[1454] 自転車通学の再開を目指した取り組み
Keywords:自転車, 脳挫傷, 高校生
【はじめに,目的】日本において自転車は自動車,徒歩に次ぐ外出手段である(内閣府。2009)。自転車による外出は通学の目的に使用されることが多く,15~19歳の若年層の構成比が最も高く,30~50歳の自転車利用も比較的多く見られる(諸田。2009)。また,地域在住高齢者において自転車による外出頻度は余暇活動量や総活動量と関係性が見られるという報告がある(角田。2011)。このように自転車は年齢層を問わず移動手段として重要な地位を占めており,自転車運転技能の喪失は著しい参加制約の原因となることが考えられる。今回,交通事故による脳挫傷の症例を経験し,入院中に自転車運転再獲得を目指し介入した。最終的に自転車通学を再開した症例について,考察を交えて報告する。
【方法】症例は16歳男性。高校生。自転車で帰宅中,自動車に後方から撥ねられ受傷。救急搬送時JCS300。左中脳,頭頂葉,側頭葉などに多発した脳挫傷を認めた。徐々に意識改善し受傷後約1ヶ月でJCS3Aに向上。受傷後約2か月で当院転院となった。転院時の理学所見はBr.stageは右上肢手指下肢全て4,左上肢手指下肢全て5。MMTは両股関節屈曲伸展,内転外転,両膝関節屈曲,両足関節背屈3レベル。四肢の運動失調あり。支持無し立位保持困難でBerg Balance Scale(以下BBS)は9点。高次脳機能障害評価は,Trail Marking Test(TMT)partA186秒,partB205秒であり,注意の配分・転換性の低下,語想起困難や短期記憶の低下を認めた。受傷後4か月半より「自転車通学の再開」を目標に自転車運転に対し介入を開始した。この時点でMMT四肢体幹5レベル,四肢運動失調軽度,BBS48点と身体機能に向上が見られ,院内T-cane歩行が自立していた。語想起や短期記憶は改善したが,注意力低下は残存していた。自転車運転の事前評価として,足底非接地状態でのバランスボール座位保持,エルゴメーターによるペダリング動作,徒歩で自転車を押し8の字の取り回し動作,自転車乗降動作を確認した。自転車運転練習は週2~3回の頻度で実施。自転車に跨り足蹴りで前進,漕ぎ始めのハンドル・ペダル操作練習,PTが荷台を押しハンドル操作のみの走行練習を院内で練習後,病院敷地内運転練習(直進,合図に応じ急停止,目印に沿って停止,スラローム,8の字走行,180度転回,立ち漕ぎ,走行中の左右・後方確認動作),病院周辺道路練習,実際の通学路で自転車運転評価の順に段階を進めた。
【倫理的配慮,説明と同意】症例と両親にはヘルシンキ宣言に則り発表に関する趣旨及びプライバシー保護について,また自転車運転のリスクについて十分な説明を行い同意を得た。
【結果】事前評価が全て安全に可能であった。練習開始当初は,漕ぎ出し直後のペダルへの足載せが困難だった。運転の特徴として直進安定性は良好で,方向転換時に動揺が見られたが徐々に軽減していった。1か月半の自転車運転練習により,通学路を安全かつ実用的な速度で走行することが可能になった。
【考察】自転車運転技能に関する先行研究は,健常高齢者や脳卒中患者,脊髄梗塞患者に対するものがあり,安定した自転車運転には高い分離運動機能,協調機能,巧緻運動機能,注意機能が必要であることが示唆されている。また,自転車の特性として,低速になるほど安定性は低下する。そのためハンドル操作,漕ぎ始めに素早く加速するためのペダリング,停止時に適切な位置に足を出すなど四肢の協調運動機能,巧緻運動機能が必要であることが考えられる。一方,自転車駆動動作の特性として両下肢は駆動に用いられ,姿勢保持に関しては寧ろ反力により外乱刺激となっている。それに対し体幹は駆動の反力や地面の変化などによる外乱に対応し姿勢を調整しており,座位バランス能力は自転車運転時の安定性に影響していると考えた。本症例は四肢の運動失調を呈し低速時の安定性が問題だったが,足底非接地状態でのバランスボール座位保持が可能であるほど座位バランスが優れていた。このことから高速度走行に至るまでの安定性を向上させることで自転車運転が獲得できると考え介入した。注意力低下については,病院敷地内で走行中の周辺確認動作を繰り返し練習することで公道走行時の安全確認の定着を図った。最終的に自転車通学再開に至ったことから,入院中の模擬的環境で自転車運転に必要な運動機能,運転技能を細分化し段階的に練習を進めた介入は自転車運転再獲得に有効であったと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】近年自転車利用は拡大しており,自転車運転の再獲得については潜在的な需要があると考えられる。今回実施した運動技能の観点からの理学療法士による客観的な評価・介入は有用な可能性がある。今後は症例を蓄積し,自転車運転動作の分析や有効な介入方法の検討を進めていきたい。
