[1536] 膝関節術後症例に対する頸部伸筋群ストレッチが膝関節ROMに与える影響
Keywords:膝関節, ストレッチ, 関節可動域
【はじめに,目的】
臨床において,下肢疾患,とりわけ術後の症例の関節可動域(以下ROM)運動を行う際に,下肢に過剰な筋緊張や防御性収縮が生じ,可動範囲が狭小化していることが少なくない。そのような症例に対し,頸部へのアプローチを行うことで,過剰な筋緊張を抑制し,可動範囲が拡大することはよく知られている。稲積らが,頸部ストレッチにより股関節屈曲や足関節背屈ROMが有意に改善することを報告しているが,膝関節ROMに関する報告はほとんどみられない。また,他動的ストレッチとセルフストレッチによる比較を行った報告もみられなかった。そこで今回,当院にて膝関節の手術を施行した症例を対象に,頸部伸筋群ストレッチによる膝関節ROMの変化を検証したためここに報告する。
【方法】
対象は,2012年12月~2013年10月の間に当院において人工膝関節全置換術(以下TKA),高位脛骨骨切り術(以下HTO),半月板切除術(以下半月板)を施行した65例65膝(平均年齢64.3±17.7歳,男性19膝,女性46膝)とした。頸椎に病変または手術既往のある症例は除外した。対象者を無作為に2群に分け,A群(TKA11例,HTO9例,半月板13例)を他動的ストレッチ群,B群(TKA10例,HTO10例,半月板12例)をセルフストレッチ群とし,術後1週時点でストレッチ前後の術側膝関節屈曲・伸展ROMを比較した。両群とも,背臥位にて頸椎屈曲方向への最大伸張を実施し,伸張時間は15秒とした。統計解析にはt検定およびMann-WhitneyのU検定を用い,有意水準は5%以内とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,ヘルシンキ宣言に基づき,得られたデータの使用と報告に対し,対象者への説明と同意のもとに実施した。
【結果】
膝屈曲ROMに関して,ストレッチ後,A群は施行前平均101.3°から施行後106.5°で5.2°±5.7°のROM拡大が,B群は施行前平均100.6°から施行後103.9°で3.3°±3.5°のROM拡大がみられ,両群ともにストレッチ前後での有意差を認めた。前後比の詳細な内訳としては,A群のTKA群が平均5.9°±6.3°,HTO群が6.1°±6.5°,半月板群が3.8°±4.6°,B群のTKA群が4.0°±3.9°,HTO群が3.5°±3.4°,半月板群が2.5°±3.4°で,全ての群においてストレッチ前後での有意差が認められた。また,AB両群間の比較では有意差は認められず,各群のTKA-HTO-半月板群間での有意差も認めなかった。
伸展ROMに関しては,ストレッチ後,A群は施行前平均-4.7°から施行後-4.4°で0.3°±0.2°,B群は施行前平均-5.1°から施行後4.7°で0.4°±0.4°のROM拡大に止まり,両群ともに有意差を認めず,また,AB両群間,TKA-HTO-半月板群間の比較においても有意差を認めなかった。
【考察】
今回の結果から,頸部伸筋群ストレッチにより膝屈曲ROMが改善することが示唆された。膝関節術後の症例は臥床時,疼痛回避姿勢として下肢全体を同時収縮させ,頸部・体幹を伸展させていることが多い。T.Myersによると,板状筋~菱形筋~前鋸筋~腹斜筋~腸脛靭帯~前脛骨筋~長腓骨筋~大腿二頭筋~脊柱起立筋と連なるSpiral Lineという筋膜連結があるとされている。膝関節術後症例の疼痛回避姿勢はこのSpiral Lineに緊張状態を生じさせる。膝関節への影響としては,腸脛靭帯の緊張による脛骨外旋や大腿二頭筋の緊張による伸展制限が考えられる。これに対し,頸部伸筋群ストレッチを行ったことで,Spiral Lineの緊張状態を緩和させ,膝屈曲ROMの改善を認めたのではないかと考える。膝伸展ROMが改善しなかった原因としては,伸展制限に関しては筋・筋膜による影響よりも関節包や軟部組織の影響が大きいのではないかと考える。他動的ストレッチとセルフストレッチにて有意差が認められなかったが,今回の研究においてストレッチ方向を頸部屈曲方向に限定したことが要因として考えられる。板状筋の作用は頸部の伸展・回旋であり,屈曲・回旋方向へのストレッチを行うことでより高い効果が期待されるが,セルフストレッチにて背臥位から屈曲・回旋方向への運動を行うことは容易ではないため,他動的な屈曲・回旋ストレッチを用いることが望ましいと考える。しかし,セルフストレッチでも膝屈曲ROM改善に有効であることは大きな収穫であり,理学療法施行時だけではなく,自主練習時にも頸部伸筋群ストレッチを用いることで,より早期のROM改善が期待できる。
【理学療法学研究としての意義】
今回の研究は,臨床上多用されているであろう,下肢疾患症例への頸部アプローチに明確なエビデンスを与える指標になり得るのではないか。今後,症例数を増やすことや,筋-筋膜リリース等のアプローチとの比較を行うことで,更なるエビデンスの確立を図りたい。
