰国後の1885年に論文「日本群島の構造と起源について」で現在の糸魚川-静岡構造線に該当する断層について言及した.1886年に論文「日本の地形・地質に関するわが国土調査について」で「フォッサマグナ」の言葉が使用されている.フォッサマグナは,日本の地質学において非常に重要な概念であり,日本の地形や火山活動に関係した研究が現代でも進められている.
また,ナウマンは,地質学以外にも,日本の考古学や人類学にも関心を寄せ,研究を行った.日本で初めて象の化石を記載し,1924(大正13)年に京都大学の槇山次郎(1896年~1986年)によってナウマンゾウと命名された.この際,ナウマンが記載した,神奈川県横須賀で発掘された象の下顎化石(図2)は,学習院中等科に保管されており,借用し展示した.日本の先史時代の文化や人類の起源についても研究し,1886年にドイツのドレスデンで日本民族について講演した際に,森鷗外(1862年~1922年)と論争をしている.
2025年のフォッサマグナミュージアム特別展は,ナウマン来日150年に合わせ,博士が来日していた10年間の業績と現在の生活や研究へのつながりを紹介することで,近代地質学の歴史を解き明かすことを目的としている.ナウマンの業績について,在日していた10年間だけではなく,その後の地質学の発展と現在の生活にどのように影響しているか説明することで,観覧者が自分事としてナウマンの業績を考えることができる展示としている.例えば,ナウマンは地質調査所(現在の産業技術総合研究所地質調査総合センター)の設立に深く関係しており,現在でも最先端の研究や地質図の作成が同センターで進められている.このような,過去のナウマンの業績と現在の研究活動を結びつける展示を実施した.
ナウマンの業績については,すごろく形式の床面展示にて誕生から死去までを床面展示で表現した.すごろく形式とすることにより,どの年代層にも分かりやすい参加型の展示とすることができた.また,地質調査所の設立や火山観測,地磁気調査などキーワードとなるすごろくのマスから,これらが現在の研究に向けて分岐させ,過去のナウマンの研究と現在の最先端の研究を繋ぐことを意識した.また,常設展示室において謎解きミュージアムを実施した.
ナウマンの業績は,糸魚川-静岡構造線やフォッサマグナの研究において語られることが多いが,その他の分野においても多大な貢献をしている.今回の特別展では,そのようなナウマンの活動に光を当てていく予定である.
糸魚川ジオパークの研究活動で中核となる施設が,糸魚川フォッサマグナミュージアムである.1994年に開館し,2015年にリニューアルした地質系の博物館として,糸魚川産のヒスイ,石灰岩の化石,糸魚川-静岡構造線と日本列島の誕生などのコンテンツを展示している.人口約4万人の糸魚川市にある地方博物館として,企画展などの展示活動,ジオ講演会やジオツアーなど市民への普及活動,ヒスイ中の新鉱物の研究(糸魚川石の発見等)や新たな資料の発掘など収蔵研究活動の3本柱を軸に活動を推進している.
フォッサマグナミュージアムの名称の元となった,フォッサマグナを発見した研究者が,ハインリヒ・エドムント・ナウマン(Heinrich Edmund Naumann, 1854年~1927年)(図1)である.ドイツ出身の地質学者で,日本の近代地質学の基礎を築いた人物として,1875(明治8)年に来日し,1885年(明治18)年に離日するまでの10年間,日本の地質調査や教育に多大な貢献をした.2025(令和7)年は,ナウマンが来日し150年となる.よって,フォッサマグナミュージアムでは,ナウマン博士の業績を振り返る特別展を開催することから報告する.
ナウマンは,1876(明治9)年に東京大学(当時の東京開成学校)の地質学教授として着任し,1877(明治10)年に東京大学が設立されると,地質学教室の教授として全国各地を精力的に調査した.そして,日本初となる本格的な地質図「大日本帝国地質図」の作成に尽力した.この地質図は,日本の地質構造を把握する上で非常に重要な資料となり,後の日本の地質学研究に大きな影響を与えた.
また,ナウマンは地質調査所の設立にも尽力し,1882(明治15)年に地質調査所(現在の産業技術総合研究所地質調査総合センター)が設立されると,地質調査監督として日本の地質調査を指揮した.彼の指導の下,地質調査所は,日本の地質学研究の中心的な機関として発展し,地質調査所の初代所長となった和田維四郎(1856年~1920年)など多くの優秀な地質学者を育成した.
そして,日本の地質構造を研究する中で,本州中部を南北に縦断する巨大な地溝帯と断層があることを発見し,ドイツ帰国後の1885年に論文「日本群島の構造と起源について」で現在の糸魚川-静岡構造線に該当する断層について言及した.1886年に論文「日本の地形・地質に関するわが国土調査について」で「フォッサマグナ」の言葉が使用されている.フォッサマグナは,日本の地質学において非常に重要な概念であり,日本の地形や火山活動に関係した研究が現代でも進められている.
また,ナウマンは,地質学以外にも,日本の考古学や人類学にも関心を寄せ,研究を行った.日本で初めて象の化石を記載し,1924(大正13)年に京都大学の槇山次郎(1896年~1986年)によってナウマンゾウと命名された.この際,ナウマンが記載した,神奈川県横須賀で発掘された象の下顎化石(図2)は,学習院中等科に保管されており,借用し展示した.日本の先史時代の文化や人類の起源についても研究し,1886年にドイツのドレスデンで日本民族について講演した際に,森鷗外(1862年~1922年)と論争をしている.
2025年のフォッサマグナミュージアム特別展は,ナウマン来日150年に合わせ,博士が来日していた10年間の業績と現在の生活や研究へのつながりを紹介することで,近代地質学の歴史を解き明かすことを目的としている.ナウマンの業績について,在日していた10年間だけではなく,その後の地質学の発展と現在の生活にどのように影響しているか説明することで,観覧者が自分事としてナウマンの業績を考えることができる展示としている.例えば,ナウマンは地質調査所(現在の産業技術総合研究所地質調査総合センター)の設立に深く関係しており,現在でも最先端の研究や地質図の作成が同センターで進められている.このような,過去のナウマンの業績と現在の研究活動を結びつける展示を実施した.
ナウマンの業績については,すごろく形式の床面展示にて誕生から死去までを床面展示で表現した.すごろく形式とすることにより,どの年代層にも分かりやすい参加型の展示とすることができた.また,地質調査所の設立や火山観測,地磁気調査などキーワードとなるすごろくのマスから,これらが現在の研究に向けて分岐させ,過去のナウマンの研究と現在の最先端の研究を繋ぐことを意識した.また,常設展示室において謎解きミュージアムを実施した.
ナウマンの業績は,糸魚川-静岡構造線やフォッサマグナの研究において語られることが多いが,その他の分野においても多大な貢献をしている.今回の特別展では,そのようなナウマンの活動に光を当てていく予定である.