[0337] 嫌悪・妬みの情動経験が主観的疼痛強度に及ぼす影響
キーワード:疼痛, 嫌悪, 妬み
【はじめに,目的】
情動は主観的疼痛強度に影響を与える(Ploghaus, 2001)。強い不安状態にあるほど主観的疼痛強度は高値を示し,主に帯状回,島皮質,海馬が関与すると報告されている(Ploghaus, 2001)。また,前帯状回と島皮質は疼痛関連領域の中でも主要な領域であり(Apkarian, 1991),急性痛のみならず慢性痛やアロディニアにも関与している(仙波,2009)。一方,前帯状回および島皮質は疼痛だけでなくあらゆる情動経験に関与すると言われており,妬み経験では前帯状回(Takahashi, 2009),嫌悪経験では島皮質(Singer, 2007)の活動が高くなると報告されている。つまり,嫌悪および妬みは疼痛関連領域と同じ領域で強い活動を示す。そこで,本研究では嫌悪・妬みという否定的情動経験が主観的疼痛強度に及ぼす影響を明らかにする。
【方法】
対象は健常大学生28名とした。本実験に入る前にHospital Anxiety and Depression(以下:HADS)を用いて,不安・抑うつの評価を行った。情動経験をさせるための嫌悪および妬みのシナリオを被験者本人が主人公となるように男女別に作成した(スライド枚数約130枚,所要時間約7分)。なお,これらは予備実験の段階で目的とした情動が喚起することを実証済みである。疼痛刺激には痛覚計(ユニークメディカル社製,UDH-105)を用いた。刺激部位は前腕の内側(舟状骨より9cm)とした。実験中の疼痛に対する慣れを防ぐため,実験前に47℃,48℃,49℃の熱刺激を5秒間ランダムに10試行(60秒のインターバル)行った。疼痛評価はVisual Analog Scale(以下:VAS)と疼痛閾値を測定した。また,各シナリオの目的とした情動喚起が起こっているかを調べる目的で,VASを用いて情動評価を行った。実験手順は①熱刺激(疼痛評価),②シナリオ課題(情動評価),③熱刺激(疼痛評価),④シナリオ課題(情動評価),⑤熱刺激(疼痛評価)とした。ただし,嫌悪および妬み経験の順番は被験者によりランダムに設定した。統計解析は,疼痛評価(VAS・閾値)とHADS,情動評価(VAS)とHADSの相関関係にはピアソンの相関係数を用いた。また,情動評価の結果が平均以上のものを強く情動喚起した者(情動換気群)とし,その情動評価とHADSの相関関係をピアソンの相関係数を用いて処理した。さらに,課題前と嫌悪課題後と妬み課題後の疼痛評価の比較には一元配散分析および多重比較試験(Tukey)を用いて統計処理した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
実験はヘルシンキ宣言を遵守し行い,被験者には本研究の趣旨を説明し参加の承諾を得た。
【結果】
疼痛評価とHADSの関係は,疼痛評価(VAS)と不安のみに有意な正の相関関係を認め(r=0.61,p<0.05),それ以外は有意な相関関係を示さなかった。情動評価VASとHADSの有意な相関は認めなかった。しかし,情動換気群においての情動評価(VAS)とHADSの相関関係では,嫌悪と不安において正の相関を認め(r=0.49,p<0.05),妬みと抑うつにおいて正の相関を認めた(r=0.56,p<0.05)。疼痛評価では,VASにおいて課題前に比べ嫌悪課題後および妬み課題後に有意な増加を認めた(p<0.05)。しかし,疼痛閾値では有意差を認めなかった。
【考察】
疼痛評価とHADSの関係性において,不安のみ疼痛と正の有意な相関が認められた。先行研究において,不安,恐怖を感じやすい者ほど疼痛を強く感じるという報告があることから(Ochsner, 2006),本研究ではそれを支持する結果となった。一方,抑うつ患者は主観的疼痛強度が高まるといわれているにも関わらず(Kobayashi, 2013),抑うつと疼痛の間に有意な相関が認められなかった。これは対象が健常大学生であり,HADSの点数が高値ではなかったためと考えられる。しかしながら,情動換気群の結果より,嫌悪と不安,妬みと抑うつにおいて正の相関があることから,大学生であっても嫌悪・妬みを強く感じた者の中では,不安傾向にある者ほど嫌悪を感じやすく,抑うつ傾向にある者ほど妬みを感じやすいことが明らかになった。さらに,課題前後の疼痛の比較においてVASで有意な増加を認めたことから,嫌悪および妬みの情動経験は主観的疼痛強度を増強させることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
理学療法における疼痛評価は感覚的側面のものが一般化されているが,術後に不安がみられる者ほどCRPSになりやすいと報告されている(Dilek, 2010)。今回,嫌悪や妬みなどの否定的情動が不安・抑うつに関与することが示唆された。ゆえにHADSなどの痛みの情動的側面の評価も行い,否定的情動に影響を及ぼす個人・環境因子を分析することが必要であろう。さらに心理的アプローチを加えることで,否定的情動による主観的疼痛強度の増強を最小限に抑え,疼痛の慢性化を未然に防ぐ可能性を本実験で示すこととなった。
