[1598] 高齢患者における杖の処方に関する検討
キーワード:杖, バランス能力, 膝伸展筋力
【はじめに,目的】
ADL能力には,様々な運動機能因子が影響している。これらの各機能は,加齢に伴い質的・量的に低下し,入院中の治療・安静による不活動が各機能・ADL能力の低下を加速させる。このような患者に対して,理学療法士は,動作自立度の判定や能力改善のための介入が求められる。歩行動作に関しては,自立度に影響を及ぼす因子や自立のための運動機能因子のカットオフ値などが明らかにされている。しかし,杖の処方に関する検討は少なく,杖が必要となる運動機能水準や因子は明らかではない。そのため,杖の処方は,理学療法士の経験に基づいた動作観察を主体とした評価に左右される可能性も否定できない。本研究の目的は,高齢患者の歩行動作において杖の処方に影響を及ぼす因子を抽出し,杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値を選定することとした。
【方法】
対象は,50m以上の連続歩行が自立している65歳以上の高齢患者554例(平均年齢75.1歳,男性81.6%)である。除外基準は,不良な心血管反応や片麻痺,運動器疾患,および認知症を有する例である。測定項目は,歩行自立度,下肢筋力,およびバランス能力指標である。歩行自立度は,杖あり群と杖なし群の2群に選別された。下肢筋力の指標には,徒手筋力測定器を用い,座位にて下腿を下垂した肢位で等尺性膝伸展筋力を測定し,左右の平均値を体重で除した値を膝伸展筋力[kgf/kg]とした。バランス能力の指標は,前方リーチ距離と片脚立位時間(OLS)である。前方リーチ距離[cm]として,指示棒を用いた前方リーチテストを採用した。OLS[秒]は開眼にて施行し,測定上限は60秒とした。なお,各測定に際して,被検者に十分な練習を施した後,2回実施し,その最高値を採用した。基本属性として,基礎疾患,年齢,身長,体重,およびBMIを診療記録より後方視的に調査した。統計学的手法は,2群間の差の検定に対応のないt検定,Mann-WhitneyのU検定を用いた。次に,ロジスティック回帰分析を用いて,杖の処方に影響を及ぼす因子を抽出した。その後,抽出された因子のROC曲線を用いて,杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値を選定し,さらに,オッズ比を求め,その判別精度を比較した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,当大学生命倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:第1967号)。また,ヘルシンキ宣言に則り,対象者に研究の主旨を説明し,同意を得た。
【結果】
全554例中,杖なし群は407例,杖あり群は147例であり,基本属性,膝伸展筋力,前方リーチ距離,OLSに差が認められた(p<0.001)。ロジスティック回帰分析の結果,杖の処方に影響を及ぼす因子は,膝伸展筋力,前方リーチ距離,およびOLSが抽出された(p<0.001)。杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値は,膝伸展筋力が0.35 kgf/kg(感度85%,特異度60%),前方リーチ距離が30.3 cm(感度76%,特異度57%),OLSが10.2秒(感度55%,特異度88%)であった。各々のカットオフ値を満たした場合,杖なしでの歩行能力となるオッズ比は,膝伸展筋力のみ9.5(95%CI:5.9-15.4),前方リーチ距離のみ3.7(95%CI:2.4-5.7),OLSのみ8.3(95%CI:4.5-14.9),膝伸展筋力・前方リーチ距離のみ7.4(95%CI:4.5-12.3),膝伸展筋力・OLSのみ10.8(95%CI:5.3-22.3),前方リーチ距離・OLSのみ9.2(95%CI:4.3-19.7),全て満たす場合が11.2(95%CI:4.6-29.8)であった。
【考察】
高齢患者の歩行動作において杖の処方に影響を及ぼす因子は,膝伸展筋力,前方リーチ距離,およびOLSであった。杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値は,膝伸展筋力が0.35 kgf/kg,前方リーチ距離が30.3 cm,OLSが10.2秒であり,カットオフ値を満たす項目が多いほど杖なしでの歩行能力となるオッズ比が増加することが明らかになった。
【理学療法学研究としての意義】
本研究では,高齢患者の歩行動作において杖の処方に影響を及ぼす因子と杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値を抽出した。また,抽出された因子のカットオフ値を満たす項目が多いほど杖なしでの歩行能力となる確率が高くなることを示した。以上より,本研究結果は,高齢患者における歩行動作の杖の処方の判定,治療プラグラムの立案,効果判定および目標設定の一助になる可能性があると考えられた。
