日本地球惑星科学連合2025年大会

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[O-10] 【防災学術連携体共催】阪神・淡路大震災から30年-教訓と進展

2025年5月25日(日) 13:45 〜 15:15 展示場特設会場 (4) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:吾妻 崇(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、松島 信一(京都大学防災研究所)、田村 和夫卜部 厚志(新潟大学災害・復興科学研究所)、座長:吾妻 崇(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、松島 信一(京都大学防災研究所)


15:00 〜 15:15

[O10-05] なぜ耐震化は進まないのか

★招待講演

*永松 伸吾1 (1.関西大学)

キーワード:地震、防災、耐震化、阪神・淡路大震災

2024年1月に発生した能登半島地震では,住宅について6,461棟が全壊,23,336棟が半壊の被害が生じた.NHKの報道によれば,震災直後に亡くなった人々の約4割の死因は「圧死」であった.これらの方々は倒壊した家具や建物の下敷きになったものと推測される.この災害は,わが国にとって建築物の耐震化が相変わらず重要な課題であることを示したものである.
建築物,とりわけ住宅の耐震化促進の必要性は,阪神・淡路大震災の被害によってクローズアップされた.あらためて,その経緯について振り返ってみたい.1995年に発生したこの地震では多くの建築物が倒壊した.神戸市役所2号館の6階部分が圧壊し,多くの病院施設にも被害が生じるなど,災害対応にとって重要な施設が機能しない状態が発生した.加えて,震災の被害を深刻にしたのは,およそ25万5千棟の住宅の全半壊である.震災による直接的な死者5,502人のおよそ9割が,家屋・家具の倒壊による圧迫死であると言われている.また,倒壊した住宅は1981年の建築基準法改正以前に建築されたものに多く見られたことから,建築物を耐震化することこそが将来の地震災害の被害軽減にとって最も重要な課題の一つであるという認識が高まっていった.
 そこで,国は1995年10月にいわゆる耐震改修促進法を制定するとともに,病院等の公共建築物の耐震改修の努力義務を課し,地方公共団体も個人所有の住宅の耐震改修を促進するための様々な支援策を充実させてきた.そのような中,中央防災会議が2005年に策定した「地震防災戦略」では,将来の発生が懸念される東海・東南海・南海地震や首都直下地震などの被害を半減させることを目標として,2015年までに住宅の耐震化率を75%から90%まで引き上げることを目標に掲げた.耐震改修促進法は2006年に改正され,それまで国が二の足を踏んでいた個人所有の住宅に対する経済的支援についても,一定の条件の中で可能になった.
 だが,阪神・淡路大震災から30年経過した今日において,建築物の耐震化は期待されたほどには進んでいない.2018年時点での住宅の耐震化率は87%と,地震防災戦略が掲げた目標を下回っている.そして耐震化の進捗にはばらつきがある.まず,総戸数の46%を占める共同住宅については耐震化率94%であるが,戸建て住宅については81%となっており,マンションよりも戸建ての耐震化は大きく遅れている.
 また,地域差も大きい.最も高いのは神奈川県の94%であるが,島根県では70%である.市町村単位でみれば60%に満たない地域も少なくなく,令和6年能登半島地震が襲った奥能登地域はまさにそうした地域であった.おおよそ過疎に悩む地域ほど耐震化率が低いように思われる.
 なぜ耐震化は進まないのか.地震防災戦略が策定された当時から懸念された課題について,経済学の視点から永松(2008)は以下のように整理している.第一に耐震改修の市場が未成熟であるという事である.耐震改修は供給側である事業者と,需要側である住宅所有者の間の情報の非対称性が大きい,典型的な「レモンの市場」である.耐震改修をしたからといって,日常の生活の利便性や生活の質の向上が体感できるものではないために,高価な割に質の低い改修工事がはびこる余地が大きい.耐震改修の工法は,対象となる建物の工法や痛み具合などによっても異なるし,業者によっても得手不得手がある.従って標準化・規格化されたものではないことが消費者の選択を難しくしている.更に言えば,耐震改修自体がそれほど高額な工事ではなく,マーケットも決して大きくないため,こうした課題を積極的に解消しようという動きも盛り上がることはなかった.
 もう一つの理由はより本質的である.そもそも,旧耐震基準で建築された住宅の所有者は高齢者に集中している.高齢者世帯は若年者世帯と比べて,自身の生存中に大地震に合う可能性は低いと考えることは当然であるし,それゆえに耐震改修工事に対しての支払意思は小さい.定量的なエビデンスはないものの,耐震改修を行う高齢世帯は,定期的に子世帯が遊びに来る住宅や,将来的に当該住宅を子世帯に相続する予定があるといった世帯が多いと聞く.それは経済学的にみて合理的であるし,人口減少率が高い地域ほど耐震化率が低いという現象がなぜ生じるのかも理解できる.
 加えて,もう一つ考えなければいけないのは,新しい耐震基準で建てられた住宅であっても,老朽化とともに耐震性能は低下する可能性である.その証拠に,能登半島地震では,1981年以降の新耐震の住宅にもそれなりの被害が生じている.人口減少局面においては,そうした古い住宅ストックの改修が行われることは期待できそうになく,耐震性の低い住宅が再生産される可能性が高い.