情動は主観的疼痛強度に影響を与える(Ploghaus, 2001)。強い不安状態にあるほど主観的疼痛強度は高値を示し,主に帯状回,島皮質,海馬が関与すると報告されている(Ploghaus, 2001)。また,前帯状回と島皮質は疼痛関連領域の中でも主要な領域であり(Apkarian, 1991),急性痛のみならず慢性痛やアロディニアにも関与している(仙波,2009)。一方,前帯状回および島皮質は疼痛だけでなくあらゆる情動経験に関与すると言われており,妬み経験では前帯状回(Takahashi, 2009),嫌悪経験では島皮質(Singer, 2007)の活動が高くなると報告されている。つまり,嫌悪および妬みは疼痛関連領域と同じ領域で強い活動を示す。そこで,本研究では嫌悪・妬みという否定的情動経験が主観的疼痛強度に及ぼす影響を明らかにする。
【方法】
対象は健常大学生28名とした。本実験に入る前にHospital Anxiety and Depression(以下:HADS)を用いて,不安・抑うつの評価を行った。情動経験をさせるための嫌悪および妬みのシナリオを被験者本人が主人公となるように男女別に作成した(スライド枚数約130枚,所要時間約7分)。なお,これらは予備実験の段階で目的とした情動が喚起することを実証済みである。疼痛刺激には痛覚計(ユニークメディカル社製,UDH-105)を用いた。刺激部位は前腕の内側(舟状骨より9cm)とした。実験中の疼痛に対する慣れを防ぐため,実験前に47℃,48℃,49℃の熱刺激を5秒間ランダムに10試行(60秒のインターバル)行った。疼痛評価はVisual Analog Scale(以下:VAS)と疼痛閾値を測定した。また,各シナリオの目的とした情動喚起が起こっているかを調べる目的で,VASを用いて情動評価を行った。実験手順は①熱刺激(疼痛評価),②シナリオ課題(情動評価),③熱刺激(疼痛評価),④シナリオ課題(情動評価),⑤熱刺激(疼痛評価)とした。ただし,嫌悪および妬み経験の順番は被験者によりランダムに設定した。統計解析は,疼痛評価(VAS・閾値)とHADS,情動評価(VAS)とHADSの相関関係にはピアソンの相関係数を用いた。また,情動評価の結果が平均以上のものを強く情動喚起した者(情動換気群)とし,その情動評価とHADSの相関関係をピアソンの相関係数を用いて処理した。さらに,課題前と嫌悪課題後と妬み課題後の疼痛評価の比較には一元配散分析および多重比較試験(Tukey)を用いて統計処理した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
実験はヘルシンキ宣言を遵守し行い,被験者には本研究の趣旨を説明し参加の承諾を得た。
【結果】
疼痛評価とHADSの関係は,疼痛評価(VAS)と不安のみに有意な正の相関関係を認め(r=0.61,p<0.05),それ以外は有意な相関関係を示さなかった。情動評価VASとHADSの有意な相関は認めなかった。しかし,情動換気群においての情動評価(VAS)とHADSの相関関係では,嫌悪と不安において正の相関を認め(r=0.49,p<0.05),妬みと抑うつにおいて正の相関を認めた(r=0.56,p<0.05)。疼痛評価では,VASにおいて課題前に比べ嫌悪課題後および妬み課題後に有意な増加を認めた(p<0.05)。しかし,疼痛閾値では有意差を認めなかった。
【考察】
疼痛評価とHADSの関係性において,不安のみ疼痛と正の有意な相関が認められた。先行研究において,不安,恐怖を感じやすい者ほど疼痛を強く感じるという報告があることから(Ochsner, 2006),本研究ではそれを支持する結果となった。一方,抑うつ患者は主観的疼痛強度が高まるといわれているにも関わらず(Kobayashi, 2013),抑うつと疼痛の間に有意な相関が認められなかった。これは対象が健常大学生であり,HADSの点数が高値ではなかったためと考えられる。しかしながら,情動換気群の結果より,嫌悪と不安,妬みと抑うつにおいて正の相関があることから,大学生であっても嫌悪・妬みを強く感じた者の中では,不安傾向にある者ほど嫌悪を感じやすく,抑うつ傾向にある者ほど妬みを感じやすいことが明らかになった。さらに,課題前後の疼痛の比較においてVASで有意な増加を認めたことから,嫌悪および妬みの情動経験は主観的疼痛強度を増強させることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
理学療法における疼痛評価は感覚的側面のものが一般化されているが,術後に不安がみられる者ほどCRPSになりやすいと報告されている(Dilek, 2010)。今回,嫌悪や妬みなどの否定的情動が不安・抑うつに関与することが示唆された。ゆえにHADSなどの痛みの情動的側面の評価も行い,否定的情動に影響を及ぼす個人・環境因子を分析することが必要であろう。さらに心理的アプローチを加えることで,否定的情動による主観的疼痛強度の増強を最小限に抑え,疼痛の慢性化を未然に防ぐ可能性を本実験で示すこととなった。