第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 ポスター » 基礎理学療法 ポスター

運動制御・運動学習9

Fri. May 30, 2014 4:15 PM - 5:05 PM ポスター会場 (基礎)

座長:笠原敏史(北海道大学大学院保健科学研究院保健科学部門)

基礎 ポスター

[0521] 高齢者の着座動作のバイオメカニクス分析

服部宏香1, 谷本研二2, 脇本祥夫3, 波之平晃一郎2, 阿南雅也4, 新小田幸一4 (1.社会医療法人全仁会倉敷平成病院, 2.広島大学大学院医歯薬保健学研究科保健学専攻博士課程後期, 3.医療法人サカもみの木会緑井整形外科人工関節センター, 4.広島大学大学院医歯薬保健学研究院応用生命科学部門)

Keywords:高齢者, 着座動作, バイオメカニクス

【はじめに,目的】
加齢に伴う身体機能の低下により,高齢者の多くが,日常生活中の諸動作で若年者と異なる動作戦略を用いることが知られている。起立動作とともに日常で頻繁に行われる着座動作は,重力の作用する環境下で身体重心(以下,COM)の空間座標を下肢各関節で制御し,滑らかに後下方に変位させる能力が要求される。この制御が不十分となり,起立動作よりも再獲得に時間を要する高齢患者を臨床の場では経験することが少なくない。しかし,高齢者の着座動作に関して運動学,運動力学的な観点から詳細に捉えた報告は少ない。そこで,本研究は高齢者と若年者の着座動作戦略の違いを運動学,運動力学的観点から比較し,高齢者の着座動作のバイオメカニクスを明らかにすることを目的として行った。
【方法】
被験者はシルバー人材センターに登録していた65歳以上の高齢群23人(男性10人,女性13人,平均年齢70.7±2.3歳),健常若年群20人(男性10人,女性10人,平均年齢23.6±2.2歳)であった。被験者は自らが感じる快適な動作スピードで,静止立位姿勢から下腿長の座面高の椅子への着座動作を行った。動作中の運動学データは身体各標点に貼付した赤外線反射マーカの空間座標を赤外線カメラ6台からなる三次元動作解析システムVICON MX(Vicon社製)にて,運動力学データは床反力計(テック技販社製)4基にて取得した。動作の開始は最大体幹前傾角速度出現以前に最後に角速度が負から正に転じる瞬間とし,動作の終了は最大体幹前傾角速度出現以降に最初に角速度が負から正に転じる瞬間とした。また,動作開始から最大体幹前傾角速度出現以降に最初に角速度が正から負に転じる瞬間までをCOM下方移動相とした。解析項目は,動作所要時間,動作所要時間に対するCOM下方移動相の時間割合,COM下方移動相中のCOM下方および後方速度最大値,下肢各関節角度変位量,足関節背屈角度最小値出現時間を求めた。また,動作中の関節角速度と関節モーメントの積から関節パワーを算出し,足関節背屈運動中に発揮される負のパワー絶対値の最大値,負のパワー発揮開始時間を求めた。統計学的解析には統計ソフトウェアSPSS14.0J for Windows(エス・ピー・エス・エス社製)を用いて2群間の比較を行い,正規性が認められなかった場合にはMann-Whitneyの検定を,正規性が認められた場合には等分散性を検定し,等分散性が仮定された場合には対応のないt検定を,等分散性が仮定されなかった場合にはWelchの検定を行った。なお有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に沿い,研究の実施に先立ち,本研究の行われた機関の倫理委員会の承認の後,被験者に研究の意義と目的について十分に説明し,口頭および文書による同意を得て実施した。
【結果】
動作所要時間,COM下方移動相の時間割合は両群間で有意差を認めなかった。COM下方および後方速度最大値は高齢群が若年群より有意に低かった。股関節屈曲角度変位量は高齢群が若年群より有意に大きく,足関節背屈角度最小値出現時間は高齢群が若年群より有意に早かった。足関節背屈運動中の負のパワー絶対値の最大値は高齢群が若年群より有意に大きく,負のパワー発揮開始時間は高齢群が若年群より有意に早かった。
【考察】
高齢群では,COMに大きな後下方への速度が生じると,姿勢制御システムの変化のために,COMを滑らかに変位させることが困難になると考えられる。そのため,股関節屈曲によってそれより上位の身体重量を利用し,COMを極力前方に保持していたと考えられる。一方,COM下方移動相中は,足関節は両群とも底屈モーメントを発揮しており,動作開始から底屈運動を行い背屈角度最小値をとった後,背屈運動を行っていた。即ち,足関節負のパワーは底屈筋の遠心性収縮が行われていたことを示す。足関節背屈角度最小値出現時間,足関節背屈運動中の負のパワー発揮開始時間,負のパワー絶対値の最大値の結果から,高齢群では早期から大きな足関節底屈筋の遠心性収縮を要求されることが分かった。足関節は背屈運動によって,近位の関節に安定した土台を提供する役割があるとされており,高齢群では股関節の運動を補助するために早期から足関節による制御が要求されたと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の意義は,高齢者と若年者の着座動作戦略の違いを,運動学,運動力学的な観点から明らかにし,高齢者の着座動作では,COMの移動を緩やかに行うために,股関節と足関節においてより高い協調性が必要であることを示したことである。今後,動作戦略を変化させる要因として,動作中の下肢筋活動の特徴を検討することにより,高齢者の着座動作戦略に対する理解をより深めることができると推察する。