臨床において,下肢疾患,とりわけ術後の症例の関節可動域(以下ROM)運動を行う際に,下肢に過剰な筋緊張や防御性収縮が生じ,可動範囲が狭小化していることが少なくない。そのような症例に対し,頸部へのアプローチを行うことで,過剰な筋緊張を抑制し,可動範囲が拡大することはよく知られている。稲積らが,頸部ストレッチにより股関節屈曲や足関節背屈ROMが有意に改善することを報告しているが,膝関節ROMに関する報告はほとんどみられない。また,他動的ストレッチとセルフストレッチによる比較を行った報告もみられなかった。そこで今回,当院にて膝関節の手術を施行した症例を対象に,頸部伸筋群ストレッチによる膝関節ROMの変化を検証したためここに報告する。
【方法】
対象は,2012年12月~2013年10月の間に当院において人工膝関節全置換術(以下TKA),高位脛骨骨切り術(以下HTO),半月板切除術(以下半月板)を施行した65例65膝(平均年齢64.3±17.7歳,男性19膝,女性46膝)とした。頸椎に病変または手術既往のある症例は除外した。対象者を無作為に2群に分け,A群(TKA11例,HTO9例,半月板13例)を他動的ストレッチ群,B群(TKA10例,HTO10例,半月板12例)をセルフストレッチ群とし,術後1週時点でストレッチ前後の術側膝関節屈曲・伸展ROMを比較した。両群とも,背臥位にて頸椎屈曲方向への最大伸張を実施し,伸張時間は15秒とした。統計解析にはt検定およびMann-WhitneyのU検定を用い,有意水準は5%以内とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,ヘルシンキ宣言に基づき,得られたデータの使用と報告に対し,対象者への説明と同意のもとに実施した。
【結果】
膝屈曲ROMに関して,ストレッチ後,A群は施行前平均101.3°から施行後106.5°で5.2°±5.7°のROM拡大が,B群は施行前平均100.6°から施行後103.9°で3.3°±3.5°のROM拡大がみられ,両群ともにストレッチ前後での有意差を認めた。前後比の詳細な内訳としては,A群のTKA群が平均5.9°±6.3°,HTO群が6.1°±6.5°,半月板群が3.8°±4.6°,B群のTKA群が4.0°±3.9°,HTO群が3.5°±3.4°,半月板群が2.5°±3.4°で,全ての群においてストレッチ前後での有意差が認められた。また,AB両群間の比較では有意差は認められず,各群のTKA-HTO-半月板群間での有意差も認めなかった。
伸展ROMに関しては,ストレッチ後,A群は施行前平均-4.7°から施行後-4.4°で0.3°±0.2°,B群は施行前平均-5.1°から施行後4.7°で0.4°±0.4°のROM拡大に止まり,両群ともに有意差を認めず,また,AB両群間,TKA-HTO-半月板群間の比較においても有意差を認めなかった。
【考察】
今回の結果から,頸部伸筋群ストレッチにより膝屈曲ROMが改善することが示唆された。膝関節術後の症例は臥床時,疼痛回避姿勢として下肢全体を同時収縮させ,頸部・体幹を伸展させていることが多い。T.Myersによると,板状筋~菱形筋~前鋸筋~腹斜筋~腸脛靭帯~前脛骨筋~長腓骨筋~大腿二頭筋~脊柱起立筋と連なるSpiral Lineという筋膜連結があるとされている。膝関節術後症例の疼痛回避姿勢はこのSpiral Lineに緊張状態を生じさせる。膝関節への影響としては,腸脛靭帯の緊張による脛骨外旋や大腿二頭筋の緊張による伸展制限が考えられる。これに対し,頸部伸筋群ストレッチを行ったことで,Spiral Lineの緊張状態を緩和させ,膝屈曲ROMの改善を認めたのではないかと考える。膝伸展ROMが改善しなかった原因としては,伸展制限に関しては筋・筋膜による影響よりも関節包や軟部組織の影響が大きいのではないかと考える。他動的ストレッチとセルフストレッチにて有意差が認められなかったが,今回の研究においてストレッチ方向を頸部屈曲方向に限定したことが要因として考えられる。板状筋の作用は頸部の伸展・回旋であり,屈曲・回旋方向へのストレッチを行うことでより高い効果が期待されるが,セルフストレッチにて背臥位から屈曲・回旋方向への運動を行うことは容易ではないため,他動的な屈曲・回旋ストレッチを用いることが望ましいと考える。しかし,セルフストレッチでも膝屈曲ROM改善に有効であることは大きな収穫であり,理学療法施行時だけではなく,自主練習時にも頸部伸筋群ストレッチを用いることで,より早期のROM改善が期待できる。
【理学療法学研究としての意義】
今回の研究は,臨床上多用されているであろう,下肢疾患症例への頸部アプローチに明確なエビデンスを与える指標になり得るのではないか。今後,症例数を増やすことや,筋-筋膜リリース等のアプローチとの比較を行うことで,更なるエビデンスの確立を図りたい。