第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 セレクション » 神経理学療法 セレクション

脳損傷理学療法,脊髄損傷理学療法,発達障害理学療法

Fri. May 30, 2014 3:20 PM - 6:50 PM 第13会場 (5F 503)

座長:吉尾雅春(千里リハビリテーション病院), 岡野生也(兵庫県立リハビリテーション中央病院リハビリ療法部)

神経 セレクション

[0454] 非常に稀な特発性脊髄クモ膜下出血による重度対麻痺患者に対し,早期より積極的に装具療法を施行した一例

湯川晃矢, 木下利喜生, 藤田恭久, 森木貴司, 西村行秀, 中村健 (公立大学法人和歌山県立医科大学附属病院)

Keywords:脊髄クモ膜下血腫, ブラウンセカール症候群, 予後予測

【はじめに,目的】
脊髄クモ膜下血腫(Spinal Subarachnoid Hematoma;SSH)は血管腫や血管奇形により脊髄を覆う3層の髄膜のうちクモ膜と軟膜の間に出血,血腫が生じる疾患である。クモ膜下腔に出血が生じた場合,脳脊髄液の希釈や拍動により血腫は形成されにくいため,発症頻度は1/220,000人と非常に稀な疾患である。症状は出血レベルに一致した突発的な背部痛と頭痛が主体であり,血腫の大きさによって脊髄や神経根を圧迫し脊髄損傷をきたす。これまでにSSHにおける臨床的診断法,外科的処置の治療結果に関する報告はあるが,SSHに起因する脊髄損傷者に対するリハビリテーション(リハ)介入後の経過や機能的予後に関する報告はない。今回,SSHにより対麻痺を呈した症例を担当した。早期に手術加療が施行され減圧術が可能であったことや感覚障害の出現形式から麻痺の改善が見込まれたため,歩行獲得までの機能改善を予測し,急性期より積極的な装具療法を行った結果,退院後すぐの職場復帰が可能となった。正確な初期評価と予後を踏まえた積極的なリハの重要性を再認識したので報告する。
【方法】
30歳女性,同年3月下旬に頸部痛と胸部から両足趾のしびれ,両下肢麻痺が出現し,当院へ緊急搬送。MRIでTh2~3に硬膜下血腫(術中所見よりSSHと診断)認め,緊急手術(Th1~4椎弓切除術+血腫除去術)施行され,術翌日よりベッド上でのROM維持・筋力増強目的でリハ開始となる。現症は意識清明で背部痛の訴えを認めた。ROMに制限なく,筋力はMMT両上肢5,体幹1,両下肢0,感覚はTh4以下にしびれを自覚し,かつ左半身の温痛覚が脱失していた。深部腱反射は両側とも膝蓋腱とアキレス腱で消失しており,改良Frankel分類はB3であった。ADLはベッド上安静のため食事動作以外がほぼ全介助であった。
症例は重度の対麻痺ではあったが,年齢も若く,減圧術も発症早急に行われており,また感覚障害がブラウンセカール型(BSS)であるため脊髄の圧迫が半側に強いと思われた。そのため,少なくとも一側下肢の麻痺は改善し,対側に装具を使用すれば歩行可能になると判断し,リハ目標を歩行獲得での自宅復帰とした。術後10日後に安静度の制限がなくなり,リハ室での長座位や移乗動作練習を開始。術後18日でトランスファー自立となり,備品の両側金属支柱付長下肢装具(LLB)を装着しての歩行練習を開始した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本症例の倫理的配慮として,ヘルシンキ宣言に基づき口頭での十分な説明により本人に発表の同意を得た。
【経過と結果】
術後23日で左下肢の麻痺が改善しはじめ,歩行時の膝折れが認めなくなったためLLBから両側金属支柱付短下肢装具(SLB)に変更。その後リハ医と検討し,本人用の右LLBと左SLBを作製。術後44日では膝周囲筋がMMT右2+左4と改善し,右下肢もSLBへ変更,杖歩行も可能となった。術後66日目にはさらなる機能改善を認め,左下肢の装具を除去,右下肢にはプラスチック製短下肢装具(SHB)を作製した。その後,家屋訪問や公共交通機関を利用した外出練習を実施し,自宅で必要な階段昇降や床上動作練習を中心に進め,術後88日で自宅退院となった。退院時の現症は,筋力は下肢MMT右3左5-,感覚障害に変化はなく,深部腱反射は膝蓋腱で右3左2,アキレス腱で右3左2と変化を認め,改良Frankel分類ではD2に分類された。歩行は右下肢SHB使用で屋内独歩,屋外は杖歩行自立となり,公共交通機関を利用し,職場復帰も可能となった。
【考察】
SSHの原因は外傷性,動脈奇形からの出血などが起因であり,凝固異常や腰椎穿刺後もその誘因とされている。その中でも特発的に起こる原因不明のSSHに関する報告は少ない。本症例は特発的にSSHを発症し,Th4以下のBSSの対麻痺を呈した稀な症例である。発症初期の感覚障害がBBS型であったことより,少なくとも一側下肢の麻痺改善は見込んでいた。それに加え,SSHの手術成績は比較的早期の減圧術で良好で,24時間以上経過した場合に予後不良であったとの報告があり,本症例も24時間以内に手術を施行したことや年齢が若かったことが,さらなる機能改善に寄与した可能性が考えられた。
また正確に初期評価を実施し,その情報から予後予測・目標を設定し,一貫として歩行獲得にむけて機能回復に合わせた装具療法を継続したことがADL向上に繋がったと考える。本症例は良好な経過であったが,すべてのSSHの症例にこの経過が当てはまることはなく,重度な機能障害が残存する場合も考えられる。つまり正確な初期評価と目標設定が重要であると考える。
【理学療法学研究としての意義】
SSHに対してのリハ介入の臨床的検討は一般的に普及していないため,今回の症例提示が今後SSHの機能回復の経過やリハ介入方法の一助になるものと考える。