ADL能力には,様々な運動機能因子が影響している。これらの各機能は,加齢に伴い質的・量的に低下し,入院中の治療・安静による不活動が各機能・ADL能力の低下を加速させる。このような患者に対して,理学療法士は,動作自立度の判定や能力改善のための介入が求められる。歩行動作に関しては,自立度に影響を及ぼす因子や自立のための運動機能因子のカットオフ値などが明らかにされている。しかし,杖の処方に関する検討は少なく,杖が必要となる運動機能水準や因子は明らかではない。そのため,杖の処方は,理学療法士の経験に基づいた動作観察を主体とした評価に左右される可能性も否定できない。本研究の目的は,高齢患者の歩行動作において杖の処方に影響を及ぼす因子を抽出し,杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値を選定することとした。
【方法】
対象は,50m以上の連続歩行が自立している65歳以上の高齢患者554例(平均年齢75.1歳,男性81.6%)である。除外基準は,不良な心血管反応や片麻痺,運動器疾患,および認知症を有する例である。測定項目は,歩行自立度,下肢筋力,およびバランス能力指標である。歩行自立度は,杖あり群と杖なし群の2群に選別された。下肢筋力の指標には,徒手筋力測定器を用い,座位にて下腿を下垂した肢位で等尺性膝伸展筋力を測定し,左右の平均値を体重で除した値を膝伸展筋力[kgf/kg]とした。バランス能力の指標は,前方リーチ距離と片脚立位時間(OLS)である。前方リーチ距離[cm]として,指示棒を用いた前方リーチテストを採用した。OLS[秒]は開眼にて施行し,測定上限は60秒とした。なお,各測定に際して,被検者に十分な練習を施した後,2回実施し,その最高値を採用した。基本属性として,基礎疾患,年齢,身長,体重,およびBMIを診療記録より後方視的に調査した。統計学的手法は,2群間の差の検定に対応のないt検定,Mann-WhitneyのU検定を用いた。次に,ロジスティック回帰分析を用いて,杖の処方に影響を及ぼす因子を抽出した。その後,抽出された因子のROC曲線を用いて,杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値を選定し,さらに,オッズ比を求め,その判別精度を比較した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,当大学生命倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:第1967号)。また,ヘルシンキ宣言に則り,対象者に研究の主旨を説明し,同意を得た。
【結果】
全554例中,杖なし群は407例,杖あり群は147例であり,基本属性,膝伸展筋力,前方リーチ距離,OLSに差が認められた(p<0.001)。ロジスティック回帰分析の結果,杖の処方に影響を及ぼす因子は,膝伸展筋力,前方リーチ距離,およびOLSが抽出された(p<0.001)。杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値は,膝伸展筋力が0.35 kgf/kg(感度85%,特異度60%),前方リーチ距離が30.3 cm(感度76%,特異度57%),OLSが10.2秒(感度55%,特異度88%)であった。各々のカットオフ値を満たした場合,杖なしでの歩行能力となるオッズ比は,膝伸展筋力のみ9.5(95%CI:5.9-15.4),前方リーチ距離のみ3.7(95%CI:2.4-5.7),OLSのみ8.3(95%CI:4.5-14.9),膝伸展筋力・前方リーチ距離のみ7.4(95%CI:4.5-12.3),膝伸展筋力・OLSのみ10.8(95%CI:5.3-22.3),前方リーチ距離・OLSのみ9.2(95%CI:4.3-19.7),全て満たす場合が11.2(95%CI:4.6-29.8)であった。
【考察】
高齢患者の歩行動作において杖の処方に影響を及ぼす因子は,膝伸展筋力,前方リーチ距離,およびOLSであった。杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値は,膝伸展筋力が0.35 kgf/kg,前方リーチ距離が30.3 cm,OLSが10.2秒であり,カットオフ値を満たす項目が多いほど杖なしでの歩行能力となるオッズ比が増加することが明らかになった。
【理学療法学研究としての意義】
本研究では,高齢患者の歩行動作において杖の処方に影響を及ぼす因子と杖なしでの歩行能力に必要なカットオフ値を抽出した。また,抽出された因子のカットオフ値を満たす項目が多いほど杖なしでの歩行能力となる確率が高くなることを示した。以上より,本研究結果は,高齢患者における歩行動作の杖の処方の判定,治療プラグラムの立案,効果判定および目標設定の一助になる可能性があると考えられた。