[0805] 健常成人に対する陽極tDCSは膝関節伸展・屈曲最大筋力を増大させるか
キーワード:経頭蓋直流電気刺激, 膝, 筋力
【はじめに,目的】
近年,脳卒中に対する神経リハビリテーションの1つとして経頭蓋直流電気刺激(transcranical direct current stimulation:tDCS)の治療効果が脳卒中片麻痺患者の上肢等で報告されている。しかし下肢機能に関する報告は少なく,健常成人を対象とした下肢筋力に関する先行研究では,1次運動野の下肢領域に対し2mA,10分間の陽極tDCSを実施したところ,足趾のピンチ力が向上した(Tanaka,2009)との報告があるが,膝関節周囲の筋力変化に関する報告はほとんど見当たらない。そのため,本研究では健常成人に対してtDCSを実施し,膝関節伸展・屈曲最大筋力が増大するかを明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は右利きの健常成人男性18名(平均28±7歳)とした。対象者を無作為にtDCS刺激群9名・偽刺激群9名の2群に割り付け,対象者・測定者ともに刺激の有無が分からない二重盲検にて研究を実施した。tDCSによる刺激は先行研究(Tanaka,2009)を参考とし,刺激強度2mAで10分間行った。偽刺激は課題開始から数秒のみ2mAの刺激を与え,その後刺激を与えない設定した。tDCSはDC-STMULATOR GmbH製を選択し,35cm2(5×7cm)の電極を用いた。陽極位置は先行研究(Kaski D,2012)や解剖学的知見より国際10-20法の「Cz上」に,陰極は「左眼窩上面」に設置した。解剖学より1次運動野下肢領域は大脳皮質の内側に位置し中心溝より前方に位置する。また国際10-20法ではCz後方に中心溝があるため,今回Cz上を左下肢運動領域と定め陽極をこの位置に規定した。
評価項目は左下肢の膝関節伸展と膝関節屈曲の最大筋力とし,刺激前,刺激直後,刺激より30分後にそれぞれ計測を行った。刺激前の測定値を100%とし,刺激後の変化率を算出した。膝関節伸展・屈曲最大筋力はバイオデックス(酒井医療)にて等速性(角速度60°)の最大トルクを計測した。計測肢位は坐位にて体幹・骨盤をベルトにて固定し,膝関節90度屈曲位から,膝伸展0度間を測定した。5回計測し,中3回の最大トルクの平均値を体重で除し算出した。また筋疲労を考慮し刺激前の評価から30分間空け,刺激(偽刺激)を開始した。またtDCS施行中の主観的な不快感と痛みを0~10段階のNumeric Rating Scale(以下:NRS)にて評価した。
統計処理はSPSSを使用し,2群間の比較(Mann-Whitney)・刺激前後での群内比較(Tukeyの多重比較)を行った。尚,有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
対象者には本研究の趣旨を説明し,書面にて同意を得て実施した。
【結果】
刺激前の測定値を基準とすると,tDCS刺激群(9名)の膝伸展筋力は76.9~114.2%(刺激直後)・82~120.9%(30分後),膝屈曲筋力は80.4~112.3%(刺激直後)・85.8~129.5%(30分後)となり,刺激前後において各筋力値に統計学的有意差は認められなかった。
偽刺激群(9名)の膝伸展筋力は81.9~113.5%(刺激直後)・76.8~120.5%(30分後),膝屈曲筋力は89.8~114.5%(刺激直後)・89.1~120.2%(30分後)であり,tDCS刺激群・偽刺激群の2群間に有意差は認められなかった。いずれの群においても刺激後に各筋力値が増加する者・減少する者がみられる結果となった。また痛み・不快感は共に全被験者でNRS4以下であった。
【考察】
今回,陽極tDCSによって1次運動野の下肢領域が賦活され膝関節周囲の筋力が増大するとの仮説を立て研究を行った。tDCS刺激群・偽刺激群ともに刺激後の筋力が対象者によって約80~120%と増減する結果となり,陽極tDCSによる最大筋力の増大は証明されなかった。筋力の減少した理由として課題に伴う筋疲労が挙げられ,測定中に筋疲労を訴える対象者が数名みられた。筋力が増加した理由はtDCS刺激の効果やプラセボ効果が挙げられ,実際,偽刺激群にも「ピリピリ」という感覚を持った者も多く,心理的な影響が考えられた。臨床応用の点では被験者全てに強い不快感や痛みを訴えることなく施行できる点は有用であり,また先行研究(Tanaka,2011)では脳卒中片麻痺患者に対し2mA,10分間の陽極刺激後,麻痺側の膝伸展最大筋力が有意に向上を認めたとの報告から,機能低下を起こしている患者には有効な可能性がある。しかし今回の研究課題として,電極の位置を電気生理学的な検査を行わず規定したため,正確性が不十分であった。また最大筋力だけでなく筋の巧緻性や俊敏性の機能の変化を評価する必要性があると感じた。そして筋疲労へ配慮を行い,長期介入としての効果も検証していく必要性があると考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
tDCSの研究はポジティブな報告が多いが,健常者に対し,膝関節最大筋力へのtDCS単独かつ即時的な影響は低い可能性があるというネガティブな報告として意義があると考えられる。
