[0244] 視覚的身体位置と実際の身体位置の不一致が体性感覚情報処理に与える影響
キーワード:体性感覚, 視覚, 脳磁図
【はじめに,目的】
ヒトが身体を,自身の身体として適切に感じるためには,身体に関する知覚が実際の身体と合致している必要がある。しかし,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS),線維筋痛症および幻肢痛などの慢性難治性疼痛患者において,この身体に関する知覚が歪んでいることが報告されている。しかしながら,この歪みが大脳皮質における体性感覚情報処理に与える影響は分かっていない。そこで我々は,ミラーボックスを使用して視覚的なフィードバックを操作し,視覚的身体位置と実際の身体位置に不一致を生じさせ,身体に関する知覚の歪みが体性感覚情報処理に与える影響を,脳磁場計測装置(magnetoencephalography:MEG)を用いて調べた。
【方法】
対象は,神経系および視覚に異常の無い健常成人男性9名(年齢25.1±3.8歳)とした。全ての被験者は,エジンバラ利き手テストにおいて右利きであること を確認した。ミラーボックスを用い,以下の4条件で計測を行った。
左手と右手の位置が鏡に対し左右対称で,鏡に隠れている左手の位置と右手の鏡像位置が一致している条件(mirror対称条件)
左手と右手の位置が鏡に対し左右非対称で,鏡に隠れている左手の位置と右手の鏡像位置が一致していない条件(mirror非対称条件)
mirror対称条件において,視覚情報を遮断するために,鏡をプラスチックボードで覆った条件(cover対称条件)
mirror非対称条件において,視覚情報を遮断するために,鏡をプラスチックボードで覆った条件(cover非対称条件)
刺激は,リング電極を用い,左示指に電気刺激を与えたときの皮質活動を,306チャンネル全頭型MEG(Vector-view,ELEKTA Neuromag,Finland)を用いて計測した。電気刺激のdurationは0.2 ms,強度は感覚閾値の2.5倍とし,刺激間間隔は1秒とした。各条件の施行順は,被験者ごとにランダムとし,加算回数は150回とした。サンプリング周波数は1000 Hz,刺激前100 msから刺激後200 msまでを解析区間とした。解析には,等価電流双極子(equivalent current dipole:ECD)推定法を用いた。また,被験者には,全条件において固視点を注視するように指示した。条件間の皮質活動振幅の比較には,二元配置分散分析を用い,要因は鏡の条件(鏡×プラスチックボード)および左手と右手の位置関係(左右対称×左右非対称)とした。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,広島大学大学院医歯薬保健学研究科の倫理審査委員会の承認を得て行った。また,対象者には,実験参加に際し十分な説明を行い,文書による同意を得て行った。
【結果】
全条件において,刺激後約50 ms付近において刺激対側の頭頂葉付近に明瞭な活動(M50)が記録された。ECD推定により,M50の活動源は一次体性感覚野に推定された。二元配置分散分析の結果,M50の活動振幅において,有意な交互作用が認められ(p<0.05),視覚的身体位置と実際の身体位置に不一致が生じた場合(mirror非対称条件)に,振幅の増大が認められた。
【考察】
本研究において,視覚的身体位置と実際の身体位置に不一致が生じると,一次体性感覚野におけるM50振幅が増大することが示された。このことからM50成分は,視覚と体性感覚を統合した後の成分であると思われ,後部頭頂葉などの多感覚統合領域からのフィードバック成分である可能性が示唆された。また,M50成分は,慢性疼痛患者においても,興奮性が増大することが知られている。本実験における自己身体に関する知覚の歪みによる皮質活動の増大は,慢性疼痛患者の病態と関連性があることが示唆される。
【理学療法学研究としての意義】
慢性疼痛患者では,疼痛の出現の前に自己の身体に関する知覚の歪みが生じることが知られている。本研究において,身体に関する知覚の歪みにより,一次体性感覚野の活動が変化することを示した。このことは慢性疼痛患者における病態を考える上での,基礎的知見を与えるものであると考える。
