[1543] 術前圧迫性頚髄症者において疼痛統制感が不安・抑うつに及ぼす影響
キーワード:頚髄症, 疼痛, 統制感
【はじめに】
Lazarusらのストレスにおけるトランスアクショナルモデルでは,認知的評価ならびにそれに基づく対処方略の選択・実行がストレス反応に影響を及ぼすと考えられている。また,認知的評価と対処方略の選択・実行の関係は一方向ではなく,対処方略の有効性などが認知的評価にフィードバックされることが想定される。自発的な異常感覚等を含む広義の疼痛をストレッサー,不安や抑うつなどの心理学的状態をストレス反応として本モデルを適応した場合,疼痛の統制感がストレス反応に何らかの影響を及ぼす可能性があると考えられた。そこで,本研究においては術前圧迫性頚髄症者において疼痛およびその統制感が心理学的状態に与える影響を明らかにすることにより,疼痛を有する頚髄症者の統制感に着目することの有用性を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は手術目的で当院に入院し,疼痛を訴える圧迫性頚髄症者80人(年齢62歳[中央値],男性53人・女性27人)であった。頚髄症の原疾患は頚椎症が57人,後縦靱帯骨化症が27人であった(重複あり)。頚椎椎間板ヘルニアによる頚髄症者ならびに腰部脊柱管狭窄症や変形性関節症など疼痛を引き起こしうる併存症を有する者は除外した。調査項目は,疼痛の平均的強度(numerical rating scale,0~10点:障害尺度)ならびにその統制感(coping strategy questionnaireの下位尺度のひとつ,0~6点:機能尺度),不安・抑うつ(hospital anxiety and depression scale,各0~21点:障害尺度)とした。まず単相関分析を行い,疼痛と統制感ならびに不安・抑うつとの間で有意な相関が認められた場合は,不安・抑うつを従属変数,疼痛ならびに統制感を独立変数とした重回帰分析を実施して不安・抑うつに対する統制感の媒介作用(mediation)を検討することとした。一方で,有意な相関がないか,あっても弱い相関の場合は,不安・抑うつを従属変数,疼痛の強弱(中央値で群別)ならびに統制感の有無(2/3点で群別)を独立変数とした二元配置分散分析を行った上で,2×2群比較(疼痛弱・統制感無,疼痛強・統制感無,疼痛弱・統制感有,疼痛弱・統制感有)および統制感の有無による層別相関分析を行うことで調整作用(moderation)を検討することとした。いずれの統計学的解析も有意水準を5%とした。
【倫理的配慮・説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言を遵守し当院倫理審査委員会の承認を得て実施された。また,すべての対象に対して研究に関する説明を行った上で研究参加の同意を記名にて得た。
【結果】
単相関分析では,疼痛と不安との間で弱い正の相関を示したものの(rs=0.25,p<0.05),それ以外の指標間では有意な相関を示さなかった。次に,疼痛の強弱を3/4点で群別して二元配置分散分析を実施したところ,抑うつにおいて疼痛と統制感の交互作用を認めるとももに(F=8.44,p<0.01),統制感の主効果を認めた(F=8.33,p<0.05)。続いて単純主効果の検定を行ったところ,疼痛強群において統制感有群の抑うつ(5点[中央値])が統制感無群のそれ(8.5点[中央値])と比較して有意に低値であった(Mann-WhitneyのU検定,p<0.01)。また,統制感無群において疼痛は不安(rs=0.34)・抑うつ(rs=0.40)と有意な正の相関を認めたが(いずれもp<0.05),統制感有群においては疼痛は不安と有意な相関を示さず,抑うつと有意な負の相関を示した(rs=-0.32,p<0.05)。
【考察】
疼痛統制感は不安・抑うつと関連していないものの,抑うつにおいてその有無が疼痛の強弱と交互作用を示したことから,統制感には疼痛の抑うつに及ぼす影響を変化させる作用,すなわち調整作用を有していることが分かった。具体的には,統制感がない場合においては疼痛が強いほど抑うつも強かったが,統制感がある場合においては疼痛が強いほど抑うつはかえって弱かったことから,統制感の有無は疼痛の抑うつに及ぼす影響を反転させるほど大きな影響力が認められた。疼痛が強く,それへの対処方略を活性化させているだろう人々においては,疼痛を統制できるという有能感が認知的評価にフィードバックされることで,採用している対処方略の使用を促進させ,ストレス反応である抑うつの発現を一層低減させるという好循環を生み出しているのかもしれない。
【理学療法学研究としての意義】
術前圧迫性頚髄症者において疼痛統制感の有無には疼痛の抑うつに及ぼす影響を変化させる作用があることが示されたことから,疼痛を有する頚髄症者に対する理学療法を行う際には統制感にも着目することが有用であるといえた。さらには,疼痛そのものへの理学療法介入が困難な疾患を有する人であっても,統制感を高めるような支援が心理学的状態を改善させる可能性を示すことができた。
