第49回日本理学療法学術大会

講演情報

発表演題 ポスター » 基礎理学療法 ポスター

運動制御・運動学習3

2014年5月30日(金) 11:45 〜 12:35 ポスター会場 (基礎)

座長:山口智史(慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室)

基礎 ポスター

[0142] 随意的筋弛緩制御における一次運動野の興奮性変化

鈴木智高1,2, 東登志夫2, 髙木峰子1, 菅原憲一1 (1.神奈川県立保健福祉大学リハビリテーション学科理学療法学専攻, 2.長崎大学大学院医歯薬学総合研究科医療科学専攻リハビリテーション科学講座)

キーワード:随意的筋弛緩, 経頭蓋磁気刺激, 一次運動野

【はじめに,目的】
中枢神経系の障害では,筋緊張の亢進に伴い円滑に筋を弛緩できないという症状が起こりうる。巧みな随意運動は筋の収縮と弛緩が滑らかに繰り返されることで成り立っている。随意的な運動発現における一次運動野(M1)の興奮性変化や抑制動態に関する報告は,ニューロリハビリテーションの根幹となる重要な知見となっている。一方,筋弛緩に関する神経生理学的な分析をした研究は極めて少ない。そこで,本研究は随意的筋弛緩に関わる中枢神経系の制御メカニズムを明らかにすることを目的とした。その上で基礎的データが不十分な現状を考慮して,基本的な課題として一定筋収縮からの反応時間(RT)課題を用いた弛緩を設定し,経頭蓋磁気刺激(TMS)による運動誘発電位(MEP)を指標として筋弛緩制御におけるM1興奮性の時系列変化を分析したので報告する。
【方法】
被験者は8名の健常成人であった。被験者には予告音によって最大随意収縮(MVC)の20%の力でで右示指外転運動を等尺性に保持するよう指示した。一定時間経過後,反応音によって,速やかに筋を弛緩させるRT課題を行った。反応音の前30msから,反応音後130msの区間において,ランダムにTMSが駆動するようにコンピュータ制御した。このRT課題を140試行実施し同回数のMEPを測定した。また,弛緩課題に関わる表面筋電図(EMG)のコントロール波形を得るためTMS無しの試行を30回行った。被検筋は右第一背側骨間筋(FDI)とし,EMGおよびMEPを記録した。TMSコイルは左半球M1上に配置し,出力は運動時閾値の120%を用いた。弛緩開始のRTの同定は被験者ごとに20%MVCの張力波形の減衰とコントロールEMG波形に基づき,各試行の筋弛緩開始点を予測算出した。この点を基準点(0ms)として定め,TMSが誘起された時間に従って,得られたMEPデータをタイムコースに並び替えた。加えて,背景EMGの検証を行うため各試行TMSトリガー直前20ms間における背景EMGのRMS値を算出した。これらのデータを筋弛緩開始-90msから-10msの範囲内において,20msずつ4つの区間にまとめ(bin),興奮性変化を明らかにした。解析にはBonferroni法による多重比較検定を実施した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,所属機関研究倫理審査委員会による承認後実施した。参加者には,事前に書面および口頭にて説明し,同意が得られた者を対象とした。
【結果】
多重比較の結果,区間-70~-50msは直前の区間-90~-70msに比べて有意にMEPが増加した(p=.021)。一方,区間-50~-30msは直前の区間-70~-50msに比べて有意なMEPの減少に転じた(p=.013)。区間-30~-10msは直前の区間-50~-30msに比べてMEPの更なる減少が生じた(p=.003)。なお,背景EMGのRMS値は,各区間において統計学的有意差は認められなかった。
【考察】
随意的筋弛緩を実行する約60ms前に一過性のMEP増加,すなわちM1興奮性の増大がみとめられた。脳波を用いた先行研究では,随意的筋弛緩は筋収縮と類似した運動関連脳電位が記録されている(terada et al.,1995)。よって,筋弛緩においても弛緩直前に中枢神経系に生じる特異的な制御が運動関連領域で行われていると仮説される。本研究の結果はこの弛緩に関わる特異的な制御を裏付けるものである。しかし,脳電位が筋弛緩の前後にわたってゆるやかな増大を示すことに対して,時間分解能に優れるTMSでは,M1の興奮性増大は筋弛緩直前の非常に限局された期間に生じていた。本研究と異なり,反応音を基準点としてTMSを用いた先行研究(sugawara et al., 2009)でも筋弛緩前の一定時間にMEPの促通が見られている。ゆえに,一定張力を保持している状態から筋弛緩直前にM1が促通される現象は,M1の興奮性を急激に抑制するための制御であり,この一過性の促通が筋弛緩をトリガーする重要な誘引である可能性が考えられる。なお,-50ms以降に生じるM1興奮性の急激な減少は,既にM1において筋弛緩の制御が完了しているものと推察される。背景EMGに変化が無かったことから,M1の興奮性とEMG変化が一致しない移行期間であると思われる。-30ms以降の更なる減少は,背景EMGが多重比較では差が無いものの対応のあるT検定単独では有意な減少を示していることから,M1の興奮性とともにEMGも減少し筋は弛緩を開始しているものと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
筋弛緩におけるM1の興奮性変化および抑制動態を調べるには本研究で示された基礎的データが必要となる。今後は,この結果に基づき随意的筋弛緩制御のメカニズムを明らかにしていく。これらの研究結果は,筋緊張の異常を課題とする理学療法場面において重要な神経生理学的知見となり得るとともに,新たな理学療法の根拠として寄与し得ると考えられる。