[0002] 自覚的視覚的垂直位の異常はpusher現象の重症度と相関するのか?
キーワード:脳卒中, pusher現象, 自覚的視覚的垂直位
【はじめに】
脳損傷後には自覚的視覚的垂直位(以下,SVV)の偏倚が生じ,この偏倚はバランス障害の一要因として推察されている。また,右半球損傷(以下,RBD)例ではSVVの偏倚が長期間に及ぶことや,左半側空間無視がSVV偏倚に関与する事が報告されており,SVVの偏倚には半球間で差異が存在するとされている。脳損傷後の特徴的な姿勢定位障害であるpusher現象(以下,PB)においても,その異常姿勢の背景としてSVVが調査されており,PB例のSVVには健常人ではみられない異常が存在すると報告されている。また,PB例におけるSVVの偏倚においても半球間での差異が報告されており,RBD例では左半球損傷(以下,LBD)例よりSVVが偏倚するとされている。我々は先行研究において,PBの改善経過とSVVの偏倚の改善経過に着目し,PBの重症度とSVVの偏倚量における関連性を調査した。その結果,いずれの測定時期においてもPBの重症度とSVVの偏倚量は相関せず,さらに両者が改善する時期には乖離がみられた。SVVの偏倚がPBの改善に及ぼす影響を調査するうえでは,SVVの偏倚の半球間差異が考慮されるべきだと思われたが,先行研究では対象者数が不十分なために半球間差異を考慮した検討ができなかった。そこで本研究では,先行研究を上回る対象者をもって,PBとSVVの改善経過をLBD群およびRBD群それぞれで調査し,各測定時期におけるPB重症度とSVV偏倚量との相関関係を検証した。
【方法】
PBの重症度を測定するScale for contraversive pushing(以下,SCP)にて各下位項目>0を満たし,発症早期(発症後期間:7.4±2.6日)からSVVの測定が可能であったテント上病変を有する初発脳卒中片麻痺者12名(RBD群8名,LBD群6名)を対象とした。重度の意識障害(JCS:10以上),注意障害,失語症,精神障害,視力,視野障害を呈する者,前庭機能障害の既往や眩暈の訴えがある者は対象から除外した。SVVの測定は,静かな暗室で実施した。ヘッドレスト付き座位装置に,被検者の頭部と体幹を正中位に固定した。座面は足底が床面に全面接地する高さに設定した。直径20cmの円盤に幅1cmの発光シールを張り付けたSVV測定装置を用意し,この装置を被検者の目の高さで前方50cmに設置した。装置に取り付けた紐を非麻痺側上肢で水平方向に操作することで,発光シールを左または右方向へ45°傾斜させた位置から垂直にする課題を実施し,垂線からの誤差角度を測定した。課題は各方向を4回ずつ,計8回施行し,絶対値の平均(以下,SVV値)を算出した。計測期間は初回評価から3週間とし,週2回ずつ,計6回のSCPとSVV値を測定した。統計処理は,RBD群とLBD群における各測定時期のSCPとSVV値との相関をSpearmanの相関係数にて検討した。また各群におけるSCPとSVV値の経時的変化を多重比較検定にて検討した。有意水準は5%とした。
【説明と同意】
対象者には本研究の主旨を説明し同意を得た。
【結果】
初回評価を含めいずれの時期においても,各群のSCPとSVV値には統計学的に有意な相関を認めなかった。RBD群におけるSCPとSVV値の経時的変化について,初回評価時の値との差異が生じる時期は,SCPでは3回目の測定以降(初回:4.0±1.4,3回目:1.8±1.2,p<0.05),SVV値では4回目の測定以降(初回:4.2±2.5°,4回目:2.7±1.2°,p<0.05)であり,改善する時期が異なっていた。LBD群のSCPは,3回目の測定以降(初回:4.0±0.9,3回目:2.0±1.4,p<0.05)で初回評価時の値との差異が生じた。一方で,LBD群のSVV値は有意な変化を示さなかった(初回:2.4±1.0°,6回目:1.9±1.5°)。
【考察】
本研究では,PBを呈したRBDおよびLBD例において,初期評価を含めいずれの時期においてもSCPとSVV値には相関はみられなかった。さらにRBD例ではSCPの改善はSVVの改善よりも早期にみられ,LBD例ではSCPが改善しているのに対してSVVの変化はみられなかった。この結果は,LBD,RBDの両群において,PB重症度とSVV偏倚量の関連性は乏しく,PBの改善とSVVの偏倚の改善がそれぞれ独立して生じることを示唆していると推察される。すなわちPB例に対する理学療法介入を検討するに際して,SVVの偏倚にみられるような外部中心座標系の空間認知の異常よりも,姿勢的(身体的)な垂直判断のような自己中心座標系の空間認知の異常(Karnath et al. 2000,Pérennou et al. 2008)を修正していくことに重点を置いた介入を選択していくことの重要性が示唆されたものと思われる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の結果は,外部中心座標系の空間認知の異常が,自己中心座標系の空間認知の異常よりPBに関与しているとは言い難く,PB例の理学療法では自己中心座標系の空間認知の異常に対する介入方法の模索が重要であることを示唆したものと思われた。
