第49回日本理学療法学術大会

Presentation information

発表演題 セレクション » 神経理学療法 セレクション

脳損傷理学療法,脊髄損傷理学療法,発達障害理学療法

Fri. May 30, 2014 3:20 PM - 6:50 PM 第13会場 (5F 503)

座長:吉尾雅春(千里リハビリテーション病院), 岡野生也(兵庫県立リハビリテーション中央病院リハビリ療法部)

神経 セレクション

[0451] 不全脊髄損傷者の歩行能力に関連する髄節レベルごとの筋力と痙縮

長谷川隆史1,2, 原田康隆1, 上村一貴2, 杉山統哉1, 田中宏太佳1, 内山靖2 (1.独立行政法人労働者健康福祉機構中部労災病院, 2.名古屋大学大学院医学系研究科)

Keywords:不全脊髄損傷, 筋力, 痙縮

【はじめに,目的】
近年,脊髄損傷は不全損傷が増加傾向にあり,不全損傷の中でも損傷高位以下に運動機能が残存する者では歩行能力を再獲得する可能性が高く,リハビリテーションの大きな目標の一つとなる。一般的に不全脊髄損傷者の歩行は健常人に比べて歩行速度や持久性が低下しており,歩行能力に関連する因子としては年齢,筋力,痙縮,感覚などがこれまでに報告されている。しかし,不全脊髄損傷者の歩行能力に関連する髄節レベルごとの下肢筋力や痙縮といった詳細な下肢機能について包括的に検討した報告はほとんどない。このため,歩行能力向上を目標とした理学療法介入を行う際,優先的に介入すべき詳細な下肢機能がいまだ明らかとなっていない。
そこで本研究の目的は,不全脊髄損傷者の歩行能力に最も関連する髄節レベルごとの下肢筋力や痙縮を明らかにすることとした。
【方法】
A病院に入院中で平地歩行が可能な不全脊髄損傷者61名を対象とした。年齢は49.8±14.6歳,受傷後日数は121.4±66.8日,ASIA Impairment Scaleは全例D,四肢麻痺45名,対麻痺16名であった。
下肢筋力の評価にはASIA評価基準のL2~S1の5髄節を代表する筋で構成される下肢筋力スコア(LEMS)を用い,痙縮の評価には膝関節屈曲筋と足関節底屈筋のComposite Modified Ashworth Scale(CMAS)を使用した。各髄節の代表筋はそれぞれ,L2股関節屈筋,L3膝関節伸展筋,L4足関節背屈筋,L5足指屈筋,S1足関節底屈筋である。CMASはModified Ashworth Scaleの段階付を0~5に改変したものである。LEMSとCMASは左右別々に合計得点を算出し,LEMSは点数の高い側を,CMASは点数の低い側をそれぞれ軽度側と定義した。本研究では髄節ごとの左右10筋の筋力をそれぞれ,軽度側L2,重度側L2などとし,痙縮は軽度側膝CMAS,重度側足CMASなどとした。
歩行能力の評価は,10m歩行テストと6分間歩行テスト(6WMT)を用いた。10m歩行テストでは快適歩行速度(CWS)と最大歩行速度(MWS)を算出した。
各指標間の相関関係にはSpearmanの順位相関係数を用い,歩行能力に関連する要因抽出では,歩行能力を目的変数,年齢,性別,軽度側と重度側におけるL2~S1の髄節レベルごとの筋力スコア,軽度側膝CMAS,軽度側足CMAS,重度側膝CMAS,重度側足CMASを説明変数としたステップワイズ法による重回帰分析を用い,それぞれ有意水準5%で検証した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は所属施設の倫理委員会の承認(承認番号:10-513)を得て,実施した。全ての対象者に文書と口頭にて十分な説明をし,文書による同意を得た。
【結果】
CWSは1.0±0.3 m/s,MWSは1.4±0.4 m/s,6MWTは433.1±120.1 mであった。軽度側L2~S1の筋力スコアは平均4.3~4.6,重度側L2~S1の筋力スコアは平均3.8~4.4であった。軽度側CMASは平均1.2~1.6,重度CMASは平均1.4~2.0であった。
軽度側と重度側におけるL2~S1の髄節レベルごとの筋力スコアとMWS,CWS,6MWTの間には有意な相関関係がみられた(ρ=0.45~0.65,p<0.01)が,下肢の痙縮とMWS,CWS,6MWTの間には有意な相関関係がみらなかった。
重回帰分析の結果,CWSに対しては重度側L3・軽度側L4・重度側S1,MWSに対しては軽度側L3・重度側S1・重度側膝CMAS・重度側L3,6MWTに対しては軽度側L3・重度側S1・重度側膝CMASが有意な関連因子となった。CWSでは49%の寄与率(標準化係数/重度側L3:0.36,軽度側L4:0.30,重度側S1:0.23),MWSでは59%の寄与率(標準化係数/軽度側L3:0.36,重度側S1:0.35,重度側膝CMAS:-0.27,重度側L3:0.25),6MWTでは53%の寄与率(標準化係数/軽度側L3:0.54,重度側S1:0.35,重度側膝CMAS:-0.20)で説明可能な回帰式が得られた。
【考察】
CWS,MWS,6MWTにおいて,最も関連する因子として膝関節伸展筋が抽出された。膝関節伸展筋は立脚中期における膝の安定性に関与し,これにより安定した交互歩行が可能となる。また,大腿直筋は遊脚初期における股関節屈曲にも作用し,歩幅の増加に関与する。このため,MWSと6MWTではより大きな歩幅を得るために筋力の強い軽度側が関与し,CWSでは歩行の安定性を得るために重度側が関与したのではないかと推察する。
MWSと6MWTにおいて,重度側の膝関節屈曲筋の痙縮が有意な関連因子として抽出されたがCWSでは抽出されなかったのは,痙縮には速度依存性があるためではないかと推察する。
【理学療法学研究としての意義】
不全脊髄損傷者の歩行能力には膝伸展筋力が最も重要な因子であったが,歩行形態によって関連因子が異なり,痙縮や他の筋力も重要な因子であった。得られた指標は理学療法の評価,治療介入,ゴール設定等に有用となる可能性が示唆された。今後は得られた指標を基にした縦断研究や介入研究を行い,更なる検証を行いたいと考える。