【方法】症例は16歳男性。高校生。自転車で帰宅中,自動車に後方から撥ねられ受傷。救急搬送時JCS300。左中脳,頭頂葉,側頭葉などに多発した脳挫傷を認めた。徐々に意識改善し受傷後約1ヶ月でJCS3Aに向上。受傷後約2か月で当院転院となった。転院時の理学所見はBr.stageは右上肢手指下肢全て4,左上肢手指下肢全て5。MMTは両股関節屈曲伸展,内転外転,両膝関節屈曲,両足関節背屈3レベル。四肢の運動失調あり。支持無し立位保持困難でBerg Balance Scale(以下BBS)は9点。高次脳機能障害評価は,Trail Marking Test(TMT)partA186秒,partB205秒であり,注意の配分・転換性の低下,語想起困難や短期記憶の低下を認めた。受傷後4か月半より「自転車通学の再開」を目標に自転車運転に対し介入を開始した。この時点でMMT四肢体幹5レベル,四肢運動失調軽度,BBS48点と身体機能に向上が見られ,院内T-cane歩行が自立していた。語想起や短期記憶は改善したが,注意力低下は残存していた。自転車運転の事前評価として,足底非接地状態でのバランスボール座位保持,エルゴメーターによるペダリング動作,徒歩で自転車を押し8の字の取り回し動作,自転車乗降動作を確認した。自転車運転練習は週2~3回の頻度で実施。自転車に跨り足蹴りで前進,漕ぎ始めのハンドル・ペダル操作練習,PTが荷台を押しハンドル操作のみの走行練習を院内で練習後,病院敷地内運転練習(直進,合図に応じ急停止,目印に沿って停止,スラローム,8の字走行,180度転回,立ち漕ぎ,走行中の左右・後方確認動作),病院周辺道路練習,実際の通学路で自転車運転評価の順に段階を進めた。
【倫理的配慮,説明と同意】症例と両親にはヘルシンキ宣言に則り発表に関する趣旨及びプライバシー保護について,また自転車運転のリスクについて十分な説明を行い同意を得た。
【結果】事前評価が全て安全に可能であった。練習開始当初は,漕ぎ出し直後のペダルへの足載せが困難だった。運転の特徴として直進安定性は良好で,方向転換時に動揺が見られたが徐々に軽減していった。1か月半の自転車運転練習により,通学路を安全かつ実用的な速度で走行することが可能になった。
【考察】自転車運転技能に関する先行研究は,健常高齢者や脳卒中患者,脊髄梗塞患者に対するものがあり,安定した自転車運転には高い分離運動機能,協調機能,巧緻運動機能,注意機能が必要であることが示唆されている。また,自転車の特性として,低速になるほど安定性は低下する。そのためハンドル操作,漕ぎ始めに素早く加速するためのペダリング,停止時に適切な位置に足を出すなど四肢の協調運動機能,巧緻運動機能が必要であることが考えられる。一方,自転車駆動動作の特性として両下肢は駆動に用いられ,姿勢保持に関しては寧ろ反力により外乱刺激となっている。それに対し体幹は駆動の反力や地面の変化などによる外乱に対応し姿勢を調整しており,座位バランス能力は自転車運転時の安定性に影響していると考えた。本症例は四肢の運動失調を呈し低速時の安定性が問題だったが,足底非接地状態でのバランスボール座位保持が可能であるほど座位バランスが優れていた。このことから高速度走行に至るまでの安定性を向上させることで自転車運転が獲得できると考え介入した。注意力低下については,病院敷地内で走行中の周辺確認動作を繰り返し練習することで公道走行時の安全確認の定着を図った。最終的に自転車通学再開に至ったことから,入院中の模擬的環境で自転車運転に必要な運動機能,運転技能を細分化し段階的に練習を進めた介入は自転車運転再獲得に有効であったと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】近年自転車利用は拡大しており,自転車運転の再獲得については潜在的な需要があると考えられる。今回実施した運動技能の観点からの理学療法士による客観的な評価・介入は有用な可能性がある。今後は症例を蓄積し,自転車運転動作の分析や有効な介入方法の検討を進めていきたい。