[0349] 脊髄小脳変性症患者の上肢・体幹に出現する運動失調と嚥下関連筋活動の関係
Keywords:嚥下, 脊髄小脳変性症, 運動失調
【はじめに,目的】脊髄小脳変性症(以下,SCD)は常染色体優性遺伝の異常と捉えられ,進行性の小脳失調に加えて痙性麻痺やジストニアなどの他系統変性を示す。構音,嚥下障害の頻度は高く誤嚥性肺炎,窒息をきたす事が多く生命予後に大きな影響を与える。有病率は10万人あたり約18人程度と報告されており治療方針が未解明である事から現在でも増加傾向を示す神経難病の一つである。SCD患者は舌,四肢,体幹に運動失調を認め,主要な障害として振戦,測定異常などの機能障害を有している。このように,運動器官として姿勢に影響を与える状態で箸や皿などの操作を行うことは円滑な食事自己摂取を抑制する大きな因子となっている。また,嚥下機能としての制限にもつながっており多くの患者が誤嚥性肺炎を発症させているものと考えられる。本研究では食事摂取時の姿勢の影響と上肢操作の因子が嚥下関連筋の作用に与える影響について検討する事を目的とする。
【方法】
対象は,脊髄小脳変性症患者12名(男性5名,女性7名)でありICARSは9点から35点で,全員が舌,上下肢,体幹に運動失調を有していながらも現在でも食事を自己摂取する者とした。平均年齢53.2±5.8歳,平均身長164.1±4.4cm,平均体重54.8±3.5kgであった。測定は,受動的食事と能動的食事の2条件を測定した。受動的食事は,1随意的に安定性のある正中位を保持した姿勢,2正中位から体幹失調により逸脱した不良姿勢,3ヘッドレストにて支持した座位姿勢の3条件とした。能動的食事は1クッションなどで正中位を保持させた座位姿勢と,2体幹と上肢に失調を認める不安定座位の2条件とした。全ての条件で嚥下時の筋活動を表面筋電図にて記録し積分値を算出し,20嚥下の平均値をその条件での測定値とした。被検筋は,嚥下の作用を最も反映すると言われている顎二腹筋,胸骨舌骨筋とした。また,頭頸部の姿勢保持筋の作用として胸鎖乳突筋も測定した。嚥下活動は摂取する量により変動するため,試料は増粘剤にて粘性を増した水分5ccに統制した。受動的食事は介助にて摂食させ,能動的食事は自己摂食とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
研究に際して東京医療学院大学倫理審査委員会の承認を得ており(13-07H),対象者に対しては書面にて研究の趣旨などの説明を行い,同意を得た者に対して測定を実施した。
【結果】
嚥下時筋活動の積分値として,受動的食事では,正中位,不良姿勢,ヘッドレスト支持の順に顎二腹筋で0.36±0.09mV,0.22±0.06mV,0.34±0.04mV,胸骨舌骨筋で0.07±0.02mV,0.03±0.01mV,0.06±0.03mV1,胸鎖乳突筋で0.24±0.07mV,0.52±0.13mV,0.18±0.03mVであり,全ての群間で不良姿勢での筋積分値は有意な差を認めた(p<0.05)。能動的食事では正中位座位,不安定座位の順に顎二腹筋で0.29±0.11mV,0.12±0.03mV,胸骨舌骨筋で0.14±0.06mV,0.07±0.02mV,胸鎖乳骨筋で0.22±0.05mV,0.55±0.19mVであり,不良姿勢は全ての群間で差を認めた(p<0.05)。
【考察】SCDにおける嚥下機能は,上肢の操作性と頭頸部の安定性や姿勢の影響により変容する事が示唆された。SCDの摂食動作に多く見られる頸部の過屈曲姿勢は,上肢や体幹の不安定性を補わせる為の代償手段である。運動失調を背景とした機能異常は食事場面において上肢での円滑な箸やスプーンの操作を困難にし,頸部を過剰に屈曲させる事でスプーンや皿に口腔を近づけるという手段で摂食を遂行する。この過屈曲姿勢は,本来嚥下機能として関与しなければならない顎二腹筋や胸骨舌骨筋の活動が姿勢を保持する為の固定筋として作用する運動に変化しているものと推察される。この顎二腹筋と胸骨舌骨筋の姿勢代償作用は結果的に嚥下機能としての活動を抑制していることになるものと考えられた。受動的に摂食を行う際にも安定性のある姿勢での摂食が嚥下活動には有利であると考えられ,不安定な姿勢では嚥下関連筋が姿勢保持筋として作用するため嚥下としては機能障害が発生する傾向が示された。
【理学療法学研究としての意義】
