第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 ポスター » 神経理学療法 ポスター

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2014年6月1日(日) 11:20 〜 12:10 ポスター会場 (神経)

座長:岡田洋平(畿央大学健康科学部理学療法学科)

神経 ポスター

[1545] 動画を用いた視覚刺激による自己運動錯覚中の脳波解析

柴田恵理子1,2, 金子文成1, 奥山航平3, 木村剛英2,4 (1.札幌医科大学保健医療学部理学療法学第二講座, 2.医療法人社団篠路整形外科, 3.札幌医科大学保健医療学部理学療法学科, 4.札幌医科大学大学院保健医療学研究科)

キーワード:自己運動錯覚, 脳波, 事象関連脱同期

【はじめに,目的】
自己運動錯覚とは,現実には運動をしていないにもかかわらず,体性感覚や視覚からの感覚入力によってあたかも自己の四肢が運動しているように錯覚することをいう。我々はこれまで,fMRIや生理学的手法により,動画を用いた視覚刺激による自己運動錯覚中には高次運動野を含む運動関連領域や下頭頂小葉を含む感覚処理領域の賦活状況あるいは皮質脊髄路の興奮性が増大することを示してきた。しかし,自己運動錯覚が誘起されることで生じる神経活動の時間変化は明らかでない。運動の実行や運動イメージ中には,感覚運動皮質直上で記録される脳波のうち10Hz付近の周波数成分が減衰することが知られている。これは,神経活動の脱同期によって生じる現象であるとされている。自己運動錯覚の誘起に伴う神経活動の時間変化を明らかにするために,本研究ではまず自己運動錯覚の誘起によって神経活動の脱同期が生じるか明らかすることを目的とした。
【方法】
対象は,健康な右利きの成人7名とし,自己運動錯覚は右手を対象に誘起した。事前に自己運動錯覚誘起のトレーニングを行い,一定の強さ以上の自己運動錯覚が生じるものを被験者として採用した。実験肢位は椅座位とし,安静を保つために適切な高さの実験机上に中間位で前腕を置いた。被験者の前腕を覆うよう適切な位置にモニタを設置し,全ての条件でモニタを注視するよう教示した。視覚刺激には,被験者の右手関節が3秒間で中間位から最大掌屈位まで掌屈している映像を用い,Kaneko(2007)らの方法に準じて自己運動錯覚を誘起させた。実験条件として,動画を用いて自己運動錯覚を誘起させる条件(錯覚条件),錯覚条件と同じ動画を用いるが,上下を反転させてモニタに映す条件(非錯覚条件),実際に動画と同じ運動を遂行する条件(運動実行条件)の3条件を設定した。脳波測定にはコロディオン電極を用い,基準電極を耳朶に置き,基準導出法で記録した。電極位置は国際10-20法に準じ,C3およびC4とした。得られた脳波はwavelet法による時間周波数解析を行い,得られたパワースペクトル密度の時間変化から信号強度を解析した。動画開始あるいは運動開始をトリガーとし,刺激開始0.5秒後から1秒間の信号強度変化を算出した。分析周波数は8~13Hz帯域とし,各条件で20回以上加算した。統計学的解析として,脳波記録部位と実験条件を要因とした反復測定二元配置分散分析を実施した。有意な交互作用があった場合,単純主効果の検定を行なった。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は本学の倫理委員会の承認を得た上で,ヘルシンキ宣言に沿って実施した。また,事前に研究内容等の説明を十分に行った上で,同意が得られた被験者を対象として実験を行った。
【結果】
C3およびC4ともに,全ての条件において分析周波数帯域における信号強度が低下した。錯覚条件ではC3およびC4で信号強度が同程度低下したのに対し,非錯覚条件ではC3と比較してC4において信号強度の低下が少なかった。統計学的解析の結果,脳波記録部位の要因で有意な主効果があった(F=11.014,p=0.016)。しかし,脳波記録部位と実験条件に交互作用はなかった。
【考察】
本研究結果から,視覚刺激によって自己運動錯覚が誘起されている場合には,神経活動の脱同期が両側性に生じることが明らかとなった。これに対し,同様の視覚刺激を用いても自己運動錯覚が誘起されていない場合には,神経活動の脱同期に左右差が生じる可能性が示された。このことから,感覚運動皮質における神経活動の脱同期を両側同時に比較することによって,視覚刺激による自己運動錯覚が誘起されているのか,それとも単に動画を観察しているだけなのかを区別できる可能性が示唆された。本研究結果は,自己運動錯覚を臨床応用する上で,その錯覚の強度を定量的に確認するためのアルゴリズムの開発に繋がるものと考える。
【理学療法学研究としての意義】
本研究結果から,自己運動錯覚の誘起によって感覚運動皮質における神経活動の脱同期が生じることが示された。これは視覚刺激による自己運動錯覚をBrain-Machine Interfaceを用いたリハビリテーションに応用するための基礎的知見となるものと考える。また,これまで自己運動錯覚の強度の指標としては,被験者の内観や運動誘発電位が用いられてきた。前者は被験者の主観的な報告であるため個人間で比較することができず,後者は経頭蓋磁気刺激を用いるため,汎用性の高い手法ではなかった。その点,脳波は臨床的にも広く普及している機器であり,脳波を用いて自己運動錯覚の強度を定量化することができれば,自己運動錯覚を治療的介入として用いる際に有用な知見となる。