[1225] 脳性麻痺児の歩行障害に対する模倣を用いた治療介入と経過報告
キーワード:脳性麻痺, 歩行障害, 模倣
【はじめに,目的】
近年,脳性麻痺児の上肢に対する模倣を用いた運動観察トレーニングにより,運動能力が向上し,持続的な効果も報告されてきているが,下肢に関する報告はない。今回,脳室周囲白質軟化症と診断された脳性麻痺児(以下,CP児)で独歩が困難な症例に対し,他者の下肢動作を観察し,それを模倣する課題を行い,歩行能力の改善に繋がったので報告する。
【方法】
対象はMRIにて脳室周囲白質軟化症と診断された6歳半の男児1名(GMFCSレベル4)。2歳より当院にてPTを開始し,6歳半より下肢に対する模倣を用いた治療介入を開始した(1回/週)。発達歴は定頚8か月,寝返り1歳,座位2歳,つかまり立ち3歳半,歩行器歩行6歳4か月であった。介入前の理学療法評価の結果,運動面は,物を把持した立ち上がり動作は可能であるが,持続的な立位保持は困難で,伝い歩きは数歩可能であったが独歩は困難であった。歩行器歩行は2~3mのみですぐにしゃがみこむ状態であった。下肢の分離運動は,座位にて膝屈伸は可能だが,足関節の分離運動は困難であった。日常生活での屋外移動はバギーにて移送され,屋内移動は四つ這いが主体であった。粗大運動能力尺度(GMFM)の総合点は65.4%であり,ゴール総合点(立位と歩行,走行とジャンプ領域)は18.7%であった。感覚の評価では,下肢の全屈曲,全伸展の位置覚の判別が困難であった。知的面では,興味のある一人遊びでは注意の持続は良好であるが,他者とのやりとり中では注意の持続が困難なことが多かった。模倣能力は,上肢を使用した模倣(バイバイなど)は可能であるが,下肢を使用した模倣は困難であった。社会面では,リハビリの治療課題を実施しようとすると,奇声をあげたり,他者を叩くなどの衝動的行動が見られた。コミュニケーションは,日常会話の理解は可能で,発語は3語文程度であり,簡単な言葉のやりとりは可能であった。以上より問題点として,①独歩が困難で,立位保持のための下肢支持能力が欠如していること,②下肢の位置覚に問題があること,③下肢を使用した模倣が困難であること,④他者とのやりとりが困難であることなどが挙げられた。これらの問題点に対し,本症例ができるだけ興味を引くボールでのやりとりを選択し,他者とのやりとりの中で下肢運動を観察させ,模倣を促すことで,自分の下肢に注意を向けさせ,下肢運動の改善,独歩の獲得に繋がるのではないかと考えた。
方法は,本症例と治療者は椅子座位にて対面し,先ず治療者のボールを蹴る動作を幾度か観察させた。次に,自己の下肢への注意喚起と共に,その動作の模倣を促すことで,ボールを蹴り合うやりとりの成立を目指した。立位保持の改善に合わせ,下肢に注意を喚起させながら歩行経験の促進も実施した。
【倫理的配慮,説明と同意】
対象児の両親に,本発表の目的と意義を口頭にて説明し同意を得た。
【結果】
運動面は,治療開始から6か月後の7歳で独歩が5歩程可能となり,1年5か月後(7歳11か月)には,連続50m程の独歩が可能となった。また,歩行中にいったん停止し再度歩くことや方向転換,手すりを使用してスロープや階段の昇降が可能となった。日常生活での移動手段は移送から歩行器歩行となったことでGMFCSレベルは3へと改善した。GMFMの総合点は,65.4%から82.9%まで改善し,ゴール総合点は18.7%から57.2%に改善がみられた。感覚に関しては,下肢の全屈曲,全伸展の位置覚の判別が可能となった。知的面では,初めはやりとりが成立せず,ボールを蹴ることもできなかったが,少しずつ下肢の模倣行動が正確になり,ボールを蹴るやりとりが可能となった。社会面では,衝動的行動が減少し,他者とのやりとりをする時間が数分から数十分へ延長した。
【考察】
今回,独歩困難なCP児に対し,ボールを蹴るやりとりによる模倣を用いた治療を実施した結果,下肢を使用した他者とのやりとりが可能となり,模倣行動が正確になるにつれ歩行能力も向上した。これは,模倣プロセス,つまり他者の行動を観察し,自己の身体の運動と比較,照合していくことで,運動を修正,改善することが出来ていった結果であると考えられる。今回の結果より,他者と経験を共有した上での模倣を通したやりとりにより,運動や知覚の改善や歩行の獲得といった運動発達に繋がる可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
歩行障害をもつCP児の下肢への治療報告は少なく,脳性麻痺児の下肢に対する運動観察トレーニングの効果を示した報告はない。本発表は,CP児に対して模倣を使ったやりとりを取り入れることで,運動を学習できる可能性を示唆しており,今後の治療介入の一助となると思われる。