ヒトが身体を,自身の身体として適切に感じるためには,身体に関する知覚が実際の身体と合致している必要がある。しかし,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS),線維筋痛症および幻肢痛などの慢性難治性疼痛患者において,この身体に関する知覚が歪んでいることが報告されている。しかしながら,この歪みが大脳皮質における体性感覚情報処理に与える影響は分かっていない。そこで我々は,ミラーボックスを使用して視覚的なフィードバックを操作し,視覚的身体位置と実際の身体位置に不一致を生じさせ,身体に関する知覚の歪みが体性感覚情報処理に与える影響を,脳磁場計測装置(magnetoencephalography:MEG)を用いて調べた。
【方法】
対象は,神経系および視覚に異常の無い健常成人男性9名(年齢25.1±3.8歳)とした。全ての被験者は,エジンバラ利き手テストにおいて右利きであること を確認した。ミラーボックスを用い,以下の4条件で計測を行った。
左手と右手の位置が鏡に対し左右対称で,鏡に隠れている左手の位置と右手の鏡像位置が一致している条件(mirror対称条件)
左手と右手の位置が鏡に対し左右非対称で,鏡に隠れている左手の位置と右手の鏡像位置が一致していない条件(mirror非対称条件)
mirror対称条件において,視覚情報を遮断するために,鏡をプラスチックボードで覆った条件(cover対称条件)
mirror非対称条件において,視覚情報を遮断するために,鏡をプラスチックボードで覆った条件(cover非対称条件)
刺激は,リング電極を用い,左示指に電気刺激を与えたときの皮質活動を,306チャンネル全頭型MEG(Vector-view,ELEKTA Neuromag,Finland)を用いて計測した。電気刺激のdurationは0.2 ms,強度は感覚閾値の2.5倍とし,刺激間間隔は1秒とした。各条件の施行順は,被験者ごとにランダムとし,加算回数は150回とした。サンプリング周波数は1000 Hz,刺激前100 msから刺激後200 msまでを解析区間とした。解析には,等価電流双極子(equivalent current dipole:ECD)推定法を用いた。また,被験者には,全条件において固視点を注視するように指示した。条件間の皮質活動振幅の比較には,二元配置分散分析を用い,要因は鏡の条件(鏡×プラスチックボード)および左手と右手の位置関係(左右対称×左右非対称)とした。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,広島大学大学院医歯薬保健学研究科の倫理審査委員会の承認を得て行った。また,対象者には,実験参加に際し十分な説明を行い,文書による同意を得て行った。
【結果】
全条件において,刺激後約50 ms付近において刺激対側の頭頂葉付近に明瞭な活動(M50)が記録された。ECD推定により,M50の活動源は一次体性感覚野に推定された。二元配置分散分析の結果,M50の活動振幅において,有意な交互作用が認められ(p<0.05),視覚的身体位置と実際の身体位置に不一致が生じた場合(mirror非対称条件)に,振幅の増大が認められた。
【考察】
本研究において,視覚的身体位置と実際の身体位置に不一致が生じると,一次体性感覚野におけるM50振幅が増大することが示された。このことからM50成分は,視覚と体性感覚を統合した後の成分であると思われ,後部頭頂葉などの多感覚統合領域からのフィードバック成分である可能性が示唆された。また,M50成分は,慢性疼痛患者においても,興奮性が増大することが知られている。本実験における自己身体に関する知覚の歪みによる皮質活動の増大は,慢性疼痛患者の病態と関連性があることが示唆される。
【理学療法学研究としての意義】
慢性疼痛患者では,疼痛の出現の前に自己の身体に関する知覚の歪みが生じることが知られている。本研究において,身体に関する知覚の歪みにより,一次体性感覚野の活動が変化することを示した。このことは慢性疼痛患者における病態を考える上での,基礎的知見を与えるものであると考える。