[1522] 肩甲上腕関節に亜脱臼を伴う脳卒中重度片麻痺症例が上肢懸垂用肩関節装具Omo Neurexaを装着した際の歩行時の腹斜筋群の筋活動の変化
キーワード:上肢装具, 脳卒中, 肩関節亜脱臼
【目的】脳卒中後片麻痺者の5-84%に麻痺側肩関節の疼痛(shoulder pain,PS)が出現するとされ,特に急性期で上肢麻痺が重度である場合にはPSの出現率は高いと報告されている。PSの出現に関連する要因として,重度麻痺に伴う肩甲上腕関節の亜脱臼(glenohumeral joint subluxia,GHS)などが報告されている。また,上肢に対する管理が不十分である場合にPSの出現率が増大し,自己身体への不注意を伴う左片麻痺にはPSの出現率が高いと報告されている。すなわち,GHSが生じた状態での不用意な運動に伴う軟部組織の損傷が,その後の疼痛発生に関与していると推察されている。上肢懸垂用肩関節装具Omo Neurexa(ON)は,脳卒中片麻痺者のGHSを防止し,自動及び他動的な関節可動域運動を許容する肩装具であり,そのGHS改善の効果はX-Pでの検証において明らかである。当院は急性期脳卒中専門病院であり,肩関節の二次的損傷を予防するためGHSを伴う重度片麻痺例にONを装着し立位や歩行練習を実施している。その歩行練習の際に,多くの理学療法士が歩行介助量の軽減を経験しており,その背景を基にON装着が歩容に及ぼす影響を我々が調査し,装着後に麻痺側遊脚期中の上前腸骨棘の高さが有意に上昇する事を報告した。その背景因子として,ONの装着により上肢帯のアライメントが調整され,麻痺側遊脚期に骨盤が挙上しやすい状況が構築されたと推察した。今回,脳卒中片麻痺1例のON装着時と非装着時の腹斜筋群(abdominal oblique muscles,AOM)の活動の変化を,表面筋電図(EMG)を用いて検討する機会を得たので報告する。
【症例紹介】症例は杖と短下肢装具を使用し,監視にて歩行が可能な50歳代の男性で,中大脳動脈の解離に伴うレンズ核線条体動脈領域の脳梗塞例である。運動麻痺はBr-stageで上肢III,手指III,下肢IVで,GHSがみられた。明らかな感覚障害はみられなかった。筋緊張はSIASで上下肢とも1B,腱反射は上肢1A,下肢0であった。その他に注意障害と右USN,失語がみられたがいずれも軽度であった。
【方法】ON装着時と非装着時の2条件において,麻痺側AOMの筋活動を筋電計(MYOTRACE400)を用いて評価した。得られたデータは,EMG解析ソフト(MYORESEARCH XP)を用い,50msの二乗平方根によって平滑化された。なお,歩行中はT-caneと本人用に作成したGait Solution足継手付き短下肢装具を使用した。解析区間は,5Steps以降の麻痺側前遊脚期から非麻痺側前遊脚期までの3周期分とし,各筋の筋電図積分値(以下,iEMG)は麻痺側前遊脚期以降のpeak-EMG前後0.1s(合計0.2s)のiEMGを算出し,ON装着時とON非装着時の2条件で比較した。
【説明と同意】対象者には本研究の趣旨,内容,個人情報の取り扱いに関して口頭にて説明を行った上で研究協力の承諾を得た。
【結果】腹斜筋の各周期で算出されたiEMGの平均値は,ON装着時では5.79±1.32,ON非装着時では4.10±0.47であった。本症例の腹斜筋において,ON非装着時と比較しON装着時に筋活動の増加がみられた。
【考察】ON装着時に非装着時と比較して,遊脚期にAOMの筋活動の増加がみられた。重度上肢麻痺によりGHSが生じ,上腕骨が下降した場合,上腕骨近位に付着する筋群は正常なアライメントから,わずかながら逸脱すると推察される。上腕骨近位部及び肩甲骨に付着する筋群の多くは膜性に連結している。広背筋の様に骨盤及び肩甲骨,上腕骨に付着する筋は,骨盤および上腕骨,肩甲骨のアライメントによる影響を受ける。上腕骨頭の下降は広背筋の筋長を短縮させ,伸張位と比べ筋力を発揮する事が困難となる。広背筋の筋張力の低下は膜性に連結する肋間筋群,前鋸筋にも影響を及ぼし,AOMの起始・停止する下部肋骨や肋骨弓周囲で膜性に結合する筋群のアライメントにも変化が生じることが推察される。