[0394] 精密把握運動時の力調節と指腹部特性
キーワード:精密把握運動, 力調節, 指腹部特性
【はじめに,目的】
物体の把握操作運動において指先と物体間に生じる力の計測は,手の感覚運動機能を評価する手段として重要である。このような力には,(1)物体と指腹部の物理特性によって決定される成分と(2)随意的な調節によって決定される成分がある。昨年,我々は軽量の把握器を開発し,異なる重量および把握面での力調節についての基礎データを本学会で発表した。本研究では,被験者の把握力発揮における制御戦略と指腹部が有する皮膚生理および物理特性について調べることを目的とした。
【方法】
物体把握実験では10名の健康成人(24.7±5歳)を対象とし,先行研究で使用した力覚センサーが装備された把握器(6g)を用いて,自然な把握力での把持課題(通常課題)および最小限の把握力での把持課題(最小課題)を実施した。椅子座位にて母指と示指を用いて把握器を持ち上げ,空中で10秒間保持した後に,ゆっくりと手指の力を緩めることにより把握器を滑り落とさせた。把握器重量には8,22,40,90,150gの5段階,把握面には滑りやすいレーヨン素材を用いた。母指および示指の把握力,把握器の持ち上げ力から,(1)把握開始から5秒後の7秒間における安定保持中の摘み力の平均値(安定把握力),(2)滑り発生直前の摘み力(最小把握力),(3)余剰な摘み力(安全領域値),(4)安定把握力に対する安全領域値の割合(相対的安全領域値),(5)摩擦係数,(6)安定把握力/持ち上げ力の比率を評価指標として算出した。指腹部の物理特性実験では力覚センサーの装着されたアクリルプレートに指腹部を徐々に5Nまで徐々に押し付けることにより,把握力変化に対する指腹部と物体との接触面積をデジタルカメラで記録した。また,ポジションセンサーに装着された力覚センサーを指腹部に徐々に5Nまで押しつけることにより,指腹部の力-皮膚変形関係を測定した。さらに,物体と指腹部の凝着力を測定するために,各把握力(0.03,0.07,0.12,0.3,0.5,0.95,1.6,2.3 N)において把握器を10秒間把持した後に,ゆっくりと把握面から指腹部を引き離すことにより生じた引っ張り力を求めた。統計解析は,分散分析およびSchefféでの多重比較検定で行い,有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
大阪大学医学部研究倫理審査委員会の承認を得ている。全ての被験者に対して書面および口頭での説明を行い,自筆による署名にて同意を得たうえで実施した。
【結果】
重量200gでの安定把握力は,通常課題2.6±0.8Nから最小課題1.5±0.2 N(58%),8gでは0.3±0.04Nから0.1±0.02N(30%)に減少した。相対的安全領域値は両課題ともに40g以下で200gよりも有意に大きかった。母指および示指の指腹部特性としての力-皮膚変形特性および接触面積はべき乗関数での曲線回帰式が最良であった。変形量も面積どちらも軽重量物体把握で用いられる把握力では極めて微小であった。また,凝着力は,重量8gでの安定把握力に占める割合が最大(10%)であり,把握力上昇と共にその割合は有意に減少した。
【考察】
通常把握の結果は,異なる被験者集団で計測した前回の報告(平松ら,2012)とほぼ一致するものであった。また,精密把握運動では随意的にかなり大きく余剰な力を確保していることが明らかとなった。これらのことから手指の戦略的な運動機能の客観的評価としての本実験装置の有用性が示唆された。また,指腹部の物理特性計測から,微小な把握力により皮膚の変形が極めて小さく,接触面積も非常に少ないことが明らかとなった。このため,40g以下の軽量物体において把握力の安全領域値が大きくなる理由として,皮膚の感覚受容器の変形量およびそれらの活動受容器数が軽量物体の操作においてはかなり限定されていたものと考えられた。加えて,凝着力が把握力に占める割合が増大していたことも,微細な随意性の力調節を困難にする要因として推定された。
【理学療法学研究としての意義】