近年,脳卒中に対する神経リハビリテーションの1つとして経頭蓋直流電気刺激(transcranical direct current stimulation:tDCS)の治療効果が脳卒中片麻痺患者の上肢等で報告されている。しかし下肢機能に関する報告は少なく,健常成人を対象とした下肢筋力に関する先行研究では,1次運動野の下肢領域に対し2mA,10分間の陽極tDCSを実施したところ,足趾のピンチ力が向上した(Tanaka,2009)との報告があるが,膝関節周囲の筋力変化に関する報告はほとんど見当たらない。そのため,本研究では健常成人に対してtDCSを実施し,膝関節伸展・屈曲最大筋力が増大するかを明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は右利きの健常成人男性18名(平均28±7歳)とした。対象者を無作為にtDCS刺激群9名・偽刺激群9名の2群に割り付け,対象者・測定者ともに刺激の有無が分からない二重盲検にて研究を実施した。tDCSによる刺激は先行研究(Tanaka,2009)を参考とし,刺激強度2mAで10分間行った。偽刺激は課題開始から数秒のみ2mAの刺激を与え,その後刺激を与えない設定した。tDCSはDC-STMULATOR GmbH製を選択し,35cm2(5×7cm)の電極を用いた。陽極位置は先行研究(Kaski D,2012)や解剖学的知見より国際10-20法の「Cz上」に,陰極は「左眼窩上面」に設置した。解剖学より1次運動野下肢領域は大脳皮質の内側に位置し中心溝より前方に位置する。また国際10-20法ではCz後方に中心溝があるため,今回Cz上を左下肢運動領域と定め陽極をこの位置に規定した。
評価項目は左下肢の膝関節伸展と膝関節屈曲の最大筋力とし,刺激前,刺激直後,刺激より30分後にそれぞれ計測を行った。刺激前の測定値を100%とし,刺激後の変化率を算出した。膝関節伸展・屈曲最大筋力はバイオデックス(酒井医療)にて等速性(角速度60°)の最大トルクを計測した。計測肢位は坐位にて体幹・骨盤をベルトにて固定し,膝関節90度屈曲位から,膝伸展0度間を測定した。5回計測し,中3回の最大トルクの平均値を体重で除し算出した。また筋疲労を考慮し刺激前の評価から30分間空け,刺激(偽刺激)を開始した。またtDCS施行中の主観的な不快感と痛みを0~10段階のNumeric Rating Scale(以下:NRS)にて評価した。
統計処理はSPSSを使用し,2群間の比較(Mann-Whitney)・刺激前後での群内比較(Tukeyの多重比較)を行った。尚,有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
対象者には本研究の趣旨を説明し,書面にて同意を得て実施した。
【結果】
刺激前の測定値を基準とすると,tDCS刺激群(9名)の膝伸展筋力は76.9~114.2%(刺激直後)・82~120.9%(30分後),膝屈曲筋力は80.4~112.3%(刺激直後)・85.8~129.5%(30分後)となり,刺激前後において各筋力値に統計学的有意差は認められなかった。
偽刺激群(9名)の膝伸展筋力は81.9~113.5%(刺激直後)・76.8~120.5%(30分後),膝屈曲筋力は89.8~114.5%(刺激直後)・89.1~120.2%(30分後)であり,tDCS刺激群・偽刺激群の2群間に有意差は認められなかった。いずれの群においても刺激後に各筋力値が増加する者・減少する者がみられる結果となった。また痛み・不快感は共に全被験者でNRS4以下であった。
【考察】
今回,陽極tDCSによって1次運動野の下肢領域が賦活され膝関節周囲の筋力が増大するとの仮説を立て研究を行った。tDCS刺激群・偽刺激群ともに刺激後の筋力が対象者によって約80~120%と増減する結果となり,陽極tDCSによる最大筋力の増大は証明されなかった。筋力の減少した理由として課題に伴う筋疲労が挙げられ,測定中に筋疲労を訴える対象者が数名みられた。筋力が増加した理由はtDCS刺激の効果やプラセボ効果が挙げられ,実際,偽刺激群にも「ピリピリ」という感覚を持った者も多く,心理的な影響が考えられた。臨床応用の点では被験者全てに強い不快感や痛みを訴えることなく施行できる点は有用であり,また先行研究(Tanaka,2011)では脳卒中片麻痺患者に対し2mA,10分間の陽極刺激後,麻痺側の膝伸展最大筋力が有意に向上を認めたとの報告から,機能低下を起こしている患者には有効な可能性がある。しかし今回の研究課題として,電極の位置を電気生理学的な検査を行わず規定したため,正確性が不十分であった。また最大筋力だけでなく筋の巧緻性や俊敏性の機能の変化を評価する必要性があると感じた。そして筋疲労へ配慮を行い,長期介入としての効果も検証していく必要性があると考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
tDCSの研究はポジティブな報告が多いが,健常者に対し,膝関節最大筋力へのtDCS単独かつ即時的な影響は低い可能性があるというネガティブな報告として意義があると考えられる。