脳損傷後には自覚的視覚的垂直位(以下,SVV)の偏倚が生じ,この偏倚はバランス障害の一要因として推察されている。また,右半球損傷(以下,RBD)例ではSVVの偏倚が長期間に及ぶことや,左半側空間無視がSVV偏倚に関与する事が報告されており,SVVの偏倚には半球間で差異が存在するとされている。脳損傷後の特徴的な姿勢定位障害であるpusher現象(以下,PB)においても,その異常姿勢の背景としてSVVが調査されており,PB例のSVVには健常人ではみられない異常が存在すると報告されている。また,PB例におけるSVVの偏倚においても半球間での差異が報告されており,RBD例では左半球損傷(以下,LBD)例よりSVVが偏倚するとされている。我々は先行研究において,PBの改善経過とSVVの偏倚の改善経過に着目し,PBの重症度とSVVの偏倚量における関連性を調査した。その結果,いずれの測定時期においてもPBの重症度とSVVの偏倚量は相関せず,さらに両者が改善する時期には乖離がみられた。SVVの偏倚がPBの改善に及ぼす影響を調査するうえでは,SVVの偏倚の半球間差異が考慮されるべきだと思われたが,先行研究では対象者数が不十分なために半球間差異を考慮した検討ができなかった。そこで本研究では,先行研究を上回る対象者をもって,PBとSVVの改善経過をLBD群およびRBD群それぞれで調査し,各測定時期におけるPB重症度とSVV偏倚量との相関関係を検証した。
【方法】
PBの重症度を測定するScale for contraversive pushing(以下,SCP)にて各下位項目>0を満たし,発症早期(発症後期間:7.4±2.6日)からSVVの測定が可能であったテント上病変を有する初発脳卒中片麻痺者12名(RBD群8名,LBD群6名)を対象とした。重度の意識障害(JCS:10以上),注意障害,失語症,精神障害,視力,視野障害を呈する者,前庭機能障害の既往や眩暈の訴えがある者は対象から除外した。SVVの測定は,静かな暗室で実施した。ヘッドレスト付き座位装置に,被検者の頭部と体幹を正中位に固定した。座面は足底が床面に全面接地する高さに設定した。直径20cmの円盤に幅1cmの発光シールを張り付けたSVV測定装置を用意し,この装置を被検者の目の高さで前方50cmに設置した。装置に取り付けた紐を非麻痺側上肢で水平方向に操作することで,発光シールを左または右方向へ45°傾斜させた位置から垂直にする課題を実施し,垂線からの誤差角度を測定した。課題は各方向を4回ずつ,計8回施行し,絶対値の平均(以下,SVV値)を算出した。計測期間は初回評価から3週間とし,週2回ずつ,計6回のSCPとSVV値を測定した。統計処理は,RBD群とLBD群における各測定時期のSCPとSVV値との相関をSpearmanの相関係数にて検討した。また各群におけるSCPとSVV値の経時的変化を多重比較検定にて検討した。有意水準は5%とした。
【説明と同意】
対象者には本研究の主旨を説明し同意を得た。
【結果】
初回評価を含めいずれの時期においても,各群のSCPとSVV値には統計学的に有意な相関を認めなかった。RBD群におけるSCPとSVV値の経時的変化について,初回評価時の値との差異が生じる時期は,SCPでは3回目の測定以降(初回:4.0±1.4,3回目:1.8±1.2,p<0.05),SVV値では4回目の測定以降(初回:4.2±2.5°,4回目:2.7±1.2°,p<0.05)であり,改善する時期が異なっていた。LBD群のSCPは,3回目の測定以降(初回:4.0±0.9,3回目:2.0±1.4,p<0.05)で初回評価時の値との差異が生じた。一方で,LBD群のSVV値は有意な変化を示さなかった(初回:2.4±1.0°,6回目:1.9±1.5°)。
【考察】
本研究では,PBを呈したRBDおよびLBD例において,初期評価を含めいずれの時期においてもSCPとSVV値には相関はみられなかった。さらにRBD例ではSCPの改善はSVVの改善よりも早期にみられ,LBD例ではSCPが改善しているのに対してSVVの変化はみられなかった。この結果は,LBD,RBDの両群において,PB重症度とSVV偏倚量の関連性は乏しく,PBの改善とSVVの偏倚の改善がそれぞれ独立して生じることを示唆していると推察される。すなわちPB例に対する理学療法介入を検討するに際して,SVVの偏倚にみられるような外部中心座標系の空間認知の異常よりも,姿勢的(身体的)な垂直判断のような自己中心座標系の空間認知の異常(Karnath et al. 2000,Pérennou et al. 2008)を修正していくことに重点を置いた介入を選択していくことの重要性が示唆されたものと思われる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の結果は,外部中心座標系の空間認知の異常が,自己中心座標系の空間認知の異常よりPBに関与しているとは言い難く,PB例の理学療法では自己中心座標系の空間認知の異常に対する介入方法の模索が重要であることを示唆したものと思われた。