第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 セレクション » 神経理学療法 セレクション

脳損傷理学療法,脊髄損傷理学療法,発達障害理学療法

Fri. May 30, 2014 3:20 PM - 6:50 PM 第13会場 (5F 503)

座長:吉尾雅春(千里リハビリテーション病院), 岡野生也(兵庫県立リハビリテーション中央病院リハビリ療法部)

神経 セレクション

[0453] 脊髄損傷対麻痺者の車椅子駆動が大腿静脈血流に与える影響

早川友章1, 安倍基幸2 (1.医療法人愛整会北斗病院, 2.星城大学リハビリテーション学部)

Keywords:脊髄損傷, 深部静脈血栓症, 上肢運動

【はじめに,目的】
脊髄損傷者の合併症の一つとして深部静脈血栓症(以下DVT)がある。この血栓が静脈壁から遊離すると,致命的な肺動脈血栓塞栓症を併発する場合があり,リハビリテーションを行う上で留意すべき合併症の一つである。脊髄損傷者は,DVT発症頻度が高い傾向にあり,最近の我が国の報告では5~10%の頻度である。また,DVTは慢性期においても発症し,脊髄損傷者にとって生涯にわたって予防すべき疾患である。DVTの予防法として,薬物的予防法以外の理学的予防法では,深呼吸・足関節他動運動(以下他動運動)・弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法などにより予防が図られている。しかし,慢性期脊髄損傷対麻痺者(以下脊損者)での報告は乏しい。また,脊損者は社会復帰後,車椅子座位時間が長くなるが,座位では血流うっ滞を起こし易く,DVT発症頻度が高いとされている。そこで,本研究では効率的な予防法として,先行研究では報告されていない,残存機能を利用した車椅子駆動が下肢静脈血流に与える影響について検討することを目的とした。
【方法】
対象は男性脊損者9名である。脊損者の脊髄損傷高位は第6~12胸髄,受傷からの期間は平均92.1ヶ月,ASIA Impairment Scaleは全例Aであった。対照として,年齢・身長・体重に有意差のない男性健常者10名を選んだ。実施内容は,車椅子座位にて安静後,車椅子ローラー上で駆動を5分間実施した。運動負荷量は車椅子駆動速度で設定し,4kg/h・8kg/h・12kg/hとした。測定項目は,左大腿静脈の最大血流速度・分時血流量・分時換気量・血圧・脈拍数とした。最大血流速度はエコー・パルスドプラ法を用いて測定し,分時血流量は平均血流速度・静脈直径から算出した。分時換気量はスパイロメーターを用いて測定した。血圧・脈拍数は電子非観血式血圧計を用いて右上腕動脈で測定した。測定はそれぞれ,安静時・車椅子駆動開始5分後に実施した。また,車椅子駆動時の結果は,安静時を100%とした変化率で示した。統計処理はTukeyの多重比較検定を用い,危険率は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,星城大学研究倫理委員会より承認されたものであり(承認番号:2012C0003),測定に先立ち,全ての参加者に研究の目的・方法を説明し同意を得た。
【結果】
安静座位での最大血流速度は脊損者で7.7±1.7 cm/sec,健常者で11.8±5.9cm/secと脊損者は健常者と比較し減少傾向であった。安静座位での分時血流量は脊損者で64.3±29.3 dl/min,健常者で137.6±99.0dl/minであり,脊損者は有意に減少していた(P<0.05)。分時換気量・血圧・脈拍数は両群間に差を認めなかった。車椅子駆動時の最大血流速度・分時血流量・分時換気量・脈拍数は駆動速度増加に伴い増加する傾向にあった。最大血流速度は両群で8km/h(脊損者:143.1±33.6%・健常者:169.9±85.2%)・12km/h(脊損者:170.8±42.6%・健常者:161.3±37.6%)にて有意に増加した(8km/h:P<0.05・12km/h:P<0.01)。分時血流量は両群で12km/h(脊損者223.8±126.6%・健常者:254.9±128.1%)において有意に増加した(P<0.01)。また,分時換気量は両群で4km/h・8km/h・12km/hにて有意に増加した(P<0.01)。血圧は車椅子駆動により変化しなかった。脈拍数は両群で4km/h・8km/h・12km/hにおいて有意に増加した(P<0.01)が,両群間に差は認めなかった。
【考察】
安静座位における大腿静脈の最大血流速度・分時血流量は,健常者と比較し脊損者で減少していた。脊損者の座位では下肢の麻痺・重力の影響に伴い,下腿の静脈に血流うっ滞が生じており,これがDVT発症の要因になると考える。これに対し車椅子駆動では,脊損者・健常者ともに大腿静脈の最大血流速度・分時血流量は増加した。この要因として呼吸ポンプ作用の増強があげられる。吸気・呼気の腹腔内圧の圧較差から,呼気時には下肢静脈から腹腔へ移動する血液量は増加する。車椅子駆動による運動負荷で,分時換気量増加に伴い,呼吸ポンプ作用が増強したことが大腿静脈の最大血流速度・分時血流量が増加した要因と考える。脊損者における4~12kg/hの車椅子駆動,またはそれに相当する上肢運動が,DVT発症に対する予防法となり得るのではないかと考える。さらにその効果は,より駆動速度を速く,運動強度を増加させることにより,増強する可能性があることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
脊損者における車椅子駆動は大腿静脈の最大血流速度・分時血流量を増加させる手段として有効である。車椅子座位時間が長い脊損者にとって,車椅子駆動を実施することは有用なDVT予防策になり得ると思われる。