第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 セレクション » 神経理学療法 セレクション

脳損傷理学療法,脊髄損傷理学療法,発達障害理学療法

Fri. May 30, 2014 3:20 PM - 6:50 PM 第13会場 (5F 503)

座長:吉尾雅春(千里リハビリテーション病院), 岡野生也(兵庫県立リハビリテーション中央病院リハビリ療法部)

神経 セレクション

[0444] 半側空間無視に対する直流前庭電気刺激の適切な刺激時間および刺激極性の検討

中村潤二1,2, 喜多頼広1,2, 岡田洋平2, 庄本康治2 (1.西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部, 2.畿央大学大学院健康科学研究科)

Keywords:直流前庭電気刺激, 半側空間無視, 脳卒中

【はじめに,目的】
半側空間無視(Unilateral spatial neglect:USN)に対する治療の一つにカロリック刺激がある。カロリック刺激は,外耳から冷水を注水し,前庭器官を刺激し,USNを改善させる。しかしカロリック刺激は,眩暈や嘔気を引き起こし,副作用の影響が大きく,効果の持続は15分程度のため,臨床での実施は困難である。カロリック刺激に代わる前庭刺激法として,直流前庭電気刺激(Galvanic vestibular stimulation:GVS)がある。GVSは,両側の乳様突起に貼付した電極から微弱な直流電流を通電し,前庭器官を刺激するものである。GVSはカロリック刺激と異なり,刺激強度を調節できるため,眩暈や嘔気などを生じることなく,前庭器官を刺激することが可能である。皮膚感覚閾値下の低強度のGVSをUSN患者に対して実施し,抹消試験を行うことで,この改善が報告されている。しかし,USNに対するGVSの先行研究は少なく,実施中の効果を報告しており,持続効果や刺激時間,刺激極性の違いによる効果の違いを検討した報告は少ない。本研究の目的は,USN患者に対するGVSの刺激時間,刺激極性による影響の違いを検討することとした。
【方法】
対象は初回脳卒中発症後2ヶ月以上を経過し,左USNを呈する患者(USN+群)7名(年齢75.4±9.0歳;女性4名)とUSNを呈さない患者(USN-群)8名(年齢76.6±7.2歳,女性5名)とした。USNはBehaviour Inattention Test(BIT)の通常検査においてカットオフ値以下の場合をUSNとした。GVSは直流電流を用い,両側の乳様突起に自着性電極を貼付して行った。刺激強度は皮膚感覚閾値の70から80%の感覚閾値下とした。刺激時間は20分間とした。GVSの刺激極性は左乳様突起を陰極,右を陽極とした左GVS,右を陰極,左を陽極とした右GVS,電極設置のみのsham刺激の3条件を各対象者に,48時間以上の間隔を空けて無作為の順番で実施した。GVSは経頭蓋直流電気刺激の安全基準に基づき実施した。評価は,BITの線分抹消試験を用いて抹消数を算出し,各条件毎に刺激前,GVS開始から10分後の10分間刺激,20分後の20分間刺激,終了後から24時間後の4条件で測定した。統計解析はUSN+群のみに実施し,反復測定二元配置分散分析およびBonferroni法による多重比較を実施した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は当院倫理委員会の承認を得て実施した。本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者の保護に十分留意し,対象者には,本研究の目的について説明し,自署による同意を得た後に実施した。
【結果】
全症例において疼痛や眩暈などの副作用の訴えはなかった。USN+群における各刺激条件の刺激前の間には有意差は認めなかった(p>0.05)。二元配置分散分析にて,時間による主効果を認め(F=3.33,p=0.026),相互作用が認められた(F=3.13,p=0.01)。多重比較にて,左GVSにおける刺激前と20分間刺激との間に有意な増加がみられ(p<0.001),10分間刺激,24時間後においても増加傾向を示した(p>0.05,GVS前:25.0±11.3,GVS中:27.4±8.8,GVS後:29.6±8.4,24時間後:27.0±9.7)。右GVS(刺激前:25.0±10.9,10分間刺激:26.6±10.4,20分間刺激:26.9±11.4,24時間後:26.9±10.5)やsham刺激(刺激前:27.1±9.8,10分間刺激:25.7±10.0,20分間刺激:26.1±11.2,24時間後:25.9±11.1)に有意な変化はみられなかった(p>0.05)。USN-群では,いずれの刺激条件においても線分抹消数の変化はみられず,全ての線分を抹消した。
【考察】
全症例に副作用の報告はなく,USN-群においても線分抹消数の減少がなかったことから,GVSによる悪影響は少ないと考えられる。今回,左GVSを20分間行った際に有意な線分抹消数の増大がみられ,24時間後にも増加傾向を示した。他の非侵襲性脳刺激法である経頭蓋直流刺激も刺激量の増大に伴い,ワーキングメモリの向上することが報告されており,GVSも刺激量に応じた効果が得られ,10分間よりも20分間の刺激の方が効果を高める可能性がある。GVSを実施すると,前庭皮質やその周辺領域が賦活し,空間性注意の偏移を調節し,USNが改善する可能性があるとされるが,極性によって賦活の様式が異なるされる。左GVSでは,両側の前庭皮質が賦活したのに対して,右GVSでは右側の前庭皮質が賦活するとされる。今回は左GVSにより広範囲に前庭皮質等を賦活したことで効果が高かったのかもしれない。また先行研究では,GVS中に線分二等分試験を実施し,特に右GVSにおいて改善がみられており,本研究とは異なる結果となっている。これには刺激量や患者の重症度,課題の違いが影響している可能性があり,さらなる検討が必要である。
【理学療法学研究としての意義】
GVSは副作用が少なく,USNに対する新たな治療手段となる可能性があるが,適切な刺激方法は明らかではないため,今回の結果から20分間の感覚閾値下の左GVSは,効果的な改善を得られる刺激条件となる可能性がある。