手による物体操作機能の評価は十分に進んでいるとは言い難い。そのため,測定機器の開発と評価方法の確立は重要である。
物体の把握操作運動において指先と物体間に生じる力の計測は,手の感覚運動機能を評価する手段として重要である。このような力には,(1)物体と指腹部の物理特性によって決定される成分と(2)随意的な調節によって決定される成分がある。昨年,我々は軽量の把握器を開発し,異なる重量および把握面での力調節についての基礎データを本学会で発表した。本研究では,被験者の把握力発揮における制御戦略と指腹部が有する皮膚生理および物理特性について調べることを目的とした。
【方法】
物体把握実験では10名の健康成人(24.7±5歳)を対象とし,先行研究で使用した力覚センサーが装備された把握器(6g)を用いて,自然な把握力での把持課題(通常課題)および最小限の把握力での把持課題(最小課題)を実施した。椅子座位にて母指と示指を用いて把握器を持ち上げ,空中で10秒間保持した後に,ゆっくりと手指の力を緩めることにより把握器を滑り落とさせた。把握器重量には8,22,40,90,150gの5段階,把握面には滑りやすいレーヨン素材を用いた。母指および示指の把握力,把握器の持ち上げ力から,(1)把握開始から5秒後の7秒間における安定保持中の摘み力の平均値(安定把握力),(2)滑り発生直前の摘み力(最小把握力),(3)余剰な摘み力(安全領域値),(4)安定把握力に対する安全領域値の割合(相対的安全領域値),(5)摩擦係数,(6)安定把握力/持ち上げ力の比率を評価指標として算出した。指腹部の物理特性実験では力覚センサーの装着されたアクリルプレートに指腹部を徐々に5Nまで徐々に押し付けることにより,把握力変化に対する指腹部と物体との接触面積をデジタルカメラで記録した。また,ポジションセンサーに装着された力覚センサーを指腹部に徐々に5Nまで押しつけることにより,指腹部の力-皮膚変形関係を測定した。さらに,物体と指腹部の凝着力を測定するために,各把握力(0.03,0.07,0.12,0.3,0.5,0.95,1.6,2.3 N)において把握器を10秒間把持した後に,ゆっくりと把握面から指腹部を引き離すことにより生じた引っ張り力を求めた。統計解析は,分散分析およびSchefféでの多重比較検定で行い,有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
大阪大学医学部研究倫理審査委員会の承認を得ている。全ての被験者に対して書面および口頭での説明を行い,自筆による署名にて同意を得たうえで実施した。
【結果】
重量200gでの安定把握力は,通常課題2.6±0.8Nから最小課題1.5±0.2 N(58%),8gでは0.3±0.04Nから0.1±0.02N(30%)に減少した。相対的安全領域値は両課題ともに40g以下で200gよりも有意に大きかった。母指および示指の指腹部特性としての力-皮膚変形特性および接触面積はべき乗関数での曲線回帰式が最良であった。変形量も面積どちらも軽重量物体把握で用いられる把握力では極めて微小であった。また,凝着力は,重量8gでの安定把握力に占める割合が最大(10%)であり,把握力上昇と共にその割合は有意に減少した。
【考察】
通常把握の結果は,異なる被験者集団で計測した前回の報告(平松ら,2012)とほぼ一致するものであった。また,精密把握運動では随意的にかなり大きく余剰な力を確保していることが明らかとなった。これらのことから手指の戦略的な運動機能の客観的評価としての本実験装置の有用性が示唆された。また,指腹部の物理特性計測から,微小な把握力により皮膚の変形が極めて小さく,接触面積も非常に少ないことが明らかとなった。このため,40g以下の軽量物体において把握力の安全領域値が大きくなる理由として,皮膚の感覚受容器の変形量およびそれらの活動受容器数が軽量物体の操作においてはかなり限定されていたものと考えられた。加えて,凝着力が把握力に占める割合が増大していたことも,微細な随意性の力調節を困難にする要因として推定された。
【理学療法学研究としての意義】
手による物体操作機能の評価は十分に進んでいるとは言い難い。そのため,測定機器の開発と評価方法の確立は重要である。