また,ONは肩甲骨を内側上方に引き上げる作用を持ち,肩甲骨のアライメントにも軽微な影響を及ぼし得る。肩甲骨が下制した状態では,胸郭自体が十分に伸張されず,AOMは短縮位になるものと推察される。AOMは体幹回旋時に同側筋に最大の筋活動を示す。重度片麻痺例では麻痺側下肢遊脚の際に代償的に麻痺側骨盤を前方に推進させる。ON装着により上肢帯のアライメントが調整され,広背筋が伸張位となり,膜性に連結するAOMが活動し易い状態が構築された事が,遊脚期にAOMの筋活動が増大した背景となったと推察した。今回は一例のみの検証であり,更に症例を集めた追跡研究が必要である。
【理学療法学研究としての意義】ON装着により片麻痺例のAOMの筋活動が増加した。このことは我々の報告にある麻痺側遊脚相の上前腸骨棘高上昇の背景と思われ,ONの装着はGHSの防止のみならず歩行介助量の軽減にも寄与する可能性が示唆された。
【症例紹介】症例は杖と短下肢装具を使用し,監視にて歩行が可能な50歳代の男性で,中大脳動脈の解離に伴うレンズ核線条体動脈領域の脳梗塞例である。運動麻痺はBr-stageで上肢III,手指III,下肢IVで,GHSがみられた。明らかな感覚障害はみられなかった。筋緊張はSIASで上下肢とも1B,腱反射は上肢1A,下肢0であった。その他に注意障害と右USN,失語がみられたがいずれも軽度であった。
【方法】ON装着時と非装着時の2条件において,麻痺側AOMの筋活動を筋電計(MYOTRACE400)を用いて評価した。得られたデータは,EMG解析ソフト(MYORESEARCH XP)を用い,50msの二乗平方根によって平滑化された。なお,歩行中はT-caneと本人用に作成したGait Solution足継手付き短下肢装具を使用した。解析区間は,5Steps以降の麻痺側前遊脚期から非麻痺側前遊脚期までの3周期分とし,各筋の筋電図積分値(以下,iEMG)は麻痺側前遊脚期以降のpeak-EMG前後0.1s(合計0.2s)のiEMGを算出し,ON装着時とON非装着時の2条件で比較した。
【説明と同意】対象者には本研究の趣旨,内容,個人情報の取り扱いに関して口頭にて説明を行った上で研究協力の承諾を得た。
【結果】腹斜筋の各周期で算出されたiEMGの平均値は,ON装着時では5.79±1.32,ON非装着時では4.10±0.47であった。本症例の腹斜筋において,ON非装着時と比較しON装着時に筋活動の増加がみられた。
【考察】ON装着時に非装着時と比較して,遊脚期にAOMの筋活動の増加がみられた。重度上肢麻痺によりGHSが生じ,上腕骨が下降した場合,上腕骨近位に付着する筋群は正常なアライメントから,わずかながら逸脱すると推察される。上腕骨近位部及び肩甲骨に付着する筋群の多くは膜性に連結している。広背筋の様に骨盤及び肩甲骨,上腕骨に付着する筋は,骨盤および上腕骨,肩甲骨のアライメントによる影響を受ける。上腕骨頭の下降は広背筋の筋長を短縮させ,伸張位と比べ筋力を発揮する事が困難となる。広背筋の筋張力の低下は膜性に連結する肋間筋群,前鋸筋にも影響を及ぼし,AOMの起始・停止する下部肋骨や肋骨弓周囲で膜性に結合する筋群のアライメントにも変化が生じることが推察される。また,ONは肩甲骨を内側上方に引き上げる作用を持ち,肩甲骨のアライメントにも軽微な影響を及ぼし得る。肩甲骨が下制した状態では,胸郭自体が十分に伸張されず,AOMは短縮位になるものと推察される。AOMは体幹回旋時に同側筋に最大の筋活動を示す。重度片麻痺例では麻痺側下肢遊脚の際に代償的に麻痺側骨盤を前方に推進させる。ON装着により上肢帯のアライメントが調整され,広背筋が伸張位となり,膜性に連結するAOMが活動し易い状態が構築された事が,遊脚期にAOMの筋活動が増大した背景となったと推察した。今回は一例のみの検証であり,更に症例を集めた追跡研究が必要である。
【理学療法学研究としての意義】ON装着により片麻痺例のAOMの筋活動が増加した。このことは我々の報告にある麻痺側遊脚相の上前腸骨棘高上昇の背景と思われ,ONの装着はGHSの防止のみならず歩行介助量の軽減にも寄与する可能性が示唆された。