SCDの運動失調に対する直接的な嚥下機能改善のための理学療法は,即時的な効果が得られにくく,進行性であるがゆえに誤嚥に対する介入も積極的には行われていない現状である。今回の結果は,SCDの誤嚥発生に関するメカニズムとして若干の見解が得られた。環境設定を考慮する事でも誤嚥を抑制できる可能性が考えられる。我々,理学療法士が運動の特性として把握する運動失調や姿勢調節障害などの視点を食事場面に向けるだけでも誤嚥発生率を抑制できる可能性があり,今後,継続的に研究を進めていく事が必要であるものと考えられた。
【方法】
対象は,脊髄小脳変性症患者12名(男性5名,女性7名)でありICARSは9点から35点で,全員が舌,上下肢,体幹に運動失調を有していながらも現在でも食事を自己摂取する者とした。平均年齢53.2±5.8歳,平均身長164.1±4.4cm,平均体重54.8±3.5kgであった。測定は,受動的食事と能動的食事の2条件を測定した。受動的食事は,1随意的に安定性のある正中位を保持した姿勢,2正中位から体幹失調により逸脱した不良姿勢,3ヘッドレストにて支持した座位姿勢の3条件とした。能動的食事は1クッションなどで正中位を保持させた座位姿勢と,2体幹と上肢に失調を認める不安定座位の2条件とした。全ての条件で嚥下時の筋活動を表面筋電図にて記録し積分値を算出し,20嚥下の平均値をその条件での測定値とした。被検筋は,嚥下の作用を最も反映すると言われている顎二腹筋,胸骨舌骨筋とした。また,頭頸部の姿勢保持筋の作用として胸鎖乳突筋も測定した。嚥下活動は摂取する量により変動するため,試料は増粘剤にて粘性を増した水分5ccに統制した。受動的食事は介助にて摂食させ,能動的食事は自己摂食とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
研究に際して東京医療学院大学倫理審査委員会の承認を得ており(13-07H),対象者に対しては書面にて研究の趣旨などの説明を行い,同意を得た者に対して測定を実施した。
【結果】
嚥下時筋活動の積分値として,受動的食事では,正中位,不良姿勢,ヘッドレスト支持の順に顎二腹筋で0.36±0.09mV,0.22±0.06mV,0.34±0.04mV,胸骨舌骨筋で0.07±0.02mV,0.03±0.01mV,0.06±0.03mV1,胸鎖乳突筋で0.24±0.07mV,0.52±0.13mV,0.18±0.03mVであり,全ての群間で不良姿勢での筋積分値は有意な差を認めた(p<0.05)。能動的食事では正中位座位,不安定座位の順に顎二腹筋で0.29±0.11mV,0.12±0.03mV,胸骨舌骨筋で0.14±0.06mV,0.07±0.02mV,胸鎖乳骨筋で0.22±0.05mV,0.55±0.19mVであり,不良姿勢は全ての群間で差を認めた(p<0.05)。
【考察】SCDにおける嚥下機能は,上肢の操作性と頭頸部の安定性や姿勢の影響により変容する事が示唆された。SCDの摂食動作に多く見られる頸部の過屈曲姿勢は,上肢や体幹の不安定性を補わせる為の代償手段である。運動失調を背景とした機能異常は食事場面において上肢での円滑な箸やスプーンの操作を困難にし,頸部を過剰に屈曲させる事でスプーンや皿に口腔を近づけるという手段で摂食を遂行する。この過屈曲姿勢は,本来嚥下機能として関与しなければならない顎二腹筋や胸骨舌骨筋の活動が姿勢を保持する為の固定筋として作用する運動に変化しているものと推察される。この顎二腹筋と胸骨舌骨筋の姿勢代償作用は結果的に嚥下機能としての活動を抑制していることになるものと考えられた。受動的に摂食を行う際にも安定性のある姿勢での摂食が嚥下活動には有利であると考えられ,不安定な姿勢では嚥下関連筋が姿勢保持筋として作用するため嚥下としては機能障害が発生する傾向が示された。
【理学療法学研究としての意義】
SCDの運動失調に対する直接的な嚥下機能改善のための理学療法は,即時的な効果が得られにくく,進行性であるがゆえに誤嚥に対する介入も積極的には行われていない現状である。今回の結果は,SCDの誤嚥発生に関するメカニズムとして若干の見解が得られた。環境設定を考慮する事でも誤嚥を抑制できる可能性が考えられる。我々,理学療法士が運動の特性として把握する運動失調や姿勢調節障害などの視点を食事場面に向けるだけでも誤嚥発生率を抑制できる可能性があり,今後,継続的に研究を進めていく事が必要であるものと考えられた。