近年,脳性麻痺児の上肢に対する模倣を用いた運動観察トレーニングにより,運動能力が向上し,持続的な効果も報告されてきているが,下肢に関する報告はない。今回,脳室周囲白質軟化症と診断された脳性麻痺児(以下,CP児)で独歩が困難な症例に対し,他者の下肢動作を観察し,それを模倣する課題を行い,歩行能力の改善に繋がったので報告する。
【方法】
対象はMRIにて脳室周囲白質軟化症と診断された6歳半の男児1名(GMFCSレベル4)。2歳より当院にてPTを開始し,6歳半より下肢に対する模倣を用いた治療介入を開始した(1回/週)。発達歴は定頚8か月,寝返り1歳,座位2歳,つかまり立ち3歳半,歩行器歩行6歳4か月であった。介入前の理学療法評価の結果,運動面は,物を把持した立ち上がり動作は可能であるが,持続的な立位保持は困難で,伝い歩きは数歩可能であったが独歩は困難であった。歩行器歩行は2~3mのみですぐにしゃがみこむ状態であった。下肢の分離運動は,座位にて膝屈伸は可能だが,足関節の分離運動は困難であった。日常生活での屋外移動はバギーにて移送され,屋内移動は四つ這いが主体であった。粗大運動能力尺度(GMFM)の総合点は65.4%であり,ゴール総合点(立位と歩行,走行とジャンプ領域)は18.7%であった。感覚の評価では,下肢の全屈曲,全伸展の位置覚の判別が困難であった。知的面では,興味のある一人遊びでは注意の持続は良好であるが,他者とのやりとり中では注意の持続が困難なことが多かった。模倣能力は,上肢を使用した模倣(バイバイなど)は可能であるが,下肢を使用した模倣は困難であった。社会面では,リハビリの治療課題を実施しようとすると,奇声をあげたり,他者を叩くなどの衝動的行動が見られた。コミュニケーションは,日常会話の理解は可能で,発語は3語文程度であり,簡単な言葉のやりとりは可能であった。以上より問題点として,①独歩が困難で,立位保持のための下肢支持能力が欠如していること,②下肢の位置覚に問題があること,③下肢を使用した模倣が困難であること,④他者とのやりとりが困難であることなどが挙げられた。これらの問題点に対し,本症例ができるだけ興味を引くボールでのやりとりを選択し,他者とのやりとりの中で下肢運動を観察させ,模倣を促すことで,自分の下肢に注意を向けさせ,下肢運動の改善,独歩の獲得に繋がるのではないかと考えた。
方法は,本症例と治療者は椅子座位にて対面し,先ず治療者のボールを蹴る動作を幾度か観察させた。次に,自己の下肢への注意喚起と共に,その動作の模倣を促すことで,ボールを蹴り合うやりとりの成立を目指した。立位保持の改善に合わせ,下肢に注意を喚起させながら歩行経験の促進も実施した。
【倫理的配慮,説明と同意】
対象児の両親に,本発表の目的と意義を口頭にて説明し同意を得た。
【結果】
運動面は,治療開始から6か月後の7歳で独歩が5歩程可能となり,1年5か月後(7歳11か月)には,連続50m程の独歩が可能となった。また,歩行中にいったん停止し再度歩くことや方向転換,手すりを使用してスロープや階段の昇降が可能となった。日常生活での移動手段は移送から歩行器歩行となったことでGMFCSレベルは3へと改善した。GMFMの総合点は,65.4%から82.9%まで改善し,ゴール総合点は18.7%から57.2%に改善がみられた。感覚に関しては,下肢の全屈曲,全伸展の位置覚の判別が可能となった。知的面では,初めはやりとりが成立せず,ボールを蹴ることもできなかったが,少しずつ下肢の模倣行動が正確になり,ボールを蹴るやりとりが可能となった。社会面では,衝動的行動が減少し,他者とのやりとりをする時間が数分から数十分へ延長した。
【考察】
今回,独歩困難なCP児に対し,ボールを蹴るやりとりによる模倣を用いた治療を実施した結果,下肢を使用した他者とのやりとりが可能となり,模倣行動が正確になるにつれ歩行能力も向上した。これは,模倣プロセス,つまり他者の行動を観察し,自己の身体の運動と比較,照合していくことで,運動を修正,改善することが出来ていった結果であると考えられる。今回の結果より,他者と経験を共有した上での模倣を通したやりとりにより,運動や知覚の改善や歩行の獲得といった運動発達に繋がる可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
歩行障害をもつCP児の下肢への治療報告は少なく,脳性麻痺児の下肢に対する運動観察トレーニングの効果を示した報告はない。本発表は,CP児に対して模倣を使ったやりとりを取り入れることで,運動を学習できる可能性を示唆しており,今後の治療介入の一助となると思われる。