Lazarusらのストレスにおけるトランスアクショナルモデルでは,認知的評価ならびにそれに基づく対処方略の選択・実行がストレス反応に影響を及ぼすと考えられている。また,認知的評価と対処方略の選択・実行の関係は一方向ではなく,対処方略の有効性などが認知的評価にフィードバックされることが想定される。自発的な異常感覚等を含む広義の疼痛をストレッサー,不安や抑うつなどの心理学的状態をストレス反応として本モデルを適応した場合,疼痛の統制感がストレス反応に何らかの影響を及ぼす可能性があると考えられた。そこで,本研究においては術前圧迫性頚髄症者において疼痛およびその統制感が心理学的状態に与える影響を明らかにすることにより,疼痛を有する頚髄症者の統制感に着目することの有用性を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は手術目的で当院に入院し,疼痛を訴える圧迫性頚髄症者80人(年齢62歳[中央値],男性53人・女性27人)であった。頚髄症の原疾患は頚椎症が57人,後縦靱帯骨化症が27人であった(重複あり)。頚椎椎間板ヘルニアによる頚髄症者ならびに腰部脊柱管狭窄症や変形性関節症など疼痛を引き起こしうる併存症を有する者は除外した。調査項目は,疼痛の平均的強度(numerical rating scale,0~10点:障害尺度)ならびにその統制感(coping strategy questionnaireの下位尺度のひとつ,0~6点:機能尺度),不安・抑うつ(hospital anxiety and depression scale,各0~21点:障害尺度)とした。まず単相関分析を行い,疼痛と統制感ならびに不安・抑うつとの間で有意な相関が認められた場合は,不安・抑うつを従属変数,疼痛ならびに統制感を独立変数とした重回帰分析を実施して不安・抑うつに対する統制感の媒介作用(mediation)を検討することとした。一方で,有意な相関がないか,あっても弱い相関の場合は,不安・抑うつを従属変数,疼痛の強弱(中央値で群別)ならびに統制感の有無(2/3点で群別)を独立変数とした二元配置分散分析を行った上で,2×2群比較(疼痛弱・統制感無,疼痛強・統制感無,疼痛弱・統制感有,疼痛弱・統制感有)および統制感の有無による層別相関分析を行うことで調整作用(moderation)を検討することとした。いずれの統計学的解析も有意水準を5%とした。
【倫理的配慮・説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言を遵守し当院倫理審査委員会の承認を得て実施された。また,すべての対象に対して研究に関する説明を行った上で研究参加の同意を記名にて得た。
【結果】
単相関分析では,疼痛と不安との間で弱い正の相関を示したものの(rs=0.25,p<0.05),それ以外の指標間では有意な相関を示さなかった。次に,疼痛の強弱を3/4点で群別して二元配置分散分析を実施したところ,抑うつにおいて疼痛と統制感の交互作用を認めるとももに(F=8.44,p<0.01),統制感の主効果を認めた(F=8.33,p<0.05)。続いて単純主効果の検定を行ったところ,疼痛強群において統制感有群の抑うつ(5点[中央値])が統制感無群のそれ(8.5点[中央値])と比較して有意に低値であった(Mann-WhitneyのU検定,p<0.01)。また,統制感無群において疼痛は不安(rs=0.34)・抑うつ(rs=0.40)と有意な正の相関を認めたが(いずれもp<0.05),統制感有群においては疼痛は不安と有意な相関を示さず,抑うつと有意な負の相関を示した(rs=-0.32,p<0.05)。
【考察】
疼痛統制感は不安・抑うつと関連していないものの,抑うつにおいてその有無が疼痛の強弱と交互作用を示したことから,統制感には疼痛の抑うつに及ぼす影響を変化させる作用,すなわち調整作用を有していることが分かった。具体的には,統制感がない場合においては疼痛が強いほど抑うつも強かったが,統制感がある場合においては疼痛が強いほど抑うつはかえって弱かったことから,統制感の有無は疼痛の抑うつに及ぼす影響を反転させるほど大きな影響力が認められた。疼痛が強く,それへの対処方略を活性化させているだろう人々においては,疼痛を統制できるという有能感が認知的評価にフィードバックされることで,採用している対処方略の使用を促進させ,ストレス反応である抑うつの発現を一層低減させるという好循環を生み出しているのかもしれない。
【理学療法学研究としての意義】
術前圧迫性頚髄症者において疼痛統制感の有無には疼痛の抑うつに及ぼす影響を変化させる作用があることが示されたことから,疼痛を有する頚髄症者に対する理学療法を行う際には統制感にも着目することが有用であるといえた。さらには,疼痛そのものへの理学療法介入が困難な疾患を有する人であっても,統制感を高めるような支援が心理学的状態を改善させる可能性を示すことができた。