第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 口述 » 運動器理学療法 口述

骨・関節12

Sat. May 31, 2014 3:45 PM - 4:35 PM 第12会場 (5F 502)

座長:神戸晃男(金沢医科大学病院医療技術部心身機能回復技術部門)

運動器 口述

[1171] 慢性疼痛患者に対する運動療法による疼痛改善効果に関与する精神心理社会的因子の検討

宇野彩子1, 城由起子2, 松原貴子3 (1.舞子台病院リハビリテーション科, 2.名古屋学院大学リハビリテーション学部, 3.日本福祉大学健康科学部)

Keywords:運動療法, 運動器慢性痛, 精神心理社会的因子

【はじめに,目的】
痛みは一感覚というだけでなく情動的ならびに認知的側面など多面性を有している。特に慢性痛は情動・認知的側面が色濃く反映される病態であり,また精神心理社会的因子によりその病態は複雑化している可能性が指摘されている。近年,このような慢性痛に対し運動療法が主観的疼痛や身体機能を改善させるとの報告は多く(Balague 2012, van Middelkoop 2011),中でも,個別にデザインされたプログラムをホームエクササイズとしてセラピストによるフォローアップの下で行うsupervised exercise therapyが有効であるとされている(Koes 2010, Hayden 2005)。しかし,このような運動療法の効果における患者の情動・認知的側面や精神心理社会的因子の関与についての報告はほとんど見受けられない。そこで,運動器慢性痛患者を対象に,運動療法による疼痛改善効果と精神心理社会的因子の関係性について検討した。
【方法】
対象は,3か月以上続く膝または腰の痛みにより当院を受診した外来患者22名(男性2名,女性20名,平均年齢59.7±19.0歳)で,そのうち膝痛9名(女性9名,平均年齢70.4±14.3歳),腰痛13名(男性2名,女性11名,平均年齢52.2±18.6歳)であった。なお,明らかな外傷や急性痛症状,神経症状を呈する者,手術の既往がある者は除外した。すべての対象者にsupervised exercise program(セラピストの管理下で個別にデザインした運動プログラムをホームエクササイズとして実施)を1か月間実施した。なお,セラピストによるフォローアップは週1回のペースで行い,その都度フィードバックにもとづき運動プログラムを修正し実施させた。評価項目は,膝または腰の主観的疼痛強度(visual analogue scale:VAS),疼痛関連機能障害(pain disability assessment scale:PDAS),さらに精神心理因子として不安・抑うつ(hospital anxiety and depression scale:HADS)とカタストロファイジング(pain catastrophizing scale:PCS,下位尺度:反芻,無力感,拡大視),社会的因子として家庭内役割,社会参加および同居家族の有無とした。得られた値から,介入1か月後のVASが介入前の20%以上減少した者(改善群)としなかった者(非改善群)に分類し,各項目について比較検討した。統計学的解析は,各項目の群間比較をMann-WhitneyのU検定またはχ2検定,経時変化の比較をWilcoxonの符号付き順位和検定にて行った。なお有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
すべての対象者には,ヘルシンキ宣言にもとづき研究内容,個人情報保護対策,研究への同意と撤回について説明し,同意を得た。また,研究の実施に際しては,安全管理および個人情報保護に努めた。
【結果】
改善群は非改善群に比べ介入前にHADSの抑うつが有意に高値であり,社会参加をしている者,同居家族がいる者が多い傾向を示した。また,1か月間の介入により改善群ではPDASおよびPCSの全下位項目で有意な改善を示した一方,HADSは変化しなかった。非改善群では全項目で変化を認めなかった。
【考察】
改善群ではsupervised exercise programを実施することで1か月の短期間に主観的疼痛強度,身体機能とともにカタストロファイジングも改善したことから,運動療法は疼痛のとらえ方を変化させることで疼痛認知を是正し疼痛抑制効果をもたらす可能性が示唆された。一方,1か月間の短期介入では疼痛情動に変化をもたらすまでには至らなかった。また,非改善群に比べ改善群は社会参加をしている者や同居家族のいる者が多かった。慢性痛有訴者では,独居者の比率が高いこと(井上2012),また,社会・家族からの孤立や支援の過少・過多,失職・職場問題,生産性喪失などの社会的問題を抱えていること(Alon 2012)などが報告されており,社会的因子が痛みのみならず身体機能や情動・認知にさまざまな影響を与え,慢性痛の病態をより複雑化させることが推察される。今回の結果から,運動療法による疼痛改善効果も,慢性痛患者の社会的因子による影響を受ける可能性が示唆された。これらのことから,慢性痛のマネジメントにおいては,患者の身体機能のみに注視することなく,疼痛情動・認知に焦点を当て,さらに精神心理社会的問題の改善に向けた治療介入が必要であると考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
運動器慢性痛に対する運動療法が痛みの精神心理社会的因子への影響を含め多面的かつ包括的なアプローチとして疼痛関連障害の改善をもたらす可能性を示したことは興味深く,精神心理社会的アプローチを含め構成される運動療法プログラムが有効な慢性痛治療法構築の一助となりうることを提案できた点で本研究は非常に意義深いと考える。