[0200] 異なる疼痛感覚の認知と情動変化に関する検討
キーワード:疼痛感覚, 不快情動, 前頭部脳波
【はじめに,目的】
疼痛は,恐怖,不安,不快感のような情動や記憶などの情報をもとに認知過程を経て統合される感覚・情動体験であり多面性を有するため,侵害受容-疼痛の種類・内容が違えば疼痛の感じ方やとらえ方(認知)も異なる。したがって,疼痛マネジメントにおいては,疼痛の感覚的側面だけでなく,情動的・認知的側面を含めた多角的かつ包括的な視点が必要となる。近年,疼痛の情動的・認知的側面を反映する解析として,脳波や自律神経反応を用いた検証がなされている。脳波を用いた神経科学的研究によると,前頭部脳波のδ波やθ波パワー値の増大が不快情動を,β波パワー値の増大が疼痛感覚を反映するといわれている(Chang 2002)。また,自律神経反応については,疼痛発生時に交感神経活動が増大すること(Arai 2008)や,慢性痛患者では安静時の副交感神経活動低下,交感神経過活動(Gockel 2008,Backer 2008),運動時の交感神経反応性低下(Shiro 2012)が報告されている。しかし,異なる侵害受容-疼痛の種類・内容による疼痛感覚の認知と情動変化の違い,つまり疼痛の多面性への影響について,脳波や自律神経反応をもとに複合的に解析した報告はない。そこで今回,異なる侵害刺激(熱または冷刺激)による疼痛感覚と不快情動の変化を脳波と自律神経解析を用いて比較検討した。
【方法】
対象は健常若年男性60名(20.2±1.1歳)とし,水温8.0℃(冷痛:CP群),46.5℃(熱痛:HP群),不感温度32.0℃(sham群)に左手を1分間浸漬する3群に無作為に分類した。評価項目は,左手の浸漬中の主観的疼痛強度(NRS),前頭部脳波および自律神経反応の指標として心拍変動(HRV)とした。NRSは浸漬前(pre),浸漬10秒目(exp 1),1分目(exp 2)および浸漬終了5分後(post)に測定した。前頭部脳波は,バイオフィードバック治療用の簡易脳波計(Mindset,Neuro Sky社)を用いて実験中経時的に記録し,算出した各周波数帯のパワー値から,今回は不快情動の指標としてδ波(0.50~2.75 Hz)とθ波(3.50~6.75 Hz),疼痛感覚の指標としてβ波(18.00~29.75 Hz)パワー値を用いた。HRVは携帯型HRV記録装置(AC-301,GMS社)を用いて経時的に記録した心電図R-R間隔の周波数解析から,低周波成分(LF:0.04~0.15 Hz),高周波成分(HF:0.15~0.40 Hz,副交感神経活動指標)およびLF/HF比(LF/HF,交感神経活動指標)を算出した。なお,前頭部脳波とHRVは,NRSと同時点各10秒間の平均値を測定値とした。統計学的解析は,経時的変化の比較にFriedman検定,群間比較にKruskal-Wallis検定,また多重比較検定にはそれぞれTukey-typeおよびDunn’s法を用い,有意水準は全て5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,本学「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会の承認(番号:12-01)を得た上で実施した。全対象者に対して研究内容を十分に説明し,同意を得た。また実験に際しては,安全管理および個人情報保護に努めた。
【結果】
NRSのピーク値は両群間で差を認めず,CP群でexp 2,HP群でexp 1にピークを示した。脳波はpre,postの安静に比べてCP群でδ波とθ波がexp 1,2で,β波がexp 2で増大し,HP群ではδ波,θ波,β波すべてがexp 1で増大した。HRVはpreに比べてHP群でHFがexp 1で減少し,LF/HFは両群ともexp 1で上昇した。sham群は全項目で変化を示さなかった。
【考察】
侵害的な熱刺激では刺激開始直後,冷刺激では刺激後半に疼痛強度がピークとなり,ピーク時期に違いがあったが,その値に差はなく同程度の疼痛感覚強度であった。脳波について,β波は両刺激ともこれら疼痛強度と同様の変化を示し,また,δ波とθ波は熱刺激では疼痛強度と同様の変化を示したが,冷刺激では疼痛強度の変化と異なり刺激開始直後より増大した。自律神経活動は温度変化にともなう生理的応答を示すにとどまった。疼痛は記憶などの疼痛関連情報をもとに認知過程を経て統合される体験であることから,火傷などの経験・記憶をともなう熱痛では疼痛強度の変化に対応して恐怖や不安など負の情動をもたらした一方,身体に危険を及ぼすような侵害受容経験の少ない冷痛では,温度変化にともなう不快感が疼痛の認知に先行して生じた可能性が示唆される。以上より,同程度の疼痛感覚であっても,認知や情動は異なる反応を示したことから,疼痛はその多面性においてさまざまな病態を反映し統合,表出される生体情報であると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,侵害受容-疼痛の内容・種類の違いによって,認知や情動の影響を受け疼痛の感じ方やとらえ方が異なることを明確にした点で意義深い。
疼痛は,恐怖,不安,不快感のような情動や記憶などの情報をもとに認知過程を経て統合される感覚・情動体験であり多面性を有するため,侵害受容-疼痛の種類・内容が違えば疼痛の感じ方やとらえ方(認知)も異なる。したがって,疼痛マネジメントにおいては,疼痛の感覚的側面だけでなく,情動的・認知的側面を含めた多角的かつ包括的な視点が必要となる。近年,疼痛の情動的・認知的側面を反映する解析として,脳波や自律神経反応を用いた検証がなされている。脳波を用いた神経科学的研究によると,前頭部脳波のδ波やθ波パワー値の増大が不快情動を,β波パワー値の増大が疼痛感覚を反映するといわれている(Chang 2002)。また,自律神経反応については,疼痛発生時に交感神経活動が増大すること(Arai 2008)や,慢性痛患者では安静時の副交感神経活動低下,交感神経過活動(Gockel 2008,Backer 2008),運動時の交感神経反応性低下(Shiro 2012)が報告されている。しかし,異なる侵害受容-疼痛の種類・内容による疼痛感覚の認知と情動変化の違い,つまり疼痛の多面性への影響について,脳波や自律神経反応をもとに複合的に解析した報告はない。そこで今回,異なる侵害刺激(熱または冷刺激)による疼痛感覚と不快情動の変化を脳波と自律神経解析を用いて比較検討した。
【方法】
対象は健常若年男性60名(20.2±1.1歳)とし,水温8.0℃(冷痛:CP群),46.5℃(熱痛:HP群),不感温度32.0℃(sham群)に左手を1分間浸漬する3群に無作為に分類した。評価項目は,左手の浸漬中の主観的疼痛強度(NRS),前頭部脳波および自律神経反応の指標として心拍変動(HRV)とした。NRSは浸漬前(pre),浸漬10秒目(exp 1),1分目(exp 2)および浸漬終了5分後(post)に測定した。前頭部脳波は,バイオフィードバック治療用の簡易脳波計(Mindset,Neuro Sky社)を用いて実験中経時的に記録し,算出した各周波数帯のパワー値から,今回は不快情動の指標としてδ波(0.50~2.75 Hz)とθ波(3.50~6.75 Hz),疼痛感覚の指標としてβ波(18.00~29.75 Hz)パワー値を用いた。HRVは携帯型HRV記録装置(AC-301,GMS社)を用いて経時的に記録した心電図R-R間隔の周波数解析から,低周波成分(LF:0.04~0.15 Hz),高周波成分(HF:0.15~0.40 Hz,副交感神経活動指標)およびLF/HF比(LF/HF,交感神経活動指標)を算出した。なお,前頭部脳波とHRVは,NRSと同時点各10秒間の平均値を測定値とした。統計学的解析は,経時的変化の比較にFriedman検定,群間比較にKruskal-Wallis検定,また多重比較検定にはそれぞれTukey-typeおよびDunn’s法を用い,有意水準は全て5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,本学「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会の承認(番号:12-01)を得た上で実施した。全対象者に対して研究内容を十分に説明し,同意を得た。また実験に際しては,安全管理および個人情報保護に努めた。
【結果】
NRSのピーク値は両群間で差を認めず,CP群でexp 2,HP群でexp 1にピークを示した。脳波はpre,postの安静に比べてCP群でδ波とθ波がexp 1,2で,β波がexp 2で増大し,HP群ではδ波,θ波,β波すべてがexp 1で増大した。HRVはpreに比べてHP群でHFがexp 1で減少し,LF/HFは両群ともexp 1で上昇した。sham群は全項目で変化を示さなかった。
【考察】
侵害的な熱刺激では刺激開始直後,冷刺激では刺激後半に疼痛強度がピークとなり,ピーク時期に違いがあったが,その値に差はなく同程度の疼痛感覚強度であった。脳波について,β波は両刺激ともこれら疼痛強度と同様の変化を示し,また,δ波とθ波は熱刺激では疼痛強度と同様の変化を示したが,冷刺激では疼痛強度の変化と異なり刺激開始直後より増大した。自律神経活動は温度変化にともなう生理的応答を示すにとどまった。疼痛は記憶などの疼痛関連情報をもとに認知過程を経て統合される体験であることから,火傷などの経験・記憶をともなう熱痛では疼痛強度の変化に対応して恐怖や不安など負の情動をもたらした一方,身体に危険を及ぼすような侵害受容経験の少ない冷痛では,温度変化にともなう不快感が疼痛の認知に先行して生じた可能性が示唆される。以上より,同程度の疼痛感覚であっても,認知や情動は異なる反応を示したことから,疼痛はその多面性においてさまざまな病態を反映し統合,表出される生体情報であると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,侵害受容-疼痛の内容・種類の違いによって,認知や情動の影響を受け疼痛の感じ方やとらえ方が異なることを明